第46話 彼女持ち
「琴ちゃんって……彼氏いるの?」
「え?いきなりどうしたの由愛ちゃん」
本日は研修4日目。
もはや私達以外の冒険者は、修練場に寄ることもなくダンジョンで実戦練習を積んでいるみたいですね。
残っているのは私と由愛ちゃん、そして指導担当である麻衣ちゃんだけです。
研修時間外で、時折他の冒険者の方々が「大丈夫かなこの子達」みたいに不安そうな視線を向けてくることが増えました。大丈夫だから、安心して?
“炎弾”を、麻衣ちゃんが放った“時間魔法”に逆らう形で撃っているので、熟練度も上がってきたみたいです。合間でステータスを確認すると、消費MPが4に減少していました。この調子なら、私が目標としている“炎弾”の形に持っていけるかもしれません。
しかし、そろそろ集中力も切れてきたので、休憩を挟みます。私も由愛ちゃんも、ぺたりと床に座り込みました。
そんな最中……由愛ちゃんは唐突にそんなことを問いかけてきたんです。
「ん?彼氏?私に?」
「むしろ琴ちゃん以外に誰が居るの……」
「……なんで?」
「むしろなんでその返事が来るの!?」
うーん、由愛ちゃんはどういう回答を期待しているのでしょう。
しかし……彼氏、ですか。確かに年相応の女の子なら、同年代の男性と付き合うとかあるかもしれないですねー。
「……うーん」
どういう回答をするべきなのか分からず、首を傾げます。
一応、恋人——というか、妻なら居ましたし。恵那を恋人扱いしていいのかと言われれば、なんだか違う気がします。
というかそもそも、男の子と付き合う自分が想像できません。これまで同性だったはずの男子を、恋愛対象として見れるかというと微妙ですし。
強いて言えば今は、ダンジョンが恋人なんですけどねー。
特にゴブリンラブです。その細胞の隅々まで知り尽くしたいくらいですよ?
ですが、どう答えたものかと悩んでいた最中。
由愛ちゃんが真剣な目つきで私の両肩をがしりと掴んできました。
「え……な、何?」
「琴ちゃん、悪い男の子に騙されたりしてないよね?」
「……ん?私が、騙されてるん……ですか?」
さっきから由愛ちゃんの質問の意図が理解できません。
あやふやな返事しか出来ないのが申し訳ないですが……由愛ちゃんは呆れたように空を仰ぎました。
「もー……琴ちゃん、スマホ出して。私が判断する」
「え、は?はいっ?」
さっきから由愛ちゃんに振り回されっぱなしです。訳も分からず、私は「“炎弾”の余波に巻き込まれたら駄目だから」と“アイテムボックス”に入れていたスマホを取り出します。
すると、由愛ちゃんは勢いよく私の手からスマホを奪い取りました。
「あっ、なにするのっ?返してっ!」
「ちょっと確認するだけ!」
相も変わらずステータス的に敗北しているので、私は彼女になす術がありません。
こんな時に神童のスペックを利用しなくていいんですよ!あっ、こらっ、人のスマホを手慣れた動作で弄らない!
私は懸命に、由愛ちゃんに圧し掛かったりして抵抗しましたが……まあ、どうしようもありませんでした。
メッセージアプリを見つけ出した由愛ちゃんは、一瞬の躊躇の後にアプリを起動。皆とのやり取りが映し出されます。
まず、最新のやり取りで表示されたのは鈴田君との会話です。
“鈴田 竜弥”と律儀にフルネームで表示された彼とのメッセージ履歴を、迷いなく由愛ちゃんは開きました。
さすがにこれ以上の横暴を許すわけには行かないので、私は必死に彼女を引き留めます。
「ちょ、ちょっと!駄目だって!こらっ、返しなさいっ」
「もうちょっとだけだからっ」
もうちょっとって何がですかっ!
しかしその間に無情にも、既に鈴田君とのメッセージが表示されてしまいます。
ここ最近のやり取りは、鈴田君の恋人である前田さんへの対応についてですね。
不在の理由について馬鹿正直に「魔法使い研修に行ってくる」とは言えないので、上手な言い訳を考えていた時の話です。
[香住にはどう伝えればいいですか?]18:55
[鈴田君から上手く誤魔化しておいてください]18:59
[さすがにバレるのは、立場的にまずいですし]19:02
[分かりました。友達と旅行に行ってる、辺りで伝えておきますね]19:25
[お願いします。極力面倒は増やしたくありません]19:31
[それは俺も同感です]19:48
「……琴ちゃん。これは?」
由愛ちゃんの頬が引きつっていくのが分かります。
前田さんは私が「冒険者の田中 琴男(47)」という正体を知りません。しかし、由愛ちゃんに真実を伝えたところで「琴ちゃんの周りでの流行」というおふざけと捉えられるのが目に見えています。
恐らく同様の理由で、前田さんにも私の正体を伝えるのは難しいでしょう。
「……あー……」
上手な誤魔化し方を考えましたが……さすがに返答までの猶予が無いですね。
馬鹿正直に、一部真実を隠しながら伝えるしかありませんでした。
「……同僚との会話だよ。ちょっと、鈴田君の彼女さんにどう、不在中のことを誤魔化すか相談してたんだ」
「琴ちゃん……?」
「え、なに?私、何か変なこと言った?」
どういう訳でしょうか。
由愛ちゃんが私を見る視線が、氷点下のそれになっていきます。
まるでゴミでも見るかのような目です。
「さすがに彼女持ちの人とは……駄目だと思うよ?」
「えっ?私は何もしてないよ。向こうから来るんだから、相手しなくちゃなー……って……」
「……は?」
私の言う“向こう”とは、前田さんのことです。
ですがどういう訳なのでしょうか?
「コイツが……琴ちゃんの敵だな……!!」
由愛ちゃんの表情が険しくなっていきます。
まるで般若の如き顔つきになった彼女に、思わず尻込みしてしまいました。
「ひっ、あ、あの……由愛ちゃん……?」
「琴ちゃんに悪いことするのはこの男か……!!」
「いや、何の話!?ただどうしようもないし、仕方ないかなーって……」
「琴ちゃんにこんなこと言わせる男なんて……最低ッ!!」
一体何を怒っているのか分かりませんっ!
え、なに!?なんなの!?
私は慌てて彼女が暴走するのを止めようとしましたが、時すでに遅し。
由愛ちゃんは流れるようにスマホを操作し、鈴田君へと勝手にメッセージを送ってしまいました。
[琴ちゃんに近づかないで!この浮気者!!]10:42
送信されたメッセージには、そう表示されていました。
「あっ、ちょっと!何勝手に送ってるの!?」
私は由愛ちゃんの隙を伺ってスマホを奪い返します。それから、慌てて送信取り消しをしようとしましたが……正直、操作方法なんてこれっぽっちも分かりません。
もたもたと送信取り消しの画面を探している間に、無情にも“既読”のマークがついてしまいました。
それと同時に、鈴田君からメッセージが届きます。
[は?]10:43
困惑が籠ったメッセージでした。
私だってどう返事したものか分かりません。由愛ちゃんがどういう経緯でこんなメッセージを送ったのかさえ理解できていないんですから!
当の暴走した本人である由愛ちゃんは、頬を膨らませて「ふんっ」とそっぽを向いていますし。
とりあえず鈴田君には事情を説明しなくてはいけないので、簡単にメッセージだけ返すことにしました。
[ごめんなさい。友達が送りました]10:44
[多分その子、とんでもない勘違いしてますよ。あとで通話しましょう]10:46
鈴田君から、そんなメッセージが返ってきました。
一体、由愛ちゃんがどんな勘違いをしているというのでしょう?
訳が分かりませんが、ひとまずは本日の研修を乗り越える方が優先ですね。
スマホを再び“アイテムボックス”の中に格納して、それから魔法杖に持ち替えました。
「……とりあえず、休憩も終わりだね。麻衣ちゃん、また“時間魔法”お願い」
「え、あー……うん。琴ちゃん……?」
「ん?麻衣ちゃんまで何?私、そんな変なことしてた?」
「……ううん。私からは何も言わない……田中大先生……はぁ」
どこか遠い目をして、麻衣ちゃんは魔法杖を握りました。上の空と言った様子です。“田中大先生”の単語に皮肉を込められた気がしないでもないです。
麻衣ちゃんは一度ため息をついて、それから私と由愛ちゃんに“時間魔法”を付与。再び、魔法構築速度にデバフを与えます。
しかし、私としても気が気ではありません。
二人して何なんですか。気になるじゃないですか!
何故か二人ともよそよそしい表情を浮かべていたので、私もあまり“炎弾”を撃つことに集中できませんでした。
貴重な一日が勿体ない……。
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ちなみに、ですが。
その後鈴田君と通話をして、私は二人からとんでもない勘違いをされていることを知りました。
『多分、その……由愛ちゃん?でしたっけ』
「え。あー……うん、由愛ちゃんがどうしたの?」
『俺と田中先輩が、香住に黙って浮気してる……とか思ったんじゃない……ですかね……ふっ』
「ぶっ!?な、なんで!?」
『くっ、ふ……田中先輩は思った以上に周りへ、誤解与えてることに……ふっ……気付いた方が良いですよ……』
「そんなこと言われても……困るけどねぇ……」
うーん、そんなに誤解与えるような言動してます?私。
というか鈴田。お前ちょっと笑いながら話すの止めろ。おい。絶対今の状況楽しんでるだろ。
定期的に生意気な後輩になるんですよね、鈴田君って。




