第201話 退職届
「……鈴田君」
「琴ちゃ……田中先輩」
「もう今更だから何でもいいよ」
初めての魔族との邂逅から、3日後。
レベルアップ研修より戻った私は今、病院にいます。
同僚である鈴田君が魔族と接敵し、重傷を負ったという報告を受けたので面会に向かいました。
私の姿を見た鈴田君は、どこか諦観の顔を浮かべています。
「……はは、ボロボロだよ。見ろよ」
鈴田君は乾いた笑みを浮かべながら、左腕を持ち上げました。
「……っ!」
左肘から先が、ありませんでした。
包帯でぐるぐる巻きにされた断端部は、その前腕が存在しないことを如実に伝えていました。
「報告書、見ただろ。恵那斗先輩の元の姿、田中 恵那さんの姿をした魔物が、俺達に斬りかかってきた」
「……そんな」
あろうことか、恵那の身体すらもダンジョンは利用していたようです。
心の底から、苛立ちにも似た炎が生まれるのを感じ取りました。
ですが、本題はそこではありません。
冷静を装って、鈴田君の話を聞くことを優先します。
「……恵那、が……」
「どうすりゃ良かったんだろう、俺。斬れる訳ないだろ、分かっていても……斬れる訳がない」
「そう、だよね」
「生きて帰ってこれただけ、奇跡だった……でも」
鈴田君は、次にテレビの方へと視線を向けました。
床頭台と呼ばれる、テレビ・冷蔵庫・テーブルが一体化した多機能家具がそこにはありました。テレビカードが差し込まれており、電源のつけられたテレビからはニュースが流れています。
——魔窟内で突如として発生した人型魔物についてのご意見を伺いたいと思います——。
——これだけの死傷者を出したことから、責任問題は免れないでしょう——。
……などと、顔も名前も知らないオッサン共が偉そうに冒険者について語っていました。
失礼ですけど、腹は出ていますしだらしない顔つきはしていますし、冒険者の専門家を名乗るにしてはあまりにもダンジョン攻略向きじゃない体つきです。
あんな人達が、私達冒険者を語っているという事実に腹が立ちました。
安全地帯から、外野が口出しするだけ。
「……胸糞悪いね」
正直な本音を漏らすと、鈴田君は乾いた笑いを浮かべました。
それから、誰も居ない出入り口に視線を送りました。
「さっきもさ、香住が面会に来てた。保険の仕事があるから、って戻っていったけど」
「……うん」
「冒険者に掛けられてた生命保険の手続きとか、大変なんだってさ……」
「……」
香住、とは鈴田君の彼女さんの名前です。
前田 香住さん。私が冒険者をやっているということを知らない女性のことですね。“女性化の呪い”が極秘事項になっちゃったので、未だに言えずじまいです。
しばらく間を置いてから、鈴田君はぽつりと己の胸中を漏らします。
右手で掴む毛布には皺が生まれました。
「冒険者はもう辞めた方が良い、死んでほしくない。そう言われた」
「うん」
「冒険者じゃなくても、仕事なんて色々ある。人生の選択肢だって沢山あるのに、こんな道に残って欲しくないって」
「……鈴田君は、どうしたい?」
私がそう質問を投げかけると、鈴田君は悔しそうに俯きました。
しばらく間を置いてから、どこか躊躇いを滲ませた表情で息を吸い込みます。
「……っ」
感情を爆発させるべきか、迷っているようにも見えます。
「いいよ、言いたいこと言って」
そう、私は鈴田君の顔を覗き込んで話を促します。
鈴田君の端正な顔立ちが、くしゃりと歪みました。
「……続けられる、気がしない。冒険者になるんだって、夢、見てたはずなのに」
「うん」
「魔物を倒してる時は、スーパーヒーローにでもなった気分だった。全能感、って言うのかな。そんな気持ちだったさ」
「分かる、分かるよ。カッコいいよね」
「でも……現実、見えてなかった……仮に、魔族を倒して、給料を貰えたとしても……俺は、もう。喜べない」
「……そっか」
そこで言葉を切った鈴田君は、ぽすんと身体を倒しました。空気の抜けた枕から、情けない音が響きました。
全てを拒むように布団に丸まった彼は、最後に言葉を残します。
「また、退職届を出します。お疲れ様でした」
「……うん。今までありがとうね」
無理に引き留めるのも、残酷というものです。
私にはそれを止める権利など、ありはしません。
踵を返し、病室を後にしようとしました。
すると、鈴田君は最後にぽつりと、独り言のように言葉を残します。
「……琴ちゃんは、死ぬなよ。冒険者の未来だ」
「……そうなると、いいね」
私はスライド式の扉を開き、そのまま病室を後にしました。
病室を出た先には、腕を組んで壁にもたれていた田中 琴男が居ました。
「お兄ちゃん」
「……しばらくは、冷たい目で見られるぞ」
「だろうね。鈴田君の選択は正しい、冒険者からは手を引くのが正解だよ」
「ああ。一気に冒険者を辞める人が出てくるだろうな、芋づる式だ」
「……うん」
私と琴男は、並んで病院の廊下を進んでいきます。
時折看護師さんがちらりと私達へと会釈してくれましたので、こちらもぺこりとお辞儀を返します。琴男はおじぎを返さずに真っすぐ前を向いていました。態度悪いなこいつ。
ですが、表口からは出ません。
病院外から様子を見守っていた恵那斗から、メッセージが来ていたからです。
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【ena】
[琴]10:14
[病院前、記者がうろつき始めた]10:14
[ありがとう]10:15
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という旨の連絡が来ていました。
魔族という存在の出現から、大きく世間の関心を向けられた冒険者という世界。
ですが、あまり心地の良い視線ではありません。
このような形で、関心を向けられるくらいなら。
いっそ、誰の関心も向けられることのないガラパゴス的存在で良かったです。
私はギルドから秘密裏に受け取った、職員用出入り口を抜ける為のカードキーを取り出しました。
それから誰も居ないのを確認し、病院の裏口からこっそりと抜け出します。
「悪いことしてる訳じゃないのに……」
つい、怒りにも似た本心が零れます。
「言うな。所詮……俺達の存在だって、大衆の娯楽扱いだよ」
「……娯楽扱いで済んでいる内は、まだ幸せだね」
「だな」
何もかも、世界に魔族という存在が現れたせいです。
その魔族の長となる存在が……魔王。
つまり、目の前にいる。
「——っ!」
そう思った途端、抑えきれないほどに殺意に呑まれました。
ズボンのポケットに潜ませたスライムの魔石を体内に取り込み、素早く“アイテムボックス”を発現。取り出したゴブリンダガーで琴男の胸元を突き刺そうとしました。
ですが琴男は冷静でした。
「……っと。やめろよ馬鹿」
琴男は予想できていたとばかりに左手でスナップを効かせた手刀を、ゴブリンダガーを持つ手へと放ちました。
ダメージこそほとんどありませんでしたが、咄嗟に生み出された振動にダガーが弾き飛ばされます。
「……あっ」
アスファルトに転がるゴブリンダガーに視線を落とし、冷静さを取り戻しました。
怒りと申し訳ない気持ちの狭間で揺れている間に、琴男は静かにゴブリンダガーを拾い上げます。
それから、“アイテムボックス”の中にゴブリンダガーを隠してしまいました。
「俺が死んで済む話なら、大人しく受け入れるよ。だけど、そうじゃないだろ」
「……ごめん。私……」
「警察沙汰にでもなってみろ。恵那斗に会えなくなるだろ」
「……うん、そうだね」
罪悪感が込み上げました。
レベルが上がったことにより、メタトロンとしての自我は恐ろしいほどに私の身体を飲み込みました。
時折込み上げる、殺意にも似た衝動を抑えきれなくなるんです。
レベルアップ研修を介して私達呪い三人衆は、かなりレベルを上げることが出来ました。
レベルが30を超えたことより、私をリーダーに据え置いた上での活動が可能となりました。
ですが、その矢先に魔族の出現です。
沢山の冒険者がダンジョンで命を落としたことから、冒険者のダンジョン攻略が禁じられました。
ダンジョン攻略が出来なくなるということは、魔石が手に入らないということです。ダンジョンのドロップアイテムが手に入らないということです。
当然、その飛び火は魔石やドロップ品を用いた商品を開発している企業に襲い掛かります。
商品の原材料が確保できないことによる、商品開発の停滞。
現時点ではストックで繋いでいる状態ですが、いずれは枯渇してしまうでしょう。
やがて来たる崩壊を見かねた一部企業は、既にギルドとの契約を解除する方向で動いているそうです。事業転換も視野に入れているでしょうね。
そうなれば、今度はギルドという企業の存在が危ぶまれます。
ダンジョンによって破壊された世界は、今度はダンジョンを拠り所とした生活環境を構築しました。
ですが、今再び。
ダンジョンは、私達人類に牙をむきました。
魔族の出現は、冒険者以外の人々を殺したわけではありません。数値で語るのは残酷というほかありませんが、死傷者で言えば軽微なものです。
ですが、その魔族という存在そのものが……確実に人々の生活を破壊していました。
「……どうなっちゃうんだろう、世界は」
「考えるのは、俺達の仕事だ。解決策を提示してこそ、だろ」
「うん……」
メタトロン。
これが、あなたが見せたかった世界の姿なのでしょうか。
ダンジョンという存在は、異世界が助けを求めて差し伸べた手の形でした。
私達は、そんな異世界のワガママに付き合わされていただけだったんです。




