第36話 懐かしい名前
「琴ちゃーんっ!カフェ見つけた!一緒に行こ……ん?」
「あ、由愛さん」
由愛さんが私を見つけて、小走りで駆け寄ってきました。どうやら、彼女は研修が終わってからダンジョン内を自由に散策していたようですね。遊びたいお年頃でしょうし仕方ないです。
しかし、彼女は私の隣に立つ人物を見て、訝しげに眉を顰めました。
「……どうしました?土屋さん」
「なんで花宮先生がいるの?」
「私が居ちゃ駄目なんですかねぇ?」
由愛さんとしては単純に「共に行動している理由が知りたい」だけだったのですが、花宮さんは宣戦布告と解釈したようです。むすっと頬を膨らませて、由愛さんに突っかかります。
こら。いい大人が女子高生に喧嘩腰にならないの。
ちなみに由愛さんも当然ながら、花宮さんの実年齢など知りません。
花宮さんの態度を不服にとった由愛さんは、三白眼でじーっと睨み返します。
「花宮先生。年齢が近いからって、教員が一人の冒険者につきっきりになるのは……普通に良くないと思うんだよね?」
「ねんっ……。……あっ、ああ、年は近いですけど……はい、はいっ?」
「だから、ねー。琴ちゃんを、解放してあげて欲しいな?公私混同は良くないと思うの」
ちょっと由愛さん。ボソッと「私に琴ちゃんを貸して」って言ったの聞こえてますからね?ものじゃないんですけど。
……ところで、まあ……確かに私と花宮さんの年齢は近いですね。
見た目年齢も、実年齢も。
何気なく発した言葉が、クリティカルヒットすることもそう無いと思うのですが……。
「……あのー、琴ちゃん」
花宮さんは疑わしげに私へと視線を送ります。これは「どっちの意味で捉えられているんですか」という意味合いの目線ですかね。
……そして同時に、私が解決しなければいけないのは「どっちの味方に付くか」ですね。
さすがに、これ以上ややこしい状況を作りたくないです。丸く場を収める方法を考えていきます。
さて、ここで攻略するべき課題を抽出してみましょう。
①花宮さんはあまり実年齢を知られたくない様子。
②私の正体を明かす方法がない。よって田中 琴として解決するのが望ましい。
って形ですかね。実年齢を考慮すると、今の構図って割と昼ドラに近いんですけど。さすがに由愛さんは知らなくていいです。真実を知るには彼女は若すぎます。
なので「見た目通りの女の子同士のやり取り」として解決するのが、いちばん丸く収まる気がします。
ということで……最近会得した武器である「見た目を使った対応」で乗り越えるとしましょう。年相応の女の子を演じて、やり過ごすことにします。
躊躇しましたが、私は勢いよく花宮さんに抱きつきました。
「ねーっ、麻衣ちゃんっ。私達仲良いもんね。未成年の冒険者って珍しいもんっ」
「た、琴ちゃ……は、え!?あ、ああ、は!?」
「全日本冒険者協会の職員とか、関係ないよーっ。友達だもん、ねっ」
「はっ、あ……は、はいっ……ん!?」
あっ、やばい。
花宮さんが混乱しちゃいました。さすがに調子に乗りすぎましたかね……セクハラと言われても致し方ない対応です。
さすがに申し訳ないので、私は静かに花宮さんから離れようとしました。
しかし。
「……ふふ、やっと琴ちゃんが受け入れてくれたぁ……やっとぉ……」
「んっ?」
突然、腕を掴まれました。
その時、私は花宮さんが抱いていた好意の重さというのを、侮っていたということに気付きました。
「……あっ、ちょっと……花宮さん?」
「花宮さん、じゃないよぅ。麻衣ちゃん、だよ?ね、琴ちゃん……」
「あーっ、あ。うん、分かった……麻衣ちゃん」
あの。
私って、花宮さんと……どう接するのが正解なんでしょうね。
女性との関わり方は未だに分かりません。
え?奥さん居ただろって?それはそれ、これはこれです。
というかこの身体になってから「夫として見られない」って言われちゃいましたし。
いつの間にか家から出て行っちゃっていましたし……。
女性の心境の変化というのは、分からないものですよ。
「あっ、ズルい!私も混ぜて!」
ちなみに一連のやり取りを見ていた由愛さんは、慌てて輪に入ってきました。
ひとまずは解決した……かな?
前田さんに続いて、由愛さんも何も知らない人になっちゃいましたけど。
うーん、業が増えていきますね。
----
あれから、3人でレストランへ食事に行きました。
しかし生憎ながら、女子トークというものが分からないので、私は殆ど聞き専に徹していました。
社会人特有の愛想笑いのスキルが役立ちました。ははは。
さて。研修会場でもあるダンジョン内には各冒険者ごとに、それぞれ個室が割り振られています。
本当に、ちょっとした宿泊施設なんですよね。
結局、体力を使い果たした私は、割り当てられた部屋に入ってすぐ、ベッドにダイブしました。
もう、カッターシャツにシワが付くとか、気にする余力も残っていないです。
「……疲れ、たぁ……」
何というか、情報量の多い一日でした。
もう今日は何も考えたくないとは思うのですが、勝手に仕事モードの私が本日の業務を脳内で整理し始めます。
まず、16歳の“神童”である土屋 由愛さんと出会いました。他のギルドに所属している冒険者でしょう。
次に出会ったのは、花宮 麻衣さん(■■歳)です。私が田中 琴男だった時の教え子だった冒険者ですが、知らないうちに全日本冒険者協会の職員になっていたんですね。
そして、初めて“炎弾”を使いました。
単独行動、かつ隠密行動が主体である私は「位置がバレるような攻撃魔法は選択肢にも入らない」と考えていたので、今までは使おうとも思いませんでした。
ですが今後はソロでダンジョン攻略をする、という許可は降りないでしょう。
日に日に、田中 琴としての新たな生き方を求められているんだな、と言うのを感じます。
冒険者業務に励む為、パーティを組む為のメンバーを探すことも……視野に入れないと駄目かも知れません。
「考えることが、多いよねぇ……」
何かをしていないと気が済まず、物思いに耽りながらもぞもぞとベッドの上で身を捩らせます。
そんな中、ベッドに投げ出していたスマホから着信音が響きました。
「……んぅ」
身を起こすのも面倒だったので、私は寝転がったまま腕を伸ばしてスマホを手に取ります。それから、スマホの画面に視線を送りました。
「三上さん」という名前が、画面に表示されていました。
私は受話器のマークをタップし、三上さんとの通話を開始します。
「……お疲れ様です、田中です」
『よぉ~、お疲れちゃん。“へっぽこ炎弾”の琴ちゃんよぅ』
「ぶっ!?」
そのあんまりな二つ名に、思わず目が醒めました。
誰も居ないのは分かっていますが、身体を起こして姿勢を正します。
「な、なんでそれをっ……」
『くくっ、ははははっ!!聞いたのよぅ、花宮からよ~』
三上さんの笑い方、悪者過ぎませんか?
悪い人じゃないのは知っていますが……。
しかし、花宮さんと連絡をとっていたのは驚きでしたね。
情報共有が早すぎます。そんなことまで情報共有しなくても良いんですけど……。
「正直、魔法のこと……舐めていましたよ。もっと……簡単に使えるものと思っていました」
『そりゃお前さぁ、学ぼうともしなかったもんなぁ?散々キャリアアップ勧めても……位置バレするのが嫌だ、ってゴネてよぉ』
「……そ、それは……まあ、問題なく業務はこなしてたので……」
『まー田中ちゃんらしいと言えばらしいわな』
三上さんはそこで言葉を切り、もう一度「くくっ」と笑いました。
それから真剣な声音に戻ります。
『でさぁ、どうよ。魔法。手応えはあるかぁ?』
「少し可能性は見いだせそう、ではあります。ただ実戦に持って行けるかというと……まだ、ですね」
『初日で実戦レベルまで持って行けたら天才だわ、天才……いや、田中ちゃんも昔は天才だって、言われてたな?』
天才。
「……っ」
その言葉に、少しだけ胸の奥がズクリと痛みました。
久々に感じる心の痛みに、思わず顔をしかめます。
しかし通話越しだというのに、どうやら三上さんには私の胸中が伝わったようです。少し間が空いた後、三上さんの溜め息が聞こえました。
『……いや、悪ぃな。無神経だったわ』
「いえ、気にしないでください。私の問題、ですから」
『はーっ、俺もまだまだだわ。あ、そういや懐かしい顔のやつ来てたぞ』
「……懐かしい顔、ですか?」
さすがに、しんみりした話題を続けるのは気が引けたのでしょう。三上さんは、突然そんな話題を切り出しました。
一体、誰が来たというのでしょう。
『まあ、隠すことでもねえな……お前の奥さんだよ。田中 恵那』
「……あいつが?」
『お前が研修合宿で居ない、って言ったら帰っていったけどな。お前の言う“女性化の呪い”か?少し、その話が聞きたかったらしいな』
「ど、どうして……?」
「俺が知るかよ……」
田中 恵那。
結婚する前は「柊 恵那」という名前で冒険者をしていた女性です。
類い希なる才覚を持ち合わせた冒険者で、レイピアを主武器として数多の魔物を屠ってきた人物でした。クールな雰囲気も相まって“剣聖”などと呼ばれていましたね。
光属性の魔法を好んで使う、美しい女性でした。昔はギルドの広告塔としても、かなり貢献していたものです。この人だけ生きてる世界が違いませんか?
彼女の行動の意味を考えていましたが、三上さんが「まあ」と話を切り出した為に思考することを中断しました。
『いくつになっても、恵那ちゃんは美人だよなあ~。あんな美人貰ってるクセに……肝心のお前は、仕事詰めだもんな』
「それを分かった上で……今まで、付いてきてくれましたからね。この身体になってからは……もう夫として見られない、って出て行きましたが」
半ば自虐的に、そう言葉を付け加えました。
ですが、三上さんは「うーん」と困ったような唸り声を上げます。
『あんだけお前にぞっこんだった恵那ちゃんが、そんな理由で引き下がると思えねーけど?まあ、研修終わってからで良いから……会ってやりな?』
「分かりました」
色々と気になるところはありますが、憶測だけで語っても仕方ありませんからね。
私は「失礼します」と告げて通話を切りました。
「……恵那、あいつが……」
本当に、懐かしい名前です。
3ヶ月の空白でしかないというのに、もう何年も会っていないかのように感じます。
彼女には……悪いことをしました。
――貴方が、田中 琴男本人だとして……登ったっていうの?たった1人で?ダンジョンの最上階まで?……もう、危険なことはしないって約束したのに……?
「……忘れないとなぁ……はは」
罪悪感から逃れる為に。
私は布団の中に包まり、ふて寝するように目を閉じました。
本当は……自分自身に言い聞かせてるだけだって、分かっているんです。
恵那が私から離れていったのは、ただ女の子の姿に変わったから……というだけじゃない、ってことを。




