モノクロ
夢を見た。
懐かしい夢だ。
子供のころの夢で、僕もあいつも屈託なく笑っている。
泥だらけになって家に帰ると両親が困った顔をしているけれど、僕たちはそんなこと気にもせず、やはり笑っていた。
目が覚めて、部屋の温度の低さに身震いする。
窓を開けて寝た覚えはないのに、なぜか開いている。
確信はなかったが、彼女がいる気がして僕は彼女の名前を呼んでみた。
「涼子」
「……なに」
気づきもしなかったが涼子は僕のベッドに腰かけていた。
寝癖がまだついている頭をなでながら目をこする。
「……勝手に部屋に入ったのか?」
「不用心にも開いてたから、閉めてあげようと思ったの」
窓は開いたままだ。
「閉めてないようだけど」
「閉めてしまうには息苦しいわ、あなたの部屋は」
それ以降、涼子は黙ってしまった。
誰が死人なのか、俺はそれを今日、告げる。
「涼子はさ、悲しかった?」
「なにが?」
「妹に、もう死んでるって教えた時」
「……わからないわ。もう、覚えてないから」
「そっか」
短い会話を終わらせ、適当に朝食をとると上着を羽織って僕は出かけた。
後ろには涼子がついてきている。
向かったのは、モノクロ写真展。
小さなエレベータに二人で乗り込み、古びた扉を開くと色が見えた。
「あ、久住くん。また来てくれたの?」
出迎えてくれた千葉さんは笑顔で、手には現像が終わった写真をいくつか持っている。
そのすべてがカラーだ。
「カラー写真、撮るようにしたんですか?」
「え、ええ。撮れるようになったの。あの人がいてくれるから」
どういうことだと、顔に出ていたのだろうか、涼子が後ろから僕のズボンを引っ張った。
「あの人はもうダメ。引きずられすぎてるから」
「どういうこと?」
「え? なぁに?」
涼子との会話は千葉さんに聞こえないのか、彼女が振り返る。
僕はとってつけたように質問をした。
「あ、いえ、どうしてカラー写真を撮れるようになったのかなって」
「ふふ。あのね、この前、地震があったでしょ? そのとき私の旦那、死んだと思ってたの」
これはきっと本当のことだろう。
けれど、千葉さんは笑っている。
「でもね、旦那、生きてたの。嘘みたいでしょ? 今は出かけてるんだけど、あーあ、せっかくだから久住くんを紹介したかったなぁ」
カラー写真を手にしながら喜ぶ千葉さん。
昔に見た時よりやつれている身体。目の下に大量の隈。けれど、とても幸せそうだ。
「せっかく来てくれたんだからお茶でも出すわ、座ってて」
言って奥へと戻る千葉さん。その時、机にあった写真をバラバラと落としていく。しかし彼女はそれに気づかない。
まるでそれらの写真は、千葉さんの目に映っていないかのようだ。
床にばらまかれた写真を集めながら気づく。これは震災の時の写真だ。その写真の一枚に千葉さんが映っていた。彼女は男性の頭を抱きしめながら泣いている。その男性は土気色をしていて、目は閉じている。
「涼子」
「あの人は、弱かったのね。忠告したのに」
「千葉さんは死に引きずられているのか?」
「ええ」
「死ぬのか?」
「……そうね、そのうち。助ける方法なんてないの。貴方にできることは、自分が引きずられないようにすることだけ。最初から、知っていたでしょ? 彼は生きていないって」
告げられた言葉に僕はとまった。
僕は、誰が死人か最初から知っていたと、涼子はそう言った。否定はできた。知っているはずがない。誰が死人かなんて僕にわかるはずがない。
でも僕は――
「写真をさ、撮ったんだ、あいつの」
僕の撮る写真には、決まって変なモノが映り込む。
それはいつものことで、でも、その写真は変だったんだ。
あいつの姿が透けていた。被写体が透けるなんて怪奇現象を目にしたことは未だかつてない。
そうして、その時、思い出したんだ、あいつは地震で死んでいたのだと。
こぶしを握る。痛くはない。
「僕がもっとはやくなにかしていれば、今は違ったかな」
少しの希望を添えて口にした言葉に、涼子は首を振る。
「いいえ、違わない。貴方にできることはなにもないから」
「そうか」
哀しみでもなく、ただ漏れた言葉。
時計を見ると十一時だ。十二時にあいつと会う約束をしている。
僕は写真展を静かに後にした。




