第176話 新しいフォルダー(6)
そんな雑談を繰り広げていた時でした。
「ギッ」「ギィ」
「おっ♪」
分岐路の影から、2体のゴブリンが現れてくれました。
緑色の皮膚。枝のような手足に、でっぷりと水を吸ったように膨らんだ腹。
局部を隠すように巻いた腰蓑。そのいずれの特徴すらも愛らしいです。よく見ると、身長が高かったり低かったり、個体差があるんですよ。今回のゴブリンは他の個体と比較すると、やや不細工よりです。
ちょうどメタルスライムに逃げられてストレスが溜まっていたんですよ。ついでに"琴ちゃん魔法"の新規開拓に付き合ってくれると助かります。
今は"琴ちゃんブラックホール"を考えているので、実用可能かどうか試したいんですよ。
と思っていましたが、空気の読めない人物が割り込んできました。
「今はレベリングに専念しろ」
「ギィッ!?」「ギァ」
琴男が颯爽と飛び出したかと思うと、両腕を伸ばしてそれぞれのゴブリンの顔面を鷲掴みしました。高く跳躍した彼は、空中で大きくゴブリンをぶん回したかと思うと、遠心力の勢いに任せてそのまま分岐路の奥へと放り投げました。
すたりと着地した琴男は、小走りでゴブリンを投擲した方向へと視線を向けました。
着地した姿勢のまま、私達に言伝します。
「お前らがスムーズにレベリングできるように、雑魚は全部狩ってくるわ」
そう言い残して、私達の視界から瞬く間に消えていきました。琴男だけ別行動を取るようですね。
彼の後ろ姿を見送ったイナリちゃんは「まあ、琴男君なら大丈夫じゃろ」と満足げに頷いていました。
私としては一切大丈夫じゃないです。
おもちゃを持って行かれた気分です。琴ちゃんは楽しくありません。
琴ちゃん魔法シリーズの実験台が……。
琴男の後ろ姿を共に見送った恵那斗は、ぽつりと。
「琴……”おっ”じゃないわよ」
「……う」
「なんでゴブリンを見て嬉しそうにしてたのよ……」
と、いつもの如くため息を付かれました。
うう、良いじゃないですか。丁度良い息抜きですよ。
ぶーっ。
まあ、それはそれですね。
今回は“炎弾”をぶっ放せないので、ほとんど魔法杖はあってないようなものです。高火力ぶっぱしか出来ないので。
という訳で、ひとまずは琴ちゃんウェポンを片付けてしまいましょう。ないないします。
「一旦戻しておくかー」
「そんな気軽に出す魔法でもないのだけれど……」
恵那斗が今更なツッコミをしてきました。
”アイテムボックス”を発動させ、琴ちゃんウェポンを格納します。この武器だけはさすがにお金がかかっているので、別枠に格納しました。
新しいフォルダー(6)くらいだと思います。この辺りから管理が適当になってくる数字ですね。
何か使えそうな武器はないでしょうか。さすがにギルドから無料支給されたロングソードを使うのは気が引けます。折ってまたパパからゲンコツは食らいたくないです。
最低限、リーチがあって軽量なら何でもいいです。
とりあえず、”アイテムボックス”から取り出したものを雑に地面に放り投げてみます。
がしゃん、という物音と共にこれまでのドロップ品が雑に転がりました。
手当り次第に、武器を地面に投げていきます。
あっという間にゴミの山が出来上がりました。
「どこぞの猫型ロボットみたいじゃ……」
とイナリちゃんがボソッと呟いていましたが。違いますよ?
大体ゴブリンからのドロップ品が多いですね。ゴブリンダガーだけで100本くらいあると思います。なにか実験に使えそうと思って置いてます。
切れ味はナマクラです。ぶっちゃけゴミです。野菜すらろくに切れません。
こういうドロップ品って創作だと優秀な代物扱いされることが多いと思うんですけど。違うんですか??
うーん。メタルスライムって、スライムという名目なだけあって短剣だとやりづらいですね。
リーチのある得物を選択することにしましょう。
という訳で、今回の研修に合いそうに見える武器を選びました。
使ったこと無いんですけど、ちょうど良い機会ですし。試しに使ってみましょう。
「これで良いかな」
「ふむ、槍とな。良いのではなかろうか」
そうです。
槍です。
イナリちゃんは興味津々に私が選んだ武器を見つめています。
もはやどの魔物から手に入れたかさえ記憶にありませんが、”アイテムボックス”の中に入っていた槍を手に取りました。
長さにしておおよそ1.5m。槍としては短い分類に入りますね。
柄は木製の素材で出来ています。柄を持つ手が滑らないように、包帯でぐるぐる巻きにされています。
その先端には鋭利な穂先が付いており、刺突に適した形状となっています。
過去の私がどう思ったかは分かりませんが、穂先を保護するように革で作られた簡素なカバーで覆っていました。うっかり穂先を触って怪我することの無いようにしていた過去の私、グッジョブです。
という訳で槍以外の武器を”アイテムボックス”へと直し、戦闘態勢を整えました。吸引力の変わらないただ1つの魔法です。
うっかり皆にぶつけちゃったら駄目なので、槍は天井に向けて歩きます。
私の身長と槍の長さがほとんど同じなので、まあ変な感じはしますね。
そうしてしばらく歩いていると、遠くに再びメタルスライムが見えました。
「ピィ……ピィ」
「……いますね」
メタルスライムはどうやら、私達の姿を認識できていないようです。また逃げられると駄目なので、私達は物陰に隠れました。
琴男がメタルスライム以外の敵を倒してくれているはずとは言え、慎重さは大切にします。一応ね?
物陰から状況を確認していますが、メタルスライムは戦闘態勢を取ることもなくゆっくりと動き回っています。
麻衣ちゃんはそんな私に静かに耳打ちしてきました。
「……琴ちゃん、メタルスライムなんだけどね。ただ“探知遮断”を使うだけだと意味が……」
麻衣ちゃんはアドバイスしてくれようとしましたが、私はそれを遮りました。
ひとまずは自分のやり方が通用するか、確認したいんですよ。
「ちょっと待って。1回好きにやらせて?」
「……まあ、良いけど……駄目そうだったら時間止めるからね」
麻衣ちゃんはさらっと恐ろしいことを言いながら、静かに距離を取りました。
「時間止める」なんて、選択肢の一つとして出していい単語じゃないんですよ。普通ならものすごい強敵が使う魔法の代表例です。
そんな中ですが。
恵那斗もイナリちゃんも、私が納得するまで行動を許してくれるようです。
こういうのは、失敗経験から積まないといけないんですよ。なにごとも成功だけ積み重ねればいいというものではありません。
成功というのは、失敗に混ざった内の1欠片です。
自分の目で感じて、肌で実感して。経験を積んでいくしか無いんですよ。
穂先を垂らし、私は静かに唱えます。
なんだか久しぶりな気がしますね。
「“探知遮断”」
そう静かに詠唱すると、私の全身から漏れ出していた微かな魔素が抑え込まれました。
スライムというのは従来、視界というものを持ちません。嗅覚と聴覚、そして魔素の流れを探知することによって活動する生き物です。
ですがそんな嗅覚も聴覚も、露骨に目立つことが無かったらバレません。
……つまり、大声で「私の経験値になれー!」と叫んだ私の行動は原則NGという訳です。えへへ。
誰が論外ですか(逆ギレ)
それから、静かにすり足でメタルスライムへと近づきます。
5m。
4m。
3m。
この時点で、槍に持つ手に力がこもりました。
緊張しますね。ドキドキしますね。
鼓動が跳ねるような感覚です。
2m。
1m。
ここで私は深く重心を落とし、槍の穂先をメタルスライム目掛けて構えました。
行くぜっ、これが私の刺突だっ!!
「たっ!」
「ピィッ!?」
掛け声とともに放つ一筋の刃!
鋭く解き放たれた光の如き一閃は、メタルスライムの胴目掛けて——。
「かったぁ!?!?」
「ピィッ……!」
——直撃したは良いものの、まるでダメージを与えられませんでした。
まるで硬い壁目掛けて突きを放ったみたいです。
反動が私の方に戻って来て、手がビリビリと痺れます。
思わず食らったダメージに、ロクに反応できませんでした。
その隙に、メタルスライムは「ピィッ」ともう一度鳴きました。
次の瞬間には、私達の視界からメタルスライムは姿を消してしまいました。
メタルスライムは にげだした!▼
……。
再び、静寂が訪れました。
ちょっとだけ虚しかったです。
「……琴ちゃん」
「麻衣ちゃん……」
「まあ、おおよそ結果は見えてたよ?」
「せめて慰めて欲しいなあ!?」
麻衣ちゃんは相も変わらず容赦ないです。
しかし、メタルスライムに攻撃通せる気がしないんですけど。
これ、経験値稼げるんですか? 大丈夫ですか?




