王女様と魔王の話
本編とはちょっと雰囲気が違います。
満開に咲き誇るバラの花も、きらきらと輝く宝飾品も何もかも、王女様の美しさにはかなわない。
バルコニーから空を見上げるその儚げな姿に一目で恋に落ちた魔王様。
思わずそのまま自分のお城にお持ち帰り。
当然、王女様は日がな一日、部屋にこもって泣き暮らす。
こんな筈ではなかったのだ。
魔王は一人後悔した。
どうしてあの日あの時彼女をさらってしまったのだろう。
彼女が泣いているだけでどうしてこんなに苦しいのだろう。
女が好きだという花や宝石を送ってみても彼女は見向きもしてくれない。
ほとほと困り果てたとき一人の道化がやってきて、魔王の耳に囁いた。
王女は猫がお好きらしい。
藁にもすがる思いで魔王は部下に猫を探させた。
情報の伝達に色んな不備を抱えながらも、ようやく城についた一匹の子猫を片手に王女を訪ねた。
これでも彼女が泣いたままならばお城に帰してあげよう。
彼女と離れることは辛いけど彼女が泣くよりずっといい。
泣きはらした王女の部屋で子猫は大きく鳴き声あげた。
泣き続けていた王女はそこではじめて顔を上げた。
魔王はその手の中の小さな猫を王女に渡す。
猫は王女の頬をぺろりと舐めた。
「なんて、可愛らしい」
王女ははじめて笑った。
王女ははじめて魔王を見た。
「どうして私をさらったの?」
「私は、どうすればよいのか、わからなかったのだ」
笑った王女に見惚れていた魔王は思わずぽつりと本音をこぼした。
「そなたを一目見て美しいと思った。傍にいて欲しいと思ったのだ。私は魔王でこんなことを思ったことも感じたこともなかったから、どうすればよいかわからなかったのだ。そなたには酷いことをしてしまったと理解している。そなたが望むなら城へ帰してやる。
しかし、そなたが城へ帰ってしまうと、私は、それを、とても悲しく思うのだ」
王女の手の中にいる猫を魔王の指が優しくくすぐる。
子猫は気持ち良さそうにゴロゴロとのどをならした。
「この部屋の花は、あなたが?」
「そうだ」
「この箱の中の宝石も、あなたが?」
「そうだ。しかし、そなたを笑わせることはできなかった」
王女は涙に塗れていた頬をその袖でガシガシと拭くと魔王に向かって精一杯ほほえんだ。
「私を笑わそうとしてくれたのですね」
「そうだ」
「この子猫も私のために連れてきてくださったのでしょう」
「そうだ」
「私誤解していましたわ。魔王にさらわれてしまったら太らされて食べられてしまうのだと思いこんでいましたの」
「それで泣いていたのか」
「ええ。でも魔王様は本当は優しい方でしたのね。私のためにこんなにもしてくれるなんて。私のことをこんなにも思っていただけるなんて」
魔王はぱちくりと瞬きした。
「優しい? 私が?」
「ええ。魔王様はお優しいですわ。そしてとても純真でいらっしゃいますのね」
にこりとほほえんだ王女様にうっかり魔王は顔を染めた。
これは王女と魔王の馴れ初めの話。