第35話 克服
「魔法使いへのキャリアアップ研修」は、一週間にわたって行われます。
連泊して行われる研修である為、冒険者が十分にくつろげる環境作りに励んでいるんですね。
チラリと話したと思いますが、各階層ごとに小・中学校のグラウンドくらいの広さがあります。ですがもちろん、その全てが研修用に改築されているわけではありません。
大浴場から始まり、休憩室・レストラン・コインランドリー・パソコンルーム併設の図書室。更にはビリヤードやダーツを堪能できる娯楽室まで併設されています。
あらゆる冒険者のニーズに応えることが出来る場所として機能しているんですね。全日本冒険者協会から派遣された職員も常駐しているので、警護だってばっちりです。
このダンジョンの隣に住居構えちゃ駄目ですか?
え?保安距離の関係で、ダンジョンから半径20m以上は離さないと住居は建てられない?さいですか……。
ちなみにダンジョン付近の土地についてのお話なんですが。
冒険者が頻繁に出入りする場所という理由から、治安が良いということで地価が高いんですよね。なので地域によってはダンジョンを囲う形で、高級住宅街が出来ていたりします。
私達冒険者もそれなりに給料を貰ってはいるのですが、さすがに社長クラスの給料には勝てません。大人のお金事情は厳しい。
さて、本日の研修は終わりを迎えました。
現時刻は午後3時を過ぎたところで、疲労の溜まった冒険者達はそれぞれグループを作って娯楽室に向かったりしています。一部の冒険者は修練場に残り、引き続き魔法の訓練をしていますね。
私ももちろん、修練場に残っているうちの一人です。
花宮さんに教えて貰った魔法を打つ為の基礎姿勢。それを身体に叩き込む為、反復練習を行っています。
ちなみに既にMPはほとんど使い切っている為、何度も“炎弾”を飛ばして実践することは出来ません。だいたい半日ほど経たないと、MPは全快まで到達しないですね。宿屋の「泊まる」と「休む」は理にかなっています。
「腰を落として、足は肩幅に。杖は両手で、面を広く……」
ひとつひとつ、留意点を声に出しながら体勢を調整していきます。
実際に体験したことがあるわけじゃないので漠然としていますが、銃を構える姿勢に似ている気がしますね。
「……ん?」
ふと、その時気付きました。
魔法杖の先端にはめ込まれた魔玉を囲う固定具に、小さな出っ張りがあることに。
もしかすると、これは照準を合わせるのに役立つのではないでしょうか。
花宮さんから教えて貰った姿勢を保ちつつ、静かに魔法杖を持ち上げました。
作り直したゴブリン製ダミー人形のシルエットと、魔法杖の先端にある出っ張りを重ねてみます。イメージとしては、照準を重ねるイメージですね。
「少し、試してみましょう」
確か、残りMPは12……でしたね。理論上、1発くらいは“炎弾”を放てるはずです。
まだ研修も初日。100点満点をたたき出せるとは思っていません。ですが、最後に自分の考えが合っているかどうか、だけは確認しておきましょう。
“炎弾”が飛ばなかった理由。それは恐らくですが「出力不足」という部分に原因があるのでしょう。
イメージとしてはシャワーが近いです。
蛇口を捻り、ホースから水を出す。その先端が絞られていれば、より圧縮された水を出すことが出来る。
私は“炎弾”に使う為のMPを、無駄に散らしていた。
だから肝心の杖先から出力されるはずの“炎弾”に十分な魔力が宿らず、地面に転がってしまう……という結果に陥ったのではないか。
そう考えた私は、“炎弾”を出力することに意識を固めることにしました。
魔素を蛇口から出る水道水に、杖先をホースと捉えます。
蛇口の出力を全開にして、攻撃魔力に転換しますっ!
「……“炎弾”っ!」
すると、微かに魔玉が紅く光りました。杖先で練り上げられた紅蓮の炎が、渦を描きながら真っ直ぐに飛んでいきます。
ぼすんっ。
勢いは途中で落ちることも無く、ゴブリンダミーに着弾。威力こそ目立ったものではありませんが、小さく散った爆風はゴブリンの死骸を軽く揺さぶりました。
やはり、杖先の出っ張りがレティクルの役割を担っているんですね。位置を合わせれば、狙い撃ちだって出来そうです。
「っ、やったぁ!」
思いのほか上手く言ったことに喜びを隠せず、ガッツポーズをしちゃいました。その拍子に飛び跳ねたものですから、銀髪がふわりと揺れます。
しかし、この“炎弾”でほとんど完全にMPを使い切ってしまったようです。
魔素を介したステータス増強効果の恩恵を失い、どっと疲労感が押し寄せてきました。
「……っと。これ以上は駄目かな」
さすがにこれ以上無茶は出来ませんね。
私は魔法杖をゴルフバッグの中に片付け、代わりにメモ帳を取り出しました。
先ほどの気付きを“魔法使用に関するガイドライン”と照らし合わせ、当てはめていこうと思います。
再度言いますが、これは「魔法を発動させるためのプロセス」についてマニュアルとして作成されたものです。なので、こちらのマニュアルを元に確認するのは、技術を修正するにも丁度良いんですね。
そして、以上のガイドラインに当てはめるとこうなりました。
①目的:
“炎弾”の会得。威力・技術の向上。
②使用対象の選定:
ダミー人形(今回はゴブリンを用いて作成したダミー)。距離にしておおよそ3mほど。
③使用環境・状態:
魔法使い研修会場2階・修練場。地形は安定している。
④触媒の選択:
安価で購入した魔法杖。
⑤魔法選択:
攻撃魔法“炎弾”。
⑥魔法発動の分類選択:
使用範囲:直線・単体。
出力:使用者が出力可能な最大数値。
精度:精神的に安定した状況下につき、狙いを澄ませることが可能。
⑦魔法の発動:
暴発せず、安全に発動完了。
⑧フィードバック:
対象に着弾、ダミーは破壊に至らず。使用者のMPが全損したことにより再発動は不可。
改めて情報をまとめてみると、かなり冷静に分析することが出来ました。
特にダミーに“炎弾”を当てることが出来た、という成功体験を積むことが出来たのは大きいです。
本日の進捗としては大きく満足です。
私は天井に向けて息を吐き、ぽつりと言葉を漏らしました。
「……明日からも、頑張れそうです」
「それなら良かったよ~、琴ちゃんも魔法の良さに気付いてきたかなっ」
「わああ!?」
いつの間に居たのでしょう。
花宮さんはニマニマと嬉しそうな表情を浮かべ、私の隣に立っていました。
まさか隣に居るとは思っていなかったので、ぎょっとして彼女から離れようとしました。しかし、ものの見事に足がもつれ、バランスを崩してしまいます。
「あわっ」
「よっと、危なっかしいなあ。琴ちゃんは」
「あっ、ありがとうございます……でも、琴ちゃん呼びはちょっと……」
花宮さんは背中に手を回し、鮮やかに私を受け止めてみせました。
構図だけ見れば、王子様とお姫様です。色々と違う部分はありますが。
しかし、かつての後輩に「琴ちゃん」と呼ばれるのはしっくり来ないですね。不服でもあったので、軽く抗議しますが……花宮さんは困ったような笑みを浮かべました。
「うーん……琴ちゃん、やっぱり田中大先生と同一人物に見えなくて……」
「同一人物ですがっ」
「見た目的な話じゃなくてね。なんか垢抜けたなーって思って」
「……そうですか?」
あんまり自分がどう見られているか、というのが分かりません。
私は姿勢を直し、改めて花宮さんと向き直ります。
すると、彼女は私の目を見て真っ直ぐ言葉を続けました。
「田中大先生って、何もかも……諦めたような顔してること多かったから……」
「……それは、否定しませんが……」
「だから、今活き活きしてるあなたを見ることが出来て、正直すごく嬉しいかな。ちょっとした、愛しの後輩からの感想ですよっ」
「愛しとか自分で言うんですか……?」
花宮さんから見た自分の感想は、ちょっぴり複雑なものでした。男性時代の私、そう見られていたんですね?
どう言葉を返すべきか迷っていましたが、花宮さんはパンと両手を叩いて会話を切替えました。
「さ、今日はもう講義も終わりましたし!瀬葉須さんからの説教も終わりましたし!積もる話もあるから、カフェでも行こっ!」
「わっ、ちょっと待って!引っ張らないでっ!ていうか……やっぱり怒られたんじゃないですか!」
色々とツッコみたいところは多いですが、ひとまずは彼女に振り回されておこうと思います。
垢抜けた……か、どうかは分かりませんが。色々と失ったものは多くても、得たものも多かったのは事実ですからね。
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「はぁ……初めまして。俺が花宮さんの担当となった、田中 琴男です。あー……よろしくお願いします」
最初に指導担当として顔合わせした田中大先生を一言で説明するとすれば……「何もかもに無関心」な冒険者だった。
ボサボサに伸びきった黒髪に、気怠げな瞳。
口調だけ体裁を整えたような、ぶっきらぼうな口調。
目線さえろくに合わせず、まるで私――花宮 麻衣という冒険者に感心など持っていないんだろうな……という雰囲気がひしひしと伝わる人物だった。
聞いた話だと、私がギルドに加入する少し前。
田中大先生が最も尊敬していた先輩の冒険者が、洞窟型ダンジョンの崩落に巻き込まれて命を落としたのだという。
遺体こそ発見されていない。
しかし、洞窟という生還がどう見ても困難な状況下にあることから、事実上の死亡として判断を下されたそうだ。
田中 琴男。
彼は齢18歳にて冒険者の世界に身を移した、“天才”と呼ばれた冒険者だった。当時新たに創設されたばかりだった私立大学魔窟科の知識を1年足らずに全て吸収してしまった、異端児中の異端児。
しかしその天才性ゆえに素行に問題があり、世話を任されていたのが件の先輩だったらしい。
かつて一度だけ、若き頃の田中大先生に「尊敬していた先輩」の話を聞こうとしたことはある。
だけど、聞くことは出来なかった。
代わりに明確な敵意を剥き出しにした視線をこちらに向けてきて、低い声でこう告げた。
「お前に語る気は……無い。俺は……罪を抱えたままで良い」
その一言に、深い闇を感じた気がした。
たった一人で罪を抱えて生きる、そう決意したような面持ちだった。
しかし、そんな孤高に生きることを目指している彼だからこそ、私は彼に寄り添いたいと思うようになった。
まあ、はっきり言えば惚れていたのだろう。
私は少しでも彼の気を引けるように、当時未開拓だった“時間魔法”の研究を始めた。
隣で戦えるように、沢山の知識を吸収した。
結果として、沢山の実績が手に入った。
市民の生活に役立つアンチエイジングとしての効能だって、第一発見者は私だ。
だけど、一番求めていたものだけは手に入らない。
田中大先生が結婚した、という話を聞いた。
知った話によると、相手はどうやら“剣聖”と呼ばれた美人の冒険者らしい。
沢山の同業者から交際を求められたとしても、全て拒み続けたという人物だ。そんな彼女が、どういう経緯で田中 琴男という人物に惹かれたのだろう。
たったそれだけの情報さえ、知るきっかけもない。
どれだけ研究に力を入れたとしても。
どれだけ実績を積み重ねたとしても。
一番知りたかった情報を知ることは出来ないし、一番求めたものは手に入らなかった。
長らく会っていなかった中、再会した彼は「田中 琴」という人物へと変わっていた。
どうやら「女性化の呪い」という未知なる現象によって、この姿へと変化した……とのことだ。
確かに彼女は、田中 琴男が愛用していた“アイテムボックス”を気軽に使いこなすことが出来、彼と同様にゴブリンの死骸を持ち歩いていた。
もはや、その狂人ムーブだけで特定できるというのも変な話だ。
だがそれが、田中 琴男という冒険者である。
知りたい。
彼の全て、彼の辿る行動の結末全て。
あの時、手に入らなかったものが手に入るのなら。




