表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

第2話 A級渡航禁止区域

屋敷を出るまでに、思ったより時間はかからなかった。


正確に言えば、「俺が出る」と言った瞬間から、事は勝手に進み始めた。

メイドが誰かに連絡を取り、使用人たちが一斉に動き出し、俺は半ば流される形で車に乗せられた。


黒塗り。無駄に大きい。窓の外は見えない。


「……俺、普通に外出したいだけなんだけどな」


誰に言うでもなく呟くと、向かいに座るメイドが一瞬だけ目を伏せた。


「今回は、例外的措置です」


「外出禁止じゃなかったのか」


「“国外渡航”に関しては、正式な手続きを踏めば可能です」


「じゃあ最初からそう言ってくれ」


「説明には順序があります」


順序、ね。

この世界では、順序を間違えると命に関わるらしい。


車は都市部へ入った。見慣れた日本の街並みに、似ている。けれど、どこか違う。街頭モニターに流れるニュースの文字。人々の服装に混じる、明らかに人間じゃない影。耳を尖らせた獣人、肌の色が明らかに違う者。


それを誰も気にしていない。


「……慣れって怖いな」


そう呟いたとき、車は大きな建物の前で止まった。


《海外渡航管理署》


無機質な文字。国旗。警備。

政府施設だ。間違いない。


中は拍子抜けするほど普通だった。

受付、待合、番号札。役所そのもの。

俺が知っている“日本”とほとんど変わらない。


ただ一つ違うのは——

俺が通される部屋が、最初から決まっていたことだ。


会議室。

ガラス張り。長机。

向かいに座るのは三人。スーツ姿。年齢はバラバラ。表情は揃っている。


無表情。


「本日はお時間をいただきありがとうございます」


中央の男が淡々と口を開いた。


「海外渡航管理署、特別調整課の者です」


名乗りはあったが、頭に入らない。

役職名だけが妙に引っかかる。


特別調整。


「要件は、帝国への渡航許可申請ですね」


「そうです」


「結論から申し上げますと、今回は許可できません」


早い。

あまりにも早い。


「理由を聞いても?」


「二点あります」


男は感情のない声で続ける。


「一つ。帝国はA級渡航禁止区域であること」


「それは聞いた」


「もう一つ」


男は一拍置いた。


「あなたが帝国で拘束、あるいは行方不明になった場合——

日本政府がどれほどの責任を問われるか、予測が不可能だからです」


俺は一瞬、意味が分からなかった。


「……責任?」


「はい」


「俺、一国民だよな?」


「ええ」


「だったら、海外で何かあっても自己責任じゃないのか?」


三人は、ほんの一瞬だけ視線を交わした。

それから、同じ無表情のまま答える。


「通常は、そうです」


「……通常は?」


「あなたの場合、“通常”の範囲を超えています」


言葉は淡々としているのに、内容だけが重い。


「過去の実績を鑑みるに、あなたは——」


「待ってくれ」


俺は手を上げた。


「その“実績”ってやつ、具体的に何なんだ」


沈黙。


一秒。二秒。

その間に、俺は嫌な予感を確信に変えた。


「……説明できません」


「は?」


「記録は存在します。しかし、開示には制限があります」


「なんで」


「混乱を招くためです」


はっきり言われた。

ぼかしも、遠回しもない。


「あなたが調子に乗り、国民の信頼を損なう可能性もあります」


「……」


「また、国際的に情勢が不安定な現在、

特定個人を過剰に持ち上げることは、外交上の問題にもなります」


つまり——

俺を特別扱いすると、全部が燃える。


「だから表向きは、あなたを“一般市民”として扱う」


「……内心は?」


男は答えなかった。

答えなくても、分かる。


触れたくない。

失いたくない。

でも、自由にさせるのは怖い。


「……帝国が危険なのは分かったよ」


俺は椅子に深く座り直した。


「でもさ、それって吸血鬼が相当やらかしてるってことだろ」


三人の空気が、わずかに張り詰めた。


「本当に吸血鬼は一体どんなことやらかしたら、

国がここまでビビるんだよ⁉」


声を荒げたつもりはない。

素朴な疑問だ。


だが、返ってきたのは事務的な答えだった。


「詳細は、開示対象外です」


「……便利な言葉だな、それ」


「必要な言葉です」


必要、ね。


「じゃあ聞き方を変える」


俺は机に肘をついた。


「帝国が危険なのは分かった。

俺が捕まると面倒なのも分かった。

じゃあどうすればいい?」


三人は、再び視線を交わす。


「……非公式な手段については、我々は関与できません」


「つまり?」


「正式な許可は出せない。

しかし——止める権限も、ありません」


なるほど。


「責任を取れないから許可は出さない。

でも、勝手に行くなら自己責任、ってわけか」


男は、わずかにだけ頷いた。


「……そう解釈していただいて構いません」


メイドが、後ろで小さく息を呑んだ。


「ただし」


男は続ける。


「帝国側があなたの動きを察知した場合、

事態は我々の想定を超える可能性があります」


「それって」


「向こうが、あなたをどう認識しているか——

我々にも、完全には分かっていません」


分かっていないのか。

それとも、分かっているけど言えないのか。


俺は立ち上がった。


「分かった。今日はこれでいい」


三人は何も言わず、頭を下げた。


建物を出た瞬間、空気が軽く感じた。

でも、胸の奥は逆に重い。


「……なあ」


車に戻る途中、俺はメイドに聞いた。


「俺、何したんだと思う?」


彼女は、少し考えてから答えた。


「世界を壊したか、救ったか——

そのどちらか、あるいは両方です」


「最悪じゃん」


「はい」


即答だった。


俺は空を見上げた。

青い。普通の空だ。


でも、その下にある世界は、

俺の知らない形に歪んでいる。


「……行くしかないな、帝国」


メイドは、何も言わなかった。


それが、何よりの答えだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ