表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/199

第174話 男同士

「ギルドから持ってきて貰った装備は、ちゃんとダンジョン前の更衣室において貰ってますからねぇ」


 いつもの間延びした口調で、麻衣ちゃんはそう教えてくれました。


 研修会場であるダンジョンにおける入口、更衣室前には大雑把に纏められた荷物が置かれているのが見えました。

 そこには私達が普段ダンジョンを攻略する際に用いている装備が並べられています。


 私のワンピースとか衣類に関しては、紙袋に入れられていますね。

 また、琴ちゃんウェポンはギルドから特別に装備ケースを用意され、しまわれていました。

 大体ギターケース位のサイズです。


 一応、それぞれの装備品には名前のタグが付けられていますね。

 私達の装備って結構特徴的ではありますが。

 荷物の混合を避ける為にタグを付けた……という感じでしょう。絶対にこの人の装備!とか向こうからすれば確信を持てないですし。

 仕込み杖をメイン武器として使ってる冒険者なんて私くらいのものです。


 にしても、よくこんな山奥まで荷物を持って来てくれましたね。

 

 私とか”アイテムボックス”をほとんどMPも使わずに発動させられるんですから。皆の荷物を私が纏めて運ぶことが出来たと言えば出来たんですけどね。

 まあ……”アイテムボックス”の中身がお察しなので。

 

 「ゴミ溜めの中に儂の武器を入れたくないわい」というイナリちゃんからのクレームもあって、ギルドにお任せすることとなった……という裏話があります。

 そんなゴミ溜めの中からイナリちゃんが選んだ武器というのは言っちゃダメですかね。


 まあ、茶々入れになりそうなので黙っておきます。


「じゃあ、装備を整えてから合流しよっか」

「ええ。じゃあ、また後でね」

「うんっ」


 自分の装備を確認した後、入り口前に置かれていた台車の籠の中にそれらを入れました。結構、持ち歩くと嵩張っちゃうので。特に武器とか。

 その後キャスターの軋む音を響かせながら、私とイナリちゃんは女性用の更衣室へと移動します。


 ちらりと視線を送れば、恵那斗とお兄ちゃんが男子更衣室に姿を消すのが見えました。

 なんだか不思議な図ですね。彼氏と元私が並んで歩くの。



 ☆



 一応、頭では理解しているわ。

 ただ納得となると、別の話にはなる。


 田中 琴男は“女性化の呪い”によって、田中 琴になった。その原理は田中 琴男の魂がメタトロンの身体へと乗り移ったことによるものだ。

 その際に抜け殻となったはずの、琴男の肉体は魔王によって再利用。

 身体に記憶が残っていたことから、結果として同一の記憶を持った存在が増えたということなのだろう。

 

 そうして生まれた存在が今、私の隣に立っている。


 ……なんで?


 田中 琴男。

 彼は、かつての夫であった。

 だが、今となっては、まるで別人だ。


 少なくとも、琴よりかは落ち着いた人格に見える。

 感情をさらけ出してはっちゃける琴とは、まるで同じ人物には見えない。

 あの子はずっと感情を抑圧していた反動でああなっているのだと信じたい。うん。


 私も、彼との距離感を測りかねている。

 

「琴男」

「ん?」

「……いや、何でもないわ」

「そか」


 何か話しかけて、場の空気でも取り繕おうかと思ったものの、結果として何も思いつかなかった。


 無言の空気を誤魔化すように、紙袋の中からダンジョン仕様に加工された衣服を取り出す。

 落ち着いた色合いのジャケットと、伸縮に優れたジーンズが紙袋の中から姿を現した。


 例えダンジョン攻略とは言え、それなりにオシャレには気を遣っている。


 やはり、洒落た装備というのはモチベーションも大幅に向上させるからだ。

 琴は随分と疎かにしていたが、こういった身だしなみを整えるのも仕事を円滑に行う上で大切なことだと考えている。


「うん、これで良いわね」


 脱いだ衣服はそのままハンガーにかけて、ロッカーの中に立てかけた。

 

 それから、愛用している蛇腹剣を腰に携える。

 最後に専用のベルトで鞘を固定することにより、ひとまずのダンジョン攻略前の準備を終えた。

 

 空いた時間で軽いストレッチを行いつつ、ちらりと琴男の方へと視線を見やる。

 すると、彼は既に身支度を終えていた。

 

「……早いわね」

「まあ、鎧を着こむだけだからな」

 

 はっきり言って、琴男の装備は大雑把なものだった。

 

 防具はギルドから無料支給されている革の鎧を、雑にパーカーの上から重ねているだけだ。

 もちろん……というべきなのだろうか。パーカーはダンジョン仕様のものではなく、市販のものだ。つまり、安っぽい衣服である。

 ……皮の鎧はエプロンじゃないんだけど。

 

 ギルド支給の皮の鎧には専用の鞘を固定する用のベルトが備わっており、そこにロングソードをぶら下げていた。

 そのロングソードには、見覚えがある。


「王者の剣ね、それ」

「ん? ああ、魔物からのドロップ品ならこれが一番強いからな」


 キングゴブリンからのドロップ装備である、王者の剣だ。攻撃力で言えば、無料支給のロングソードとそう大差はない。


 無料支給のロングソードと言うと……琴が何本も折っているという事実が脳裏を過ぎり、ついげんなりしてしまうが。



 私の指摘に対し、琴男は見せつけるように鞘を揺らした。金色に輝く鞘は更衣室内を照らす蛍光灯によって、キラリと光る。

 それから、どこか照れくさそうに琴男は苦笑を漏らす。


「つーかよ。なんだか気恥ずかしいな」

「気恥ずかしい?」


 私がそう言葉を反芻すると、琴男は「や」と頬を掻いてから言葉を続けた。


「昔から恵那斗とさ、会話避けてたんだ。俺」

「知ってるわよ。あの日までまともに顔合わせしたこと無かったもの」

「だよな」


 あの日とは、つまり“女性化の呪い”に掛かった日のことだ。

 私達にとってのターニングポイントは、紛れもなく“女性化の呪い”だったから。

 

「……すまん」

 

 申し訳なさそうに言葉を紡ぐ琴男だったが、その贖罪の言葉を発している時でさえ、ろくに私の顔を見ようともしない。

 なんだか、それがもどかしく、とても腹立たしく感じた。


 きっと、負い目を感じているのだろう。

 長年の結婚生活の中で、全くと言っていいほど私と向き合う機会を設けなかったから。

 私もそんな生活に辟易とし、一度だけ離婚届を市役所から受け取ったことだってある。結果的に離婚こそしなかったが、それほどまでに溝は大きかった。

 

 琴と円満な関係性を築くことが出来たのは奇跡に近いのだ。


 ただ、かつて惚れたのは目の前にいる琴男だ。

 今となっては、彼に対して特別な感情を抱くことはない。


 だが、思うところはある。


 私だって“男性化の呪い”に掛かってから、かなりの時間を男性として過ごした。

 外見からすれば比較的近い年齢に当たる、新人冒険者の園部君とは時々ご飯を食べに行ったりだってする。これでも、男性としての生き方は学んできたつもりだ。


 今更、理屈でどうこうする必要はないだろう。


 ならば、私は田中 恵那斗という一人の男性として向き合うのみだ。

 私は小さく深呼吸して、思考を切り替える。

 

「……なあ、琴男」


 あえて、低い声を作って琴男に話しかける。

 琴男は少し時間を置いてから、困惑したように辺りを見渡した。少し時間を置いてから、私を視線を交えた。


「……ん?ん?」

  

 心の隙が見えたところに付け込んで、私は更に深く切り込む。


「またさ、飯でも食いに行こう。俺さ、琴男と一度、面と向かって話がしたかったんだよ」

「は?恵那斗だよな、お前?」


 あえて男性モードに口調を切り替えるや否や、琴男は困惑したように目をぱちくりとさせた。

 今になって思い返せば、久々に再会した時の琴も、この男性口調に混乱していたものだ。

 あまりにも分かりやすいというかなんというか。


 その腑抜けた顔があまりにも面白かったので、つい笑みが零れた。

 同時に琴男との距離感は、これが適切なのだと感じた。


 琴男には、そもそも対等な男友達さえいなかったのだから。


「ああ、琴男の知る田中 恵那斗だよ」

「……やめろ、頭がバグる。同一人物に見えねえ」

「ははっ。それなら演じた甲斐があるってものさ」

「……ああー……ちょっと待て。混乱させるのはやめろ、マジでお前……」


 引きつった笑みを浮かべた琴男は、ついに顔を抑えて現実逃避を始めてしまった。

 そんな彼の肩を、優しくポンと叩く。


「ほら、琴が待ってる。行くぞ、琴男」

「っ……なんでお前が仕切ってるんだ、ああー……くそっ」


 私がダンジョンの入り口に向かおうとするや否や、琴男は悪態を吐きつつも小走りで付いてきた。

 ぶつぶつと「これが恵那……んん?」とぼやいていたが、あえて反応はしない。


 思考に時間を取られるのは、やはり琴と同じらしい。


 ☆


「琴、お待たせ。待ったかしら」

「ううん、大丈夫だよ……あれ? お兄ちゃん、どうしたの?」


 私がダンジョンに顔を出すのとほぼ同タイミングで、恵那斗が姿を現しました。

 ちなみにイナリちゃんと麻衣ちゃんは、私から離れたところで談笑しています。私が男子更衣室に近い場所で待機していただけです。

 

 ですが彼の後ろについて歩く、琴男が神妙な表情を浮かべています。


 何か言いたそうに口を動かしては、首を横に振っています。明らかに様子がおかしいです。

 更衣室で何があったのでしょう。


「恵那斗ぉー……お兄ちゃん、どうしたの?」

「ん?」


 私の問いかけに、恵那斗は穏やかな笑みを浮かべてこっちを見てきました。相も変わらず爽やかフェイスです。少女漫画に出てきそうなイケメンです。

 あれ、聞こえていなかったのでしょうか。


「お兄ちゃんは、どうしたの?」

「ん?」

「……ごめんなんでもない」


 あっ。

 これ聞いちゃいけないパターンですね。

 

 私の質問に若干被せるように言葉が返ってきたので、琴ちゃんは黙ることに決めました。


 琴男は「男……男?」とかよく分からない言葉を繰り返していましたが。

 男同士、何か積もる話でもあったのでしょう。誰が男で誰が女か分かりませんが。

 

 まあぎくしゃくするよりかは良いです。2人とも仲良くしてくださいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 うむ。 色々考えて連想して答えにたどり着くタイプには、答えが分からない(又は答えが無い)話で頭をグルグルさせるのが特効よな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ