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第185話 白銀に輝くゴブリンの死骸

「ほっ」

「ギィッ――!?」


 イナリちゃんは”身体加速(素早さ)”をフルに生かした跳躍で、ゴブリンの横薙ぎを飛び越えました。まるで彼女の周囲だけ無重力になったかのように、レンガの壁を存分に駆使して翻弄します。

 ゴブリンはイナリちゃんの動きを捉えることが出来ず、キョロキョロと辺りを見渡していました。


 その間にもイナリちゃんは小柄な身体を駆使してぬるりと移動します。気付けば彼女は、狼狽えたまま突っ立っている他のゴブリンへと駆け出していました。

 彼女と入れ替わるように、私は低い姿勢から駆け出します。


「"琴ちゃんブースト”っ!」


 イナリちゃんの行方を追うのに夢中となっていたゴブリンは、私の接近に気付かなかったようです。

 白銀のオーラを纏って駆け抜ける私は、瞬く間にゴブリンとの距離を縮めました。


 いつもなら“アイテムボックス”を用いた一撃必殺——“琴ちゃんプレス”を行うところです。

 あれ? ミンチプレスだっけ……どっちでも良いか。


 ですが今回は新たに編み出した必殺技を駆使したいところなので。

 あえて、徒手で接近しました。


 え? 槍ですか?

 うん、ゴミです。

 あんなもん、“アイテムボックス”の肥やしにしました。


 あんな使いにくい武器を使うくらいならゴブリンダガーを使います。どうせ“魔素放出”を付与すればみんな同じです。


 という訳で、行きますよっ。

 と言っても原理は“琴ちゃんブースト”と同じです。高濃度の魔素を纏わせた一撃を、直接叩き込むだけです。


 せーのっ!


「“会心必中”っ!」

「ギッ——」

 

 白銀のオーラを纏わせた一撃が、大気を震わせます。

 強固なメタルスライムの鎧さえ貫く一撃が、ゴブリンの頭部をひしゃげさせました。


 言うなれば、巨大な鉄塊です。


 天地を貫く高濃度の魔素が、白銀のオーラとなって大気中に舞い散ります。

 穿つ一撃が、ゴブリンの頭部を消し飛ばしました。


 血肉が舞い散ります。

 手に付着した血液が、どろりと滴りました。


「……汚いなぁ」


 思わず顔をしかめながら、私はすぐに“アイテムボックス”を発動させました。ですが今回の用途は物質を取り出すことではありません。

 血液の付着した右手を、何の躊躇もなく。


「よっと」


 そのまま、”アイテムボックス”へと突っ込みました。

 今回利用するのは、”アイテムボックス”の格納機能。手に付着した汚れのみを、”アイテムボックス”に格納します。


 すぐに引き抜いた手からは、血液の1滴も残っていませんでした。

 私は軽く手を振るってから、改めて体勢を立て直します。


 ですが既に決着はついた状態でした。


「……っと。これで最後ね」

「あ、終わった?」

「ええ。この調子ならもう少し深い階層でも行けそうだわ」


 前線で大暴れしていた恵那斗が、最後に残ったゴブリンを蛇腹剣で叩き斬っていました。

 肉厚の刃が、石畳を叩きつける音が響きます。


 胴を真っ二つにされたゴブリンが、ずるりとその場に崩れ落ちました。


 それにイナリちゃんも対峙していたゴブリンの喉元を掻き切っていたようです。ちょこちょこと小走りで私の元へと戻ってきていました。


「のぅ、儂も終わったぞ」

「うん、ありがとうございます。イナリちゃん」

「これほどの敵であれば問題なく行けるのぅ。深い階層に潜って敵を倒す方が、結果的にレベリングも進みそうじゃの」


 イナリちゃんは無邪気に尻尾を揺らしています。

 まるで忠犬ですね。や、まあ狐は厳密に言えばイヌ科なのですが。


「……ですね」


 レベル上げと言えば、やはり複雑な胸中が滲んでしまいます。

 微かに残る不安はどうしても拭いきることは出来ませんね。


 ……ですが、1人じゃありません。


「……大丈夫。恵那斗が傍にいてくれるもん」


 恵那斗に歩み寄り、きゅっと恵那斗の手を握りました。彼は穏やかな笑みを崩すことなく、私の手を握り返してくれました。

 男性らしい、骨ばった逞しい手でした。


「任せて。私がそばにいるわよ」

「うん、信じてる」


 そう言ってくれるのは心強いですね。

 大丈夫です、私はもう一人で抱え込みません。


 そんなやりとりを遠目で眺めていたイナリちゃんは「うんうん」と嬉しそうに微笑んでいました。

 なんだか照れくさいので止めて欲しいです、あのっ。


「うむ。持ちつ持たれつ……良いの。良いのぅ……」

「イナリちゃん、オッサン臭いですよ……」

「なにせ64歳じゃからの。むふふ」


 ううっ、堂々と言われると私は何も言い返せません。


 イナリちゃんには敵いそうにないです。

 彼女はニコニコとした笑みを浮かべながら尻尾を揺らしていました。

 

「……のぅ」

 

 それからイナリちゃんは、ちらりと琴男へと視線を向けます。

 彼には今回、大人しくしてもらっています。


 雑魚狩りをやってもらうつもりでしたけど、こうもメタルスライムが少ないとなれば正直すっこんでくれる方が助かるので。

 

 お兄ちゃんには琴ちゃんの好きなように動いてもらいます。彼も何ひとつ文句を言わずに従ってくれるのが助かりますね。


「……」


 そんな琴男は、律義に周辺を警戒してくれていました。

 ですがイナリちゃんの視線を感じ取ったのでしょう。不思議そうにイナリちゃんへと視線を落とします。


「あ? なんだよイナリ」

「お前さんも、頼むぞ。こやつらの幸せを壊させぬようにな」

「はぁ……わかってるよ。そうならないように俺が居るんだろ」

「なら良い。儂らは”異世界の記憶”に囚われている身じゃ」


 イナリちゃんと琴男は、そう静かに言葉を交わしました。

 二人の表情はどこか神妙で、緊迫が滲んでいるようにも見えます。


 ……二人は、一体どのような会話を繰り広げたのでしょうね。


 イナリちゃんはのんびりと尻尾を揺らしてこそいますが、まるで隙の見えない雰囲気です。油断していると、吞まれてしまいそうな恐ろしい空気を感じます。

 

 うーん……。

 ……ただのレベリング作業だけで終わる、という話ではなさそうですね。

 もう割り切るしかないとは分かっていても、難しい話です。


 

 ちなみにこれらの話は一切麻衣ちゃんにはしていません。

 なので彼女は不思議そうに首をかしげていました。


「何かあったら私に報告してねぇ~……」


 と、蚊帳の外に追いやられているのを悟ったのでしょうか。そうぽつりと呟いています。


 うん、ごめん。

 でも……さすがに当事者にならないと理解できない話なので。


 なにか状況が変化したら言いますよ。うん。

 

 

 ----


「メタルスライム、出ましたねぇ……どうします? 手伝い、要りますか?」


 曲がり角から覗いた先には、長らく探し求めていたメタルスライムが居ました。

 麻衣ちゃんは一応と言った形で、魔法杖を構えながらそう提案してきます。


 この研修の最終目標の一つとして、円滑なチームワークの構築というものがあります。なので本来であれば麻衣ちゃんは参加しないのが妥当なんですけど……まあ、私達は連携という面では十分に成し遂げていると思うので。

 

 あと、今回は少しだけ試したいことがあるんですよね。

 私は静かに首を横に振った後、“アイテムボックス”から琴ちゃんウェポンを取り出しました。


「ううん、大丈夫。少し、試したいこともあるし」

「……またかぁ……」

「そんな嫌そうな顔しないで??」


 私、そんなに信用ありませんか?

 ないですか、そうですか……。


 ほら、心の中のメタトロンもこう言ってますよ。

 「一度やってみなければ始まらない。全ては神が許してくれる」って。



 ——あの。やめなさい、田中 琴。冤罪をなすりつけるのは、良くないですよ。本当に——。



 あーあー聞こえません。

 なんかレベルが上がったか分かりませんが、時々変な声が混じってくるようになりましたね。

 うるさいです。静かにしてください。



 ——そんな、ひどい……。



 いや、あの。

 ゲームのセリフですよね? そんなものを引っ張ってこないで下さいよ。

 どこで覚えたんですか。

 ……まあ、日本語という文化だって知っているみたいですし。どこかで情報を取り込んだのでしょうか。


 こほん。

 メタルスライムが逃げる前に、少しだけ実験したいんですよ私は。


 多分メタトロンの声だと思いますが、少しだけ静かにしていてください。

 天使たるもの、人類の救済的なポジションであるべきです。


 という訳でメタトロンの小言はガン無視します。

 琴ちゃんは好奇心で動いているんです。行動の妨げはやめてください。


 メタルスライムが感知する前に、さっさとやってしまいましょう。

 ダンジョン攻略を始める前に実験しましたよね。ゴブリンに“魔素放出”を付与して、白銀のオーラを纏わせる方法。


「……んぶふっ」

「なんか笑っておるわ……」


 駄目です。

 思い出しただけで面白いです。

 

 ゴブリンの死骸が急にぴかーって光り出すんですよ。

 ほら、頭頂部だけぴかーっと禿げ頭が光沢を帯びて。


「……んふふっ。ぶっ、あはっ……あははっ」

「なんか不気味だなこいつ。魔王よりも魔王してるだろ」

「お兄ちゃんは黙ってて……んふっ、は、ははっ」

「……もう好きにしろ……」


 琴男が横やりを入れてきましたが、私を止められないと悟ったのでしょう。大人しく引き下がってくれました。

 うんうん、大人の対応で偉いですよ。琴ちゃんポイントを付与しましょう。琴ちゃんポイントって何かって? 知りません。琴ちゃん独自の概念です。


 やー、思い出しても面白いですね。銀色に煌めくゴブリンの死骸。シュールです。


 個人的にはメタルスライムの粘液を塗りたくったゴブリンの死骸が一番ウケました。やっぱりこうやって色々遊べるのですから、ゴブリンという存在は飽きないんですよ。

 琴男は雑魚狩りのついでにゴブリンの死骸をちゃんと確保してくれているみたいですし、また後で沢山遊ぼうと思います。


 つまりですよ。

 ゴブリンをいくら使っても、琴ちゃんは問題ないんです。

 

 という訳で通路に躍り出て、メタルスライムが気づく前に琴ちゃんウェポンを構えます。今回は杖モードです。

 

「ふふっ、さあ。始めましょう。イナリちゃん、私が魔法を発動させたタイミングで飛び出してください」


 私がそう告げると、イナリちゃんは露骨に怪訝な顔をしました。


「お前さんは何をしようと……いや、良いわ。どうせ理解できん」

「んふふっ。まあ見ていてくださいよ」


 イナリちゃんは理解を諦めました。

 理解に時間を使うよりも、行動に移る方が早いと判断したのでしょう。腰に携えた小太刀を鞘から引き抜き、低く構えました。

 さすが熟練の冒険者、判断が早いです。


 さて。

 まさかこの技が有用に働く日が来るとは、夢にも思いませんでしたね。


 まずは琴ちゃんウェポンを触媒として、“アイテムボックス”を発動させます。

 すると眼前に、巨大な亜空間ともいうべき”アイテムボックス”が出現しました。


「……琴ちゃんや……お前さん、まさか……」

 

 あっ。

 イナリちゃんの表情が引きつりました。

 ですが私の暴走は止められないと悟っているのでしょう。大人しく戦闘態勢へと移行しました。懸命です。


 その間にも私は着実に準備を始めます。

 眼前に“アイテムボックス”を1つ。それを囲うように、格納機能を没収した“アイテムボックス”を4つ出現させます。

 “アイテムボックス”を使った、即席の大砲の完成です。


 出でよっ。

 琴ちゃん魔法シリーズ。


 今回は特別に、“琴ちゃんブースト”も付与しますよっ。スペシャルサービスですっ。


 テンションが上がったので、思い付きで適当な詠唱を付け加えてみます。

 そもそも無詠唱で発動できるのですが。こういうのは雰囲気とノリです。

 

「白銀に煌めけっ、わが眷属よ」

「……またバカやっておるわ」

「いっけぇーーーーっ!! シルバー・ゴブリンショットっっっっ!!!!」

「んぶっ」


 イナリちゃんが思わず吹き出してしまいました。

 笑わせることが出来たので私の勝ちです。


 ちなみに私の叫び声を聞き取ったメタルスライムが「ピィッ!?」と可愛らしい悲鳴を上げていました。

 

 うんうん、可愛いですね。

 じゃあくたばってください。


 そんなノリで“アイテムボックス”から射出されたゴブリンの死骸。

 ゴブリンの死骸は格納機能を奪った“アイテムボックス”によってミシミシと圧縮されていきます。

 

 ただそれだけで済ませないのが琴ちゃんです。


 

 昨日は、槍に“魔素放出”を付与しようとして上手くいきませんでした。

 これは“魔素放出”を動かして操作する、という手間が重なっていたからです。


 琴ちゃんは反省しました。

 そして改善案を出しました。


 魔素が自然に引っ付くように、手段を変えればいいんです。

 

 

 ゴブリンの死骸を圧縮する“アイテムボックス”からは、スライムの粘液を排出させます。


  スライムというのは、魔素によって己の粘液を操作するという生態を持ち合わせています。

 つまりですよ。

 魔素を貯蔵できるんです。


 なので、これが出来ます。


「おまけだよっ! スライムコーティングっっっっ!!」

「……なんでそんな無駄に全力を費やしているのよ」


 物陰から覗いていた恵那斗が、そうボソッと冷静に呟いていました。

 良いじゃないですかっ。琴ちゃんは無駄なことに全力ですよ。


 スライムの粘液を塗りたくることによって、“魔素放出”をきちんと纏わせることが出来るようになりました。

 最後に、射出される前に“琴ちゃんブースト”を付与することによって完成です。


 吹っ飛べぇ!!

 白銀に輝くゴブリンの死骸っっっ!!


 ……あ、さすがにとどめは刺しませんよ。

 イナリちゃんに経験値を分配しないとですから。



 亜音速で飛んでいく、白銀のオーラを纏うゴブリンの死骸。

 もうそれだけで面白いですね。シュールです。

 

 そんなゴブリンの死骸は、メタルスライムが逃げる間もなく着弾しました。

 

 「ピギュ……」


 可愛らしい悲鳴を上げながら、メタルスライムが吹き飛びます。

 めちゃめちゃにひしゃげたゴブリンの死骸はメタルスライムへと突き刺さり、その行動を抑制します。


 高濃度の魔素を付与した一撃によって、身体を維持できなくなったメタルスライム。

 どうやら高火力の一撃によって、身動きが取れなくなったようです。弱点である核を露出させながら、来る死を待つことしかできませんでした。


 その間にもイナリちゃんは小走りでメタルスライムへと駆け寄ります。

 小太刀を両手で握ったかと思うと、静かにイナリちゃんは言葉を紡ぎました。


「お主も災難よのぅ。琴ちゃんと関わったのが運の尽きじゃ……“魔素放出”」


 そう静かに唱えたかと思うと、高濃度の魔素を纏わせた刃を振り下ろしました。

 もはや防御さえ出来ずに、メタルスライムの核は瞬く間に破壊されます。


「ピ……」


 か細い悲鳴を上げながら、ついにメタルスライムは絶命しました。

 やったね。


 これで恐らく、イナリちゃんに大量の経験値が入ったと思います。

 彼女は「……ふぅ」と天を仰ぎながら、大きくため息を吐いていました。



 ……にしても、なんだか失礼なことを言われたような気がします。

 なんですか。

 「琴ちゃんと関わったのが運の尽き」って。普通に失礼じゃないですか??


 皆して琴ちゃんを何だと思っているんですか。

 おら答えろメタトロン。



 ——貴方の行動は、全て観測しています。貴方は、魔王の次に、恐ろしい人物です。



 おい。

 おいこら。

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― 新着の感想 ―
>貴方の行動は、全て観測しています。貴方は、魔王の次に、恐ろしい人物です。 >おい。 >おいこら。 メ(おいコラじゃねーよ、この倫理観ブッ飛ばしたマッドサイエンティストが)
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