第34話 逃げ腰
「まあ……土屋さんも、よろしくね……ハァ」
露骨に嫌そうな顔してるんですけど、花宮さん。もうちょっと態度隠して。
相対する由愛さんは、むっと拗ねた子供のような表情で食いついてきます。
「花宮さん、でしたっけ。花宮さんも結構、幼いところあるんですね?」
「……幼い……若い?」
花宮さんがぴくりと眉を上げて、関心深そうに由愛さんの続く言葉を待ちます。
多分そういう意味じゃないですよ。
「だってっ、ほらっ!」
「むきゅっ」
すると、由愛さんはいきなり、私を強く抱き寄せてきました。
だからスキンシップ激しいんですって。
「琴ちゃんが可愛いからって、自分のものにしようとするなんてずるいですよっ」
「あっ、あの……離して……」
「琴ちゃんって変わってるから、つい目が離せないのは分かるけどっ。先生って立場を良いことに……囲うのは良くないと思います!」
「たぶん、ちがいます……」
由愛さんって結構力強いんですよね。私とそう変わらない体躯なのに、どこにそんな膂力があるのでしょうか。
ステータスの差もあるのでしょう。身じろぎ一つできずにされるがままです。
というか知り合ってから関わった総時間で言えば、由愛さんの方が短いですからね?
なにをしれっと親友ポジションみたいに振る舞ってるんですかっ。
「女の子が集まってる姿って、眼福だな」
「楽しそうで何より……」
「あそこだけ漂っている空気が違いすぎる。近づけない」
そういえば、自覚も無かったのですが。
傍から見れば、同年代の女の子3人がじゃれあっているようにしか見えないんですよねー。
遠巻きに私達の様子をちらちらと見ている冒険者達の視線が、どこか暖かく感じます。
しかし、現実は違います。
一人は“女性化の呪い”に掛かった47歳男性。
一人は“時間魔法”によって老化を克服したなんちゃってエルフの■■歳女性。
なので、見た目通りの年齢なのは土屋 由愛さん一人だけです。真実はいかなる時も残酷ですね。
肝心の由愛さんは、露骨に花宮さんを邪険に扱っています。こら、花宮さんは指導教員なんだから「しっ、しっ」と追い払おうとしない。
花宮さんは苦笑いを浮かべながら、つば広の帽子を目深に被りました。
「さすがにそんな扱い受けると困っちゃうなあ。琴ちゃんには魔法の神髄に至るまで、隅から隅まで……ちゃあーんと理解してもらわないといけないのに」
「あの、そ、そうですっ。せめて“炎弾”を会得しないと」
「……でも、“炎弾”以前の問題だよぅ、琴ちゃん」
「えっ」
明らかに味方してくれそうな雰囲気だったのに、急に突き放されるようなことを言われちゃいました。
由愛さんも首を傾げつつ、続く話を聞くべく私を静かに開放しました。
案外、由愛さんって胸が大きいんですね。抱きしめられている間、ものすごい弾力を全身でひしひしと感じました。私の平凡なお胸とは大違いです。
……こほん。失礼しました。さすがに未成年の女の子に劣情を抱くようなことが有ってはいけませんね。あくまで私は47歳男性です。
なぜか「負けた」という気分ではありますが……。
花宮さんは私の背後に立ち、再び背中を指先で触りました。
「ひあっ」
「魔法を撃つための姿勢としては明らかに悪すぎるよ~。なんでさっきの姿勢が駄目だったか改めて言うね?」
「へ、あっ……はい」
そう花宮さんは前置きすると、唐突に私の肩を後ろに引きました。
まさか何の前触れも無く引き倒されるとは思わず、思わず足が浮いてしまいます。
「わあっ!?」
「重心がね、後ろ寄りになってるの。背筋を反らして魔法を構えるのは駄目。反動で転けちゃうかもしれないから」
後ろに倒れ込んだ私を、花宮さんは優しく抱きかかえてそう話しました。
確かに花宮さんが“炎弾”を放った時も、反動を受けて後ろに飛んでいましたね。確かにこれはアクロバティックな動きになれていない私だと、体勢を立て直すことも出来ないので簡単に転んでしまいます。
そう考えると花宮さんはすごいですね。魔法使いが本職でしょうに、よくもまあ、慣れた動作で後方宙返り出来るものです。
私を抱きかかえたまま、花宮さんは次に由愛さんに視線を送りました。
「土屋さんが“炎弾”撃っているのも見たけど、結構感覚派だよねぇ?勉強になると思うし一緒に見ておこうねっ」
「あー、はい?分かりました」
あれだけ馬鹿げた火力の“炎弾”を見せられて、拒否する理由を見いだせなかったのでしょう。由愛さんも姿勢を正し、花宮さんの隣に立ちました。
「まずね、魔法を撃つ時も銃と同じで、反動はあるの。リコイルって言うらしいんだけどね」
それから、花宮さんは後ろから手を回し、私が持っている魔法杖に触れました。
「琴ちゃんは魔法杖使うんでしょ。だったら尚更意識しないといけないよぅ。まず、持ち方が悪いよ」
「えっ……えっと、どう違うんです?」
「さっきは右手だけで持ってたけど……杖を持つ時は片手じゃなくて両手っ。こう、面を広く持って!」
そう言いながら、花宮さんは私の空いていた左手を引き、魔法杖に握らせました。
杖を握る手を滑らせ、まるでライフルでも構えるような形になるよう、両手で広く面を作ります。
だいたい魔法杖の柄を3分割した時に、1/3と2/3に該当する場所を握らされました。
それから、花宮さんは魔玉(杖の先端にある宝玉)をグッと押し込んでみます。しかし、持ち方が安定しているので、深く沈むことはありませんでした。
「うん。それが基本的な持ち方ね?ある程度の反動なら耐えられるようになるからっ」
「は、はい!分かりました」
「で、次に足の置き方ね」
次に、花宮さんはブーツで軽く私の足先を小突きます。
半ば強制的に足を肩幅の広さまで開かされました。
「腰を落として、足は肩幅くらいの広さまで開くっ。あっ、琴ちゃんそこまで足広げなくて大丈夫だからっ!?」
「……え、あっ。間違えました」
「琴ちゃんそこまで肩幅大きくないでしょっ」
花宮さんが「肩幅まで開く」と言ったので。男性時代の肩幅を思い出しつつ、足を開いていたら止められました。
再度足で小突かれ、再び縮められました。私こんな肩幅小さいんですか?
何というか「魔法とか構えて撃つだけでしょ」と舐めていたところがあったので、ここまでみっちり叩き込まれるとは思いませんでした。何事も基礎が大事なんですねえ。
その姿勢のまま、花宮さんは私の身体を動かしました。
向かう杖先はダミーへと。磔ゴブリンダミーです。田中 琴のお手製です。
「じゃ、こう前傾姿勢を取って……実際に撃ってみようね」
「え?」
「“炎弾”」
何の覚悟もさせないまま、花宮さんはそう魔法を唱えました。
次の瞬間放たれるのは、核熱をまき散らしながら放出する“炎弾”。
放たれたのは、私の魔法杖からです。
「きゃあっ!?」
衝撃の余波を受けた由愛さんの悲鳴が聞こえます。
一応威力は調整したのでしょう。先ほどの核爆弾のような威力ではありませんでした。ですがそれは低威力というわけではありません。
再び巨大な火柱が舞い上がりました。
ゴブリンダミーが爆ぜました。ぐっばいゴブリン。地獄に行っても元気でね。
上手く説明できないのですが、私の体内からもごっそりと魔素が減った気がします。身体の感覚が変わったような、違和感……とでも言うんでしょうかね。
詠唱したのは花宮さんなのですが。
魔法もステータスも、魔素が関係しているのでMPが底をつくと危険なんですよね。生身の人間では魔物に勝てません。
爆ぜ飛んだゴブリンダミーの行く末を見届けた後、ちらりと私は花宮さんに視線を送ります。
「……あの。花宮さん、事前にそういうのは言って貰っても……」
「だって琴ちゃん逃げ腰になったら困るもん。極度のビビりだもんね~?」
「……う」
さすが元教え子。私のことはお見通しですか。
基本的には安全地帯から行動する、というスタンスを心がけているので本番にはもっぱら弱いです。
多分園部君に指導する時点で、貧弱ステータスって判明していたら指導役を速攻で降りてましたね。あとドラゴンを見かけていたら速攻で逃げていたと思います。
あー。
安全地帯からレベル上げしたいです。
駄目ですか?……駄目ですか。
余談ですが。
MP:12/154
私のMP、ごっそりと削られていました。
多分花宮さんの使った魔法でMPを消費したんでしょうね。もはやここまでMPが削られては、生身とそう変わらないんですけど。あの。
……元々、ステータスが貧弱というのは言わないでください。




