第200話 損害
「……まだ、完全に思い出したわけじゃないけれど……何か、見えた気がするわ」
恵那斗は魔族として対峙した相手へと屈みこんで、そうぽつりと呟きました。
地面に横たわるのは、漆黒の羽を散らしながらぴくりとも動かなくなった冒険者の亡骸です。
胸部へとぶっ放したゴブリンショットが決定打になったのでしょうか。胸元へと直撃したゴブリンの死骸が、大きな穴を作り出していました。
なんとなく申し訳ない気持ちになりました。ごめんなさいとどめの一撃がゴブリンショットで。
戦闘中はほとんど顔を確認することはありませんでしたが……改めて確認すると、本当にただの一般冒険者、という感じの顔つきをしていますね。
短髪に刈り揃えた黒髪は、生前から身だしなみに気を遣っていたのだろうな、という情報を伝えます。ありとあらゆる表情筋の機能しない、無色とも言える顔つきが、既にこの世ならざる存在であることを知らしめています。
……何も思わない訳ではありませんよ。さすがに。
「過去に命を落とした冒険者が、私達の敵……なんだ」
なんだか、徐々に過去という意味合いが大きくなってきた気がしますね。
過去に縋りたくない……というよりは逃げ出したい、というのが適切でしょうか。
私自身も、好奇心の殻に籠って……ありとあらゆる現実から目を逸らしているのかもしれません。
壁面を見れば、まるでニシンパイみたいにぶっ刺さっているゴブリンの死骸が映りました。や、ごめんシュールですね。
あれのせいでシリアスになりきれません。琴ちゃんが悪いです。ごめんなさい。
そんな中、恵那斗は私に視線を送って話しかけてきました。
「琴」
「ん?」
「ありがとう」
「んぇ?」
えっ、ここで感謝の言葉ですか?
私が言うのも何ですけど、白い目で見られるような行動しかしていませんよ私は。
そんな感謝の言葉を告げられるような内容なんてどこにもありません。
はて、と首を傾げたものですが。
恵那斗はどこか遠い目をして語り始めました。
「少しだけ、ワーウルフの記憶の断片を見たの」
「……思い出したの?」
「少しだけよ。ワーウルフはね、大切な家族、友達を魔族にさせられたみたいね。それで、殺すという選択肢も取れないままに、更に仲間達が殺された」
「……」
ワーウルフの記憶が壮絶すぎますね。
大切な家族が、自分へと刃を向けてくる。そんな人道に反する恐ろしい事態に陥った時……立ち向かえる人物がどれほどいるんでしょうね。
きっと、ワーウルフはそんな仲間同士で殺し合った過去をトラウマとして記憶しているのでしょう。
恵那斗はそこで言葉を切り、頭を軽く振りました。
「……同じ冒険者だもの。私は、殺すという覚悟がなかった……けれど、琴。あなたにはあった」
「だってボスモンスターだし」
「理由が浅いわね……」
「や、それ以上の理由いるかな。だから私は、恵那斗とかイナリちゃんが死ぬ方が嫌なんだって」
全く、同じ話をさせないで下さいよ。
まるで私が人の心が無い終わってる人物みたいに言うのは止めてくださいっ。
守りたいものを守る為に、過去の冒険者を殺すことに躊躇しているくらいなら辞めた方が良いです。冒険者なんて。
私は冒険者の亡骸へと両手を合わせた後、もう一度皆を見渡しました。
1人1人見渡す中で、イナリちゃんは様子を伺うようにじっと私を見つめています。
「……お主は、本当に前しか見とらんのじゃな」
「当たり前じゃないですか。誰かがやらないと、誰かが死ぬんですよ。魔族に手を掛けたくないという理由で躊躇している暇なんて、私にはありませんから」
「……そうじゃの。琴ちゃんの言う通りじゃ」
「ただ、私のことは良いんですよ」
同胞を殺める、ということへの葛藤に関するお話も大事ですけど……私は他に優先するべき事象があると考えています。
これでも、曲がりなりにも元はそれなりに冒険者業務をこなしてきた社会人ですよ。優先するべき内容は理解しています。
とんでもない自体が、始まろうとしています。
「麻衣ちゃん」
「ん? どうしたの、琴ちゃん」
私は、じっと冒険者の亡骸を観察している麻衣ちゃんへと話しかけました。
おおよそ予想できるんですよ。
以前、特殊個体が出現するようになったという一件と同じです。
このダンジョン内だけで起きた異変……というはずがありません。
私は魔族だという冒険者の亡骸に視線を落としつつ、自分の意見を主張します。
「まず、この冒険者の亡骸を全日本冒険者協会へと持ち帰って、急いで調査して欲しい。今日中の方が良いと思う」
「え、でも……研修は?」
麻衣ちゃんは驚いたように目を丸くしました。
一応、レベルアップ研修3日目という段階ですから。確かに、私達を置いて研修の監視役をすっぽかすということが出来ないのは分かります。
ですけど私は、優先順位はこちらにないと考えています。
「きっと、このダンジョンだけで解決する話じゃない。お兄ちゃんが清水先輩と出会ったという話から考えても、世界各地で同じような事象が起きているはず」
「……っ、それは」
「現代の冒険者は……私みたいに割り切れないよ。冒険者の仕事にも影響する話だから、お願い。急いで」
「……わかった」
分かりますよ。
全日本冒険者協会として、業務を遂行しなければならない責任があるというのは。
ですけど、実際の魔族というサンプルを持ち帰ることができる職員がどれほどいるのか分かりません。
私の言葉を飲み込んだ麻衣ちゃんは、こくりと強く頷きました。
私と同じ連想能力を持つ琴男は、遠い目をしてそうぽつりと呟きました。
「……これ、冒険者業務にかなり影響出るぞ」
同じ感想ですよ。
ただ「魔族が現れた」という簡単な報告内容で終わるはずがありません。
冒険者という職業全体を揺るがす、由々しき事態です。
私は、今も冒険者業に励んでいると思われる同業者に想いを馳せました。
☆
「……っぐぁ……っ!」
「鈴田先輩っ!」
指導者として俺の前に立ってくれていた冒険者である鈴田 竜弥先輩は、苦悶の表情を浮かべて左腕を抑えた。
しかし、その左腕から先は——ない。
斬り飛ばされた左腕が、地面に転がっていた。
切断された左腕から流れ出る血液は、活発化したアドレナリンによってより一層留まることを知らない。
このままでは、出血多量により鈴田先輩の命さえ危ぶまれる事態だ。
その事態を彼自身も感じ取ったのだろう。
「……っ、“凍結”……っ」
鈴田先輩は得意とする魔法である“凍結”を切断された左腕に付与。即席の止血を実施した。
しかしどれだけアドレナリンによって感覚が鈍っているとはいえ、凍傷によるダメージは避けられないようだ。より強く顔をしかめたが、それでも気丈に前を向き続けた。
「……園部君。悪いことは言わないから、逃げろ。生きて情報を持ち帰れ」
「鈴田先輩を置いて、逃げられる訳ないじゃないっスか」
鈴田先輩は、冷静に状況を鑑みた上で俺——園部 新へとそう指示した。
理性では、情報を持ち帰ることが最優先なのだと理解できる。だが、感情はそう納得してくれない。
それでも鈴田先輩は首を横に振る。どこか、弱々しい表情であったが、優しくも見えた。
「良いから、早く……! ありえない存在なんだ、ありえない……っ」
その間にも、ひたりと足音が鳴り響く。
俺達の命を奪わんと、一歩、また一歩と近づいてくる。
相対する存在は、細長い長剣——レイピアを右手に構えていた。
相対する存在は、灰色の皮膚をしていた。
相対する存在は、流れるような長い黒髪をしていた。
黒髪から覗く顔つきは、47年という月日の中でも劣ることは無く、むしろ洗練された雰囲気さえ感じさせるものだった。
「……」
「田中 恵那先輩が……どうして、ここにッ……!」
信じられないものを見た、という様子で鈴田先輩は強く首を横に振る。
田中 恵那先輩。
俺は直接会ったことは無い……というのは語弊があるか。
女性だった頃の姿というのは、初めて見る。
まさか、今目の前に立ちはだかるのが女性時代の田中 恵那先輩だというのか。
「……」
「だって……恵那先輩なら、今琴ちゃんの隣に——!」
田中 恵那先輩の姿をした存在は、身体を屈めてダッシュの構えを取った。
「危ないっ!」
俺は鈴田先輩を庇おうと前に出る。そのまま、大剣を水平に突き出して防御態勢を取った。
「やめろ馬鹿ッ!」
「鈴田先輩が生きる方が、優先っスよ」
別にカッコつけようだなんて思っていない。
冒険者として、合理的な選択だと思ったからだ。
その間にも、恵那先輩はレイピアを構えて猛ダッシュで駆け抜けてくる。
突き出すレイピアの一撃に貫かれれば、俺如きの命などいとも容易く吹き飛ぶだろう。
——短い、冒険者生活だったな。
来たる死を受け入れようと、静かに目を閉じる。
「“拘束”っ!」
そんな永遠の眠りを妨げたのは、頭上から響く女性の声だった。
ややノイズがかった声から響く早川 瑞希先輩の甲高い声。普段のおっとりとした声はどこにも無かった。
それと同時に、頭上で浮かび上がるドローンから伸びる鉄鎖。
鎖同士の擦れる音を奏でながら、それは一直線に恵那先輩を縛り付ける。
「……!?」
「2人を死なせる訳、ないでしょっ! 早く、逃げてっ!」
早川先輩の操作する支援型ドローンが、前に躍り出た。
彼女の張り裂けるような声にハッとした俺と鈴田先輩。
俺達は互いに視線を交わした後、強く頷いた。
「……逃げよう」
「……っスね」
早川先輩の操作するドローンから解き放たれた”拘束”によって時間を稼いでいる間に、俺達は脱兎のごとく逃げ出した。
逃げる傍らで背後を振り返れば、無表情でこちらを見据える恵那先輩と目が合った。
何を考えているか分からない、深淵のような双眸に……鳥肌が立った。
「……っ、くそっ」
鈴田先輩は、斬り飛ばされた左腕を抑えて悪態を吐いていた。
肘から先は、“凍結”によって形成された氷塊に覆われている。
もはや、左腕は戻らない。
「——ぁ……まず……壊され——」
ガシャン。
背後から、早川先輩の操作するドローンの壊される音がした。
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この日を境に。
冒険者各位は、ダンジョン攻略の全面禁止を伝達された。
全日本冒険者協会からの報告では、魔族との邂逅による殉職者は累計141人(冒険者証発見による暫定的死亡を含む)にも及んだという。
冒険者という組織内で解決するには……あまりにも、大きな損害だった。
冒険者の活動禁止。
魔法技術の普及した現代で巻き起こった異常に、世界の歯車は大きく狂い始めた。
次回より、最終章開幕。




