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第178話 魔素放出

「ひとまず、皆さんが攻撃しやすい位置に配置し直しますねぇ」


 麻衣ちゃんはそう宣言した後、メタルスライムを持ち上げて空中で手放しました。

 自然落下するはずのそれですが、すかさず麻衣ちゃんは“時間魔法”を発動。青い光に包まれたそれが、今度は自然落下速度を0にしてしまいました。


 相も変わらず恐ろしい魔法です。

 ……にしても、魔法使い研修の時から思っていましたが。麻衣ちゃんの“時間魔法”って結構講習にも役立つんですね。新視点です。


 そんな空中に停滞したメタルスライムの前に、まずはイナリちゃんが歩み寄りました。


「まずは儂が試しに斬らせてもらっても良いかの?」

「あっ、いいですよぅ」

「うむ。助かる」


 麻衣ちゃんの許可を得たイナリちゃんは、静かに帯で固定した鞘から小太刀を引き抜きました。きらりと銀色に刃が輝きます。

 イナリちゃんは自然体を“作って”立ったかと思うと、軽く前傾姿勢を取りました。


 やはり自然体を意図的に作れるのがイナリちゃんの強みですね。

 力みもせず、緩みもせず。

 そうした普通に立っているだけの姿を作り出せるのが、イナリちゃんという冒険者の恐ろしさです。


 さすが熟練の冒険者。


 彼女は前傾姿勢から踏み込んだかと思うと、軽快なステップを刻みながら空中で停滞するメタルゴブリンへと駆け寄ります。

 その踏み込みに合わせて、小太刀を素早く振り抜きました。


「散れっ」


 ……と、静かに呟きながら描いた刃の軌跡。

 しかし空中に刻まれた銀色の曲線は、メタルスライムに直撃した瞬間に停滞しました。


 鈍い刃の音だけが、ダンジョン内に反響しました。

 メタルスライムには、傷ひとつ刻まれていません。


 イナリちゃんは「ぬぅ……」と不服そうに口を尖らせながら、静かに小太刀を鞘に戻します。

 攻撃の際に衝撃が伝導したようで、不快そうに右手をブンブンと振っていました。ふざけている子供に見えないこともありません。


 それから、救いを求めるように恵那斗に視線を向けました。


「恵那斗君や、お主も斬ってみぃ。この中で物理攻撃が最も高いのはお前さんじゃぞ」

「……分かったわよ」


 出番を促された恵那斗は、腰に手を当てながら渋々と言わんばかりに前に出ました。

 それから、腰に携えていた蛇腹剣を鞘から引き抜きます。肉厚の刃がギラリと光ります。


 スマートな雰囲気こそ放っていますが、攻撃力で言えばダントツで恵那斗が高いですね。女性時代は、レイピアを主流としたスマートな戦術を好んでいたんですけど。

 “男性化の呪い”に掛かってからは、どちらかというと豪快な戦闘スタンスになりました。

 恵那斗は肉厚の蛇腹剣を静かに構えた後、低く体勢を構えました。


 それから大地を蹴り上げます。


「せあっ!!」


 低く吠えると同時に振り抜かれた刃。響く重撃はメタルスライムに直撃しました。


 こうしてサンドバッグにされるメタルスライムには涙が止まりませんね。泣き笑いですが。

 その防御力が仇となりました。皆でレッツサンドバッグです。


 しかし、やはりというか恵那斗の攻撃もメタルスライムには届きません。

 これだけ叩かれても傷ひとつ付かないとは、メタルの名を冠するだけはありますね。


 ですが恵那斗にしては珍しく、そこで引き下がりませんでした。

 

「……もう少しだけ、叩いてもいいかしら」

「えっ?あっ、だ、大丈夫ですよ」


 恵那斗の口からまさかそのような言葉が発せられるとは思わなかったのでしょう。麻衣ちゃんはぎょっとした表情で目を丸くしながらもこくこくと頷きました。赤べこみたい。


 はて、恵那斗も男としてのプライドを覚えたのでしょうか?

 蛇腹剣を再び構え直したかと思うと、静かに深呼吸をしました。

 

 少しだけ蛇腹剣に備わった本来の機能を発揮するようです。


「……“魔素放出”」


 そう静かに詠唱したかと思うと、恵那斗の持つ蛇腹剣へと魔素が巡っていきます。蛇腹剣に内蔵されたワイヤーへと伝達する魔素が、恵那斗の意思に呼応するように静かに伸びていきます。

 やがて蛇腹剣は本来の姿を顕現するように、鞭の姿へと変貌しました。


 ……そう言えば、琴ちゃんウェポンに隠れていますが恵那斗の蛇腹剣というのも、2つの要素を持った武器ですよね。あまりにも馴染んでいたので、当たり前のことを忘れてました。

 鞭モードへと変化させた蛇腹剣を、恵那斗は静かに振るいます。


「はっ!」


 魔素が巡った蛇腹剣は、大きく唸りを上げながら空中に停滞するメタルスライムへと襲い掛かります。

 螺旋の如き一撃は、勢いよくメタルスライムへと直撃。


 魔素が駆け巡ったそのインパクトは——。


「……通った!?」


 思わずびっくりして、声を上げちゃいました。

 ——メタルスライムの金属製の粘液を、大きく弾き飛ばしました。

 地面に飛び散った金属製の粘液は、硬い音を立てながら転がっていきます。かと思えば、時間を置いてから静かに液状に変化しました。

 なんというか、ダイラタンシー現象みたいなことが起きていますね。衝撃を与えた時だけ硬化しているのでしょうか?


 麻衣ちゃんは飛び散ったメタルスライムの粘液をさっさと回収していました。


「ちょっと待ってくださいねぇ。メタルスライムの素材はちゃんと回収しろって言われていますので……」

「ええ、大丈夫よ」


 恵那斗は蛇腹剣を元に戻しながら、鞘へと納刀しました。

 どうやら彼の反応からして、ある程度メタルスライムに対する知識があるのかもしれないです。

 

 知っててそれを言わなかったんですか? ずるいです。ぶーっ。

 

 麻衣ちゃんは地面に転がったメタルスライムの粘液へと、静かに手をかざしました。


「まずは、これを見てもらいましょうかねぇ。“魔素放出”」

「ん?」


 麻衣ちゃんは静かに“魔素放出”を発動させました。

 基本的には“ただ高濃度の魔素を大気中に垂れ流すだけの魔法”です。一般的にはボスモンスター部屋を開けるのに使われるだけの、通称“扉魔法”ですね。

 

 

 本来“魔素放出”というのは、ほとんど戦闘時に使われることのない魔法です。


 私は“魔素放出”を応用させて自身の身体能力を大幅に向上させる、通称“琴ちゃんブースト”を会得しています。

 ですがこんなことするくらいなら、普通に“身体強化”を使った方が効率は良いので……まあ、自己満足の応用魔法ですね。

 琴ちゃんウェポンのおかげで価値が生まれているだけです。そういえば“琴ちゃんスラッシュ”あんまり使ってないな。

 

 恵那斗の蛇腹剣にも使用こそされていますが、一般的な業務においてはさほど多用することのない魔法です。“魔素放出”というのは。


 

 麻衣ちゃんが放った高濃度の魔素が、メタルスライムの粘膜へと接触した瞬間。不思議な現象が起きました。

 

 「えっ、形が変わった?」


 高濃度の魔素に曝露した瞬間、メタルスライムの粘膜は急速に形状が変化しました。

 液体からぶよぶよのジェルみたいな形へと移行します。


 雫のように固まっていたメタルスライムの粘液は、麻衣ちゃんの“魔素放出”に呼応するように形状を変えていきました。

 

 やがて出来上がったのは、ひとつの鉄板でした。

 

 まるで薄い鉄板のようになったそれを拾い上げた麻衣ちゃんは、立ち上がってこちらへ振り返ります。


「メタルスライムの粘膜というのはですねぇ、魔素を通す性質があります。一般的には“魔素伝導体”って言うんですけど」

「ふむ」

「元々は液体なんですけどねぇ、魔素を通すことによって形状が変化するんですよぅ。ほら、こんな風に」

「ほうほう……!」


 魔素伝導体! なんだか知的な単語です。


 麻衣ちゃんがちょっと関心深い話をしてきました。

 それと同時に、見せつけるように板状になったメタルスライムの粘液をひらひらと揺らします。まるで鉄板のようですね。


 好奇心が湧きたちました。面白いですね、魔物の性質というのは!


「それ貸してっ」

「やっぱり琴ちゃんは興味もつかぁ……どうぞ」

「ありがとー! あ、恵那斗槍持っておいて」

 

 面白そうだったので、麻衣ちゃんから元メタルスライムの粘液だった鉄板を受取りました。

 さすがに片手で色々といじくるのは無理なので、恵那斗に槍は持ってもらいました。普通に槍は邪魔です。

 

 うんうん、確かに普通に視ている限りはただの鉄板ですね。叩いてみても、金属製の硬い音しか響きません。

 

 ひとまず、私も高濃度の魔素を曝露させてみます。

 無詠唱でも“魔素放出”は使えるんですけどね。私1人だけ納得しても皆を置いて行っちゃうだけなので。


「“魔素放出”流しまーす」

「工事現場みたいな言い方だったわね」


 恵那斗がさらっとツッコミを入れてきました。違いますよ?

 出来るだけ魔素の濃度を低くした状態で、メタルスライムの粘液に曝露させてみます。


「おっ、変わった!」

 

 すると、鉄板状だった粘液がゆっくりと形状を変化させていきました。

 溶けるように形が変化していくものですから、すかさず右掌を受け皿としてメタルスライムの粘液を受け止めます。滴る粘液は、私の掌に収まりました。

 

 

 粘性を帯びたそれは、微かに手にへばりつきますね。いつぞやのローションを思い出します。

 

 恵那斗が1つ確保しようとしたアレです。私が何も考えずに成人ショップで大量に購入したアレです。……さすがに琴ちゃんも学習しましたよ? うん。

 ほどほどにしとかないと、恵那斗の情緒が壊れてしまうので……ある程度勉強はしました。しちゃいました。


 「なんで私は真顔で大人な動画を見ているんだろ」って思いながら見ました。恵那斗は顔を真っ赤にして逃げちゃいました。




 そんな形状変化を来たしたメタルスライムの粘液。


「ほら、形が変わりましたよねぇ」


 一連の変化を確認した麻衣ちゃんは私の前に歩み寄りました。

 それから、彼女も同様に左手をかざします。右手は杖を持っているので。


「琴ちゃんはそのまま魔素を流し続けててね?」

「ん? うんっ」

「“魔素放出”」


 麻衣ちゃんがそう唱えた瞬間です。


「ぬ? また形が変わり始めたかのぅ?」


 イナリちゃんは興味深そうに、私の掌を覗き込んできました。

 ですが身長が足りないのでぴょこっと背伸びしています。最終的に恵那斗に抱っこしてもらってましたが。


 突如として、液状だったメタルスライムの粘液が不規則に揺らぎ始めました。

 硬化したかと思うと、再び液状に変化。次から次へと忙しなく形状が変わっていきます。

 

「……不思議な現象もあるものね。花宮さん、解説を頼めるかしら」

「分かりましたぁ」


 恵那斗の言葉に頷いた麻衣ちゃんは一つ頷き、それから左手を離しました。

 手を遠ざけて“魔素放出”を止めた瞬間、メタルスライムの粘液は再びどろりと帯びた粘稠性の高い液体に変化しました。

 私も同様に“魔素放出”を止めたので、硬化も止まりましたね。液体になり掛けたので、慌てて魔素をもう一度垂れ流しましたが。

 

 その不思議な現象の正体を知りたいので、私達一同は麻衣ちゃんからの解説を待ちます。

 呪い三人衆の視線を受取った麻衣ちゃんは苦笑を漏らしながら、先ほどの不規則に形状を変えた粘液に関する説明を始めました。


「さっきのはですね、琴ちゃんの放った魔素と、私の放った魔素が拮抗してたんですよぅ」

「……おおっ」

「魔素同士が拮抗することで、形状が不安定になるんです。そうすることで、攻撃が届くようになるんですねぇ。メタルスライムというのも、魔素を放つ魔物ですので」

「おおーーーー!!!!」


 なんだか面白いメカニズムをしていますね!

 

 そう言えばスライム系統の本体は核から放出される、バイオフィルムを操作する生体を持っていましたね!

 身体を操作する機能だって“魔素放出”の原理を応用したものです。魔素によって身体から放ったバイオフィルムを操作し、動き回ることができるんです。

 なるほど、これは興味深い話です。

 


 一旦ややこしいので要約しましょう。

 メタルスライムから染み出すジェルは、魔素に接触することで形が変わる。

 ジェルの形状変化は、操作者が行うことが出来る。

 しかし、他者が魔素を接触させることによって、互いが放った魔素同士が拮抗。

 その結果、形状変化をコントロールすることが不可能となり、隙が生まれる。


 ということですね。


 

 そして恵那斗の“魔素放出”を用いた蛇腹剣の一撃が通った原理だって、おおよそ理解できました。

 魔素を纏った蛇腹剣が、メタルスライムの粘液に接触。一時的に権限を奪ったことによって、形状が崩れたのでしょう。その隙に斬撃が通過したことによって、削り取ることが出来たんでしょうね。


 

 ……そう言えば、まだメタルスライム自体は生存していますね。

 解説中もしれっと空中にメタルスライムが留まったままです。まだ粘液の一部分を砕いたに過ぎません。

 なので、もう少し実験には使えるんですよ。


 先ほどの原理について説明を受けて、少しだけ推測が湧きました。


「麻衣ちゃん」

「ん?」

「ということは、メタルスライムが放つ魔素量と、私が放つ魔素量を完全に一致させることが出来れば……この粘液は、形状変化の機能を失うってこと?」

「まあ、理論上はですけどねぇ」


 ……なるほど。

 “魔素放出”というのはまだまだ開拓の余地があるということですね!

 攻撃力の高い冒険者であれば“魔素放出”を使わなくても、頑丈な装甲をぶち抜けるのでしょう。


 ですが生憎、私達は攻撃力のない貧弱な呪い三人衆です。

 特に女性(?)陣。


 任せてください。

 ここには天才冒険者、田中 琴がいます。


 私の推測が正しければできるはずですよ。

 会心の一撃が!!

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 ふむふむ…つまりいい感じに二種の「魔素注入~!」すれば、メタルスライムからは○れメタルに変化(?)させられる訳ですか。で、その二種を同一化→変化した形を固定可能…と。 これを確立…
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