第196話 牙を向く過去
「ステータス・オープン」
恵那斗は冒険者証を手に持ち、いつもの合言葉を唱えました。幻惑魔法の応用によって製造された技術により、今頃恵那斗の視界には冒険者としてのステータスが表示されているはずです。
冒険者各位のコンディション把握にはもはや必要不可欠な技術と化していますね。特に残りMPというものに大きく業務効率が左右される世界なので、こうした状況把握というのは欠かせません。
定期的な状態確認を怠った、さほどレベルの高くない冒険者の死亡事故というのは現代においても時々聞かれる話ですから。
……私の低レベル事件に関しては忘れてください。大目玉食らいました、本当にすみません。
ステータス画面を確認したらしい恵那斗は、それから私達へと画面共有操作を行ったようです。
空中で指先を滑らせると同時に、私の視界に重なって恵那斗のステータスが表示されました。
【田中 恵那斗】
Lv:22
HP:274/274
MP:115/147
物理攻撃:199
物理防御:154
魔法攻撃:71
魔法防御:96
身体加速:59
「攻撃力が高いね、やっぱり」
ステータスとしては完全に物理攻撃型ですね。前線で戦うには十分な物理攻撃・物理防御のステータス数値を持っています。
レベルに関しても、今や22とある程度業務を行う上では文句なしといった形になってきました。
ギルドの新人教育ラダー基準であれば、パーティを結成した上での業務を許可できる段階です。一般的な冒険者と同格の扱いを許されてくる段階ですね。
ちなみに定期的に話に上がっている「レベル30以上の冒険者を1人以上、パーティへと構成するように」と言われているのも当然冒険者の新人教育ラダーに沿ったものです。
レベル30以上から、冒険者パーティのリーダーとしての役割を担うことがギルドから許可されるんですよ。
と言ってもやはり、現実社会の冒険者リーダーというのは、あんまり嬉しいものじゃないですけどね。責任が積み重なるので、向かない人にはとことん向きません。
なので正直リーダーとしての立ち位置は恵那斗に譲りたいところなんですけど……多分、30レベルに真っ先に到達するの、私なんですよね。仕方がありません。
一応名ばかりのリーダーやってます。よろしくお願いいたします。
私と同様にステータス画面を確認しているイナリちゃんは「ふむぅ」と満足げに頷きました。尻尾が大きく左右に揺れています。
「恵那斗君はパワータイプと言った役割じゃのぅ。今後の役回りが見えてくるのは助かるわい」
「ええ。私達のステータス傾向もしっかりしてきたわ」
「うむ。ちょうど良い機会じゃ、一度ボスとも戦ってみるかの?」
「そうね、私もその意見には賛成よ」
なるほど、確かにイナリちゃんの言葉は一理あるかも知れませんね。
本来、レベルアップ研修に参加する冒険者というのはそもそもが、ある程度それぞれ自身の役回りを理解している人物ばかりです。
ですが私達、“異世界の呪い”に掛かってしまった冒険者というのはその限りではありません。
私の場合は琴男の戦闘スタンスで分かる通り、近接戦闘がメインの立ち回りでした。
しかし女性化の呪いに掛かった私は、魔法攻撃でなければ十分な威力を出すことは出来ません。
その結果が“琴ちゃんキャノン”です。破壊の権化です、えへへ。
私ほどではありませんが、恵那斗もイナリちゃんも、相当に立ち回りというのは変更せざるを得なくなっています。
ステータスが向上した現段階で、改めて立ち回りを確認するのは大事かもしれませんね。
「……という話になったんだけど、麻衣ちゃん。行っても大丈夫?」
まあ否定される理由などないのでしょうが、一応麻衣ちゃんにも確認を取ります。
冒険者としてのスキルアップを追求し続ける意識高い系冒険者を否定する理由なんてないでしょうし。
全日本冒険者協会から否定されちゃうと困っちゃいます。
私がそう提案を投げかけてみると、麻衣ちゃんは「うん」と頷いてくれました。変な前振りを裏切ってくれてよかったです。
「大丈夫だよ~。ただ素材だけはこっちで回収させてねぇ」
「分かった!」
麻衣ちゃんから譲歩の条件も貰ったということで、私達は改めて5階層に鎮座しているボスモンスターに挑むことになりました。
通称“異世界の呪い”に掛かってからというものの、長く冒険者として勤めあげていますが……ずっと低階層で戦い続けているのも変な話ですからね。
そろそろ深い階層に潜りたいものです。いつまで私達は低階層の魔物を相手どらないといけないんでしょう。
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むき出しとなった灰色の石材で作り上げられた階段を下りていきます。欠けた階段の断片が靴底で滑り、不快な摩擦音を鳴らしました。
まるで私達を迎え入れるように、壁面に立てかけられた松明に炎が灯っていきます。
例えが悪いんですけど、人感センサーの付いた照明みたいですね。
やがて私達は天井まで高く伸びた、巨大な扉の前へと並びました。
一応、何があっても良いように麻衣ちゃんと琴男が後方で見守っています。後方腕組み先輩面です。
「お兄ちゃん達は手を出さないでね」
「分かってるよ」
余計な茶々入れをされると、貴重な戦闘の機会損失となりかねないので。
当然2人は分かってはいると思いますが、念のためにそう釘を刺しておきます。
そうして、私は改めて巨大な扉の前に立ちはだかりました。
立ち入る資格を持たざる冒険者を遠ざける巨大な扉です。
“魔素放出”という魔法が開拓される以前は、大概から漏出する微細な魔素を探知させるという方法を取っていました。
扉が開くほどの魔素を放出させる為には、高レベルの冒険者を呼び寄せたり、多くの冒険者が同時に扉へと触れる……と言った方法がとられていました。
余談ですが、冒険者パーティが結成されるのはこうした“扉を開ける為に複数人の冒険者が集まらないといけない”という黎明期の名残です。
ルールを紐解くと、意外な過去が見つかったりしますよ。
まあ、そんな話は置いておきましょう。
早くボスモンスターとご対面しましょうか。
「それじゃあ、開けますよ」
私がそう宣言すると、恵那斗とイナリちゃんはこくりと強く頷きました。
「……っ」
それから、通称"扉魔法"と表現される魔法である”魔素放出”を解き放ちました。
白銀のオーラが扉へと漂い始めます。本来はこれほどまでに高濃度にしなくても良いんですけどね。もはや癖です。
すると、高濃度の魔素に呼応した巨大な扉が、その重みに蝶番を軋ませながら開いていきます。
重苦しい音と共に、私達をボスモンスターの部屋へと招き入れます。
それと同時に、私達を迎え入れるように松明に炎が灯りました。やっぱり人感センサーみたいです。
照らされる明かりが、ボスモンスターの姿を現します。
「……ん?」
……これまでに、見たことのないボスモンスターでした。
「……ぬぅ……?」
ボスモンスターの姿を目視したイナリちゃん……いいえ、白狐の身体が強張ります。まるで見てはいけないものを見たかのように、引きつった表情を浮かべました。
それから強く首を横に振っては、自分に言い聞かせるように呟きます。
「ま、待て。これは……おかしい、おかしいではないか」
「……麻衣ちゃん。魔窟調査報告書に、こんな魔物……居た、かな?」
私は、その魔物を知りませんでした。
ですがイナリちゃんの恐怖に滲んだ顔色から、直感的に異変を感じ取らざるを得ませんでした。
麻衣ちゃんへと質問を投げかけたものですが、彼女も強く首を横に振りました。
「……ううん。報告書だと、5階層はゴーレムのはず……だったよぅ……」
「あれ、ゴーレムに見える?」
「見えないねぇ……一体何が、ダンジョンに起きてるんですかぁ……?」
私の質問に対し、麻衣ちゃんも強張ったように身構えました。それから、私達の研修を見守るという役割を捨て、自らも戦闘態勢を取ります。
高価そうな魔法杖を構え、バックアップの姿勢を取りました。
「可能ならば、生きたまま捉えますよぅ。無理でも……なるべく、肉体を傷つけないように」
「分かりましたっ」
麻衣ちゃんの言葉に、私は琴ちゃんウェポンを構えながら頷きました。現在は後方支援に徹するべく、杖モードのままです。
その間にも、イナリちゃんの全身は恐怖にぷるぷると震えています。
数多の死線をくぐり抜けてきたはずの、熟練の冒険者であるイナリちゃんが……です。
「な、何故じゃ」
それは、二足歩行の魔物でした。
「ありえん、ありえんじゃろ……」
それは、人型の魔物でした。
いいえ、人でした。
「世界に……ダンジョンに、何が起きておる……?」
それは、きっと。
……かつて、生きた人間の姿をしていました。
私達と対峙するボスモンスターとして、現れたその対象は、人間でした。
ですが、その皮膚は灰色にくすんでいます。生気を感じさせない肌の色が、この世ならざる存在であることを知らしめていました。
虚ろな、焦点の分からない濁った瞳が、この世ならざる存在であることを如実に表しています。
纏う外套は、黎明期の冒険者が着ていた鎧の類に酷似しています。
その鎧はずたずたに切り刻まれ、一部の傷は露出する肌に重なっています。おそらくは、防具を貫通する形で傷つけられたのでしょう。
右手に構えるのは、ダンジョンで邂逅するスケルトンがよく装備しているロングソードでした。
かつて、武器製造の技術が確立されていなかった時代においては、魔物が落とすドロップ品が武器として重宝されていました。
「……ォ……」
「……忌々しき魔族め」
先に異世界の記憶を取り戻したイナリちゃんは、そうぽつりと呟きました。
後方で見守っていた琴男も、顔をしかめながら吐き捨てるように言葉を発しました。
「……これが、冒険者のなれの果て、かよ。くそっ」
……なるほど。
イナリちゃんと、琴男の発言からおおよその情報が統合できました。
今現在。私達がボスモンスターとして対峙するのは、どうやら魔族のようです。
そして、魔族とは……かつて、ダンジョンの中で命を落とした冒険者なのでしょう。
命を落とした冒険者が、今……私達の前に、立ちはだかります。
過去が、私達に牙を向けました。
「……っ」
恵那斗は、対峙する魔族の姿に……大きく身震いしています。
まるで何かを恐れるように、後ろずさろうとして。そして、なんとか踏みとどまっていました。




