第47話 カラスの行水
「琴ちゃん、いつものお薬のお時間だよ」
「うぅ……嫌ですっ」
私は修練場から早々に脱出し、大急ぎで自室に逃げ込みました。
ですが、ドアを閉めようとした寸前。由愛ちゃんはそのステータスを駆使した瞬発力で部屋に入り込みます。
「ひっ」
「逃がさないよ?」
由愛ちゃんがニコニコと笑顔を浮かべながら、ずいとポーションを近づけてきました。
彼女は宣言通り私の部屋で泊まるようです。いつの間にか私の部屋の床には、由愛ちゃんが持ち込んだせんべい布団が敷かれていました。
飲まなくてはいけないのは分かっています。
ですが正直、飲みたくありません。
「……う、大丈夫だよ。症状出たら飲むし」
「なーに馬鹿なこと言ってるの!ほら、飲むっ!また醜態晒したいの!?」
「いーやーだー!飲みたくないっ!頭ぼーっとしてる時の方が気分的にマシだから!」
「琴ちゃん、いっつもポンコツだと思ってたけど……さすがにそれはダメだよ!?」
必死に由愛ちゃんから逃げ回っていたのですが、案の定ステータスでは彼女に勝てませんでした。
私の口に、無理矢理ポーションが突っ込まれます。
「むきゅっ……!」
「はい、全部飲んでね」
「むーっ!むぅーっ!」
じたばたと抵抗してみますが、どうすることも出来ませんでした。
喉に流れ込む薬剤の風味が、全身に染み渡っていきます。苦いというか、気持ち悪いというか。
……ポーション用のお薬ゼリーとか、ありませんかね。オブラートみたいなものでもいいです。え?オブラートに包めない?そんなこと言わないで。
それか、ポーションの代わりになりそうな飲み薬でも開発してください。お願いします。
一冒険者、かつ一消費者の切なる願いです。
必死にポーションから逃れるために格闘したので、衣服が乱れてしまいました。
今身に纏っているのは、男性時代から使っているパーカーです。なので肩口からずり落ちやすいんですよね。素肌が露出していたので、ひとまず衣服を整え直します。
必死に由愛ちゃんから逃れようとしたので、一気に体力を使いました。息が上がり、顔が紅潮している気がします。
美味しくないポーションを懸命に飲み干したのもあって、瞳からは思わず涙が零れました。
「っ、はぁ……由愛ちゃん……ひ、ひどいよぅ……ふぁ……」
「……っ」
ちょっと恨みの籠った視線を由愛ちゃんに向けた途端、彼女は表情を強張らせました。
ん?今「色っぽい」とか呟きませんでした?
それから、忙しなく視線を右往左往させます。
しばらく葛藤を繰り広げるように唸った後、由愛ちゃんは申し訳なさそうに、右手で手刀を切るような動作をしました。
「……ごめんね?」
「うぅ……これがあと3日も続くのかな……」
「成果は出てるから、頑張ろ!ね?」
「……うん」
正直、毎日ポーションを飲むのは嫌です。これも総MPが低いせいです。すぐにMP切れを起こしてしまうこの身体が恨めしいというものですね。
冒険者になり始めの頃は“魔力枯渇症候群”という概念すら判明していなかったので、そんなことを気にしなくても良かったんですが。
時代が進むにつれて、気にするべき項目も増えていきます。うーん。
とりあえず、本日分のポーションは内服し終えました。一番嫌な部分を乗り越えたので、これで晴れて自由時間というものです。
まあ……ちょっとだけ解放感はありますね。
やるべき課題を放置して寝てしまった時のようなモヤモヤ感から解放された気分です。
「あっ、ちょっとお風呂に行ってくるね」
汗をかいたので、早々にお風呂でも入ってしまおうかと思ったのですが。
由愛ちゃんは私の肩をポンと叩いて、引き留めてきました。
「待って、琴ちゃん。一緒にお風呂入ろうよ」
「え、いや……。大丈夫、大丈夫だからっ!」
「逃がさないよっ?あと、正直……琴ちゃんから目を離すの怖すぎる」
「そんなお風呂で怖いことってないよね!?」
なんかしれっと失礼なこと言われましたが!?
私を何だと思っているんですか!47歳男性!元じゃないです!これでも矜持が残っているんです!
ですが、ここは曲がりなりにもダンジョン内。
ステータスの恩恵は常に受けることが出来ます。なので、私はステータス的に格上である由愛ちゃんには逆らうことが出来ないんですね。
むんずと首根っこを掴まれ、私の抵抗時間はあえなく終了しました。
「むきゅ」
「はーい琴ちゃん捕まえたーっ」
「捕まった……」
まるで扱いが猫です。
私は大人しく由愛ちゃんに抱きかかえられ、そのまま部屋から出ることになりました。
なんでしょうね。男性の心を持つ私としては役得なのでしょうが、正直ときめきません。
むしろ罪悪感の方が強くなっていきます。
園部君、鈴田君、三上さん。
そしてその他男性の冒険者諸君。
ほら、羨ましいでしょう?羨ましいと言え。
私、田中 琴は……女風呂に行ってきます。
「おろして―!由愛ちゃん!ゆあちゃーん!!」
「もう散々琴ちゃんのダメな部分見てるのに、今更目を離すことなんて……出来る訳ないでしょうがぁ!」
「そんなことないって!私お風呂ぐらいちゃんと入れるよ!」
「あっ、こら暴れないの!大人しくしなさいっ」
「きゅぅ……」
あの。
羨ましいと言ってください。
出来れば、ついでに由愛ちゃんを引き留めてください。
どうにかして?
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まあ、正直言えば。
私ってカラスの行水なんですよね。お風呂なんかちゃちゃっとしか入りません。
だって、冒険者仕事をしていたらどうせすぐに身体なんて汚れますし。なんですぐ汚れるのに、洗う必要なんかあるのか……という考えです。
ソロで冒険者していた頃なんて、最長で1か月くらい帰りもせずにダンジョンに籠ってたこともありますよ?
当然身体なんて洗えません。不衛生極まりなく、感染のリスクも高いです。なので最低限持ち込んだウェットシートで清拭をする、と言った日々を繰り返していました。
そんな探索方法を取っていたものですから当然、外部と連絡は取れません。
冒険者になりたての頃は、長期間ダンジョンに籠っていると「ダンジョン内で死亡した」扱いを受けたことも多かったです。死体は1日で消えちゃいますし。
なのでダンジョンから帰ってきた時は、まるでゾンビでも見るかのような視線を浴びせられたことも多々ありました。
ですが、そんな日々を繰り返していると「ああまたこいつはダンジョンに籠っているんだな」という扱いへと変化していきました。慣れって怖いですね。
ちなみに一か月間ダンジョンにこもりっきりだった頃は、付き合う前だった恵那——当時の名前で言えば「柊 恵那」ですが——には散々怒られました。
「もう二度と心配かけるようなことはしないで!」と泣きじゃくられました。うーん懐かしい思い出。
元々、カラスの行水ということに加えて。女風呂に入ることへの罪悪感。
なので、私が取るべき行動は一つです。
「すみません、すぐ出ますので……」
誰にでもなく、そうぼそりと呟きます。
うつむいたまま、早々にシャワールームへと歩み寄りました。
雑に髪を洗って、ばーっとシャワーで流します。髪が長いので、少し濡れていない場所もありますがまあいいでしょう。
次に適当に体を洗い……あっ、ボディタオル持ってくるの忘れた。手で良いか。
適当に手にボディソープを乗せて、むりやり泡立たせます。
それから全身にボディソープを塗りたくりました。A寄りのBという身体なので、自分の胸に触ることへ抵抗は正直ないです。
「よしっ、終わった」
最後にシャワーで全身に残った泡を洗い流し、早々に浴室から逃げようとしました。
ですが。
「琴ちゃん……全然ちゃんと身体洗ってないじゃん?」
「あっ、わわっ。そんなことない……そんなことないから!」
しっかりと由愛ちゃんは私を見張っていたようです。
由愛ちゃんの全身をまともに見ることも出来ないので、じっと彼女の素足へと視線を送りながら返事します。
「……む」
そんな視線をロクに合わせず会話する私が気に喰わなかったのでしょう。
私の頬が掴まれました。それから、強制的に私の顎が持ち上げられていきます。
「琴ちゃん」
「あっ、あー……あの……」
ぱちりと、私と由愛ちゃんの視線が交わりました。
一応、多くの冒険者が利用する公共の場でもあるので……彼女はタオルを胸元に巻いていました。
あっ、私巻いてないや。
由愛ちゃんはにこりと微笑み、私に腕を組んできました。あっ、やっぱり私より胸大きいな……ぐぬぬ。
空いた手には、入浴セットと思われるポーチを持っていました。
「やーっぱり琴ちゃんは琴ちゃんだったねー。もう一度綺麗に身体洗おうねー!」
「ちょっとどういう意味!?」
“琴ちゃん”という単語にすごく皮肉が籠っている気がしないでもありません。
ちゃんと洗ってますよ。あの、あのっ。
結局私は逃げ出すことも出来ず、再び由愛ちゃんに浴場へと連れ戻されました。
「琴ちゃん、髪の毛ちゃんと洗ってないでしょ?ほら、こことか濡れていないもん」
「えっ、あー……洗った、よ?」
「嘘つかないの」
あのー……なんで私は、体の洗い方まで指導を受けているのでしょう。
「琴ちゃん!髪の毛を湯船に付けないの!ちゃんと言ったよね!?」
「わっ、わわっ。っは、はい!!ごめんなさいっ!」
「後でもう一回髪の毛洗おうね……」
うーん、やっぱりこういう時に「男性の時って気が楽だったなあ」とか思ってしまいます。
身だしなみというのは、案外大変ですね……。
現実はやっぱり厳しい。




