第173話 名探偵琴ちゃん
「まあ……本来なら、ゴブリンとかスライムみたいな魔物を倒す方法についてもレクチャーするところなんだけど……要る?」
「え、要らない」
「だよねぇ」
便宜上、と言ったところでしょうか。麻衣ちゃんがそう確認してきました。
ですけど私達の実力は知っていますもんね。見た目こそ未成年の集団ですけど、中身を考えるとベテランの冒険者各位です。
大人しかいないんですけどね。何でしょうかこの空間。
せっかく琴男から面白そうな話を聞いたところですもん。早いところレベルを上げて、“異世界の産物”であるこの身体に適応していかないとですよ。レベルを上げることによって、この身体の素質を見出すことができるというのならやらないという手はありません。
いわゆる修行編みたいな感じなんですかね! んふふ。ロマンがあります。
さて、こういうところで雑談ばかりしていてもつまらないですね。
早くダンジョンの中に入って、オリエンテーションを済ませてしまいましょう。
今回は私達しかいないので、ほとんどプライベートみたいな感じです。
名ばかりの研修ですね。
という訳で大部屋にスーツケースを置いた私達は、簡単に麻衣ちゃんから施設内の構造について説明を受けました。
「一応山を下りて……しばらく進んだ先にコンビニはあるよ。大体徒歩で1時間くらい」
「……うん」
「あるだけ感謝しないとねぇ……」
私の微妙なリアクションを悟ってか、麻衣ちゃんは困ったように肩を竦めました。
それから私達をキッチンへと連れて行きます。
年季を感じさせる緑色のタイルが敷き詰められた空間でした。
風化してボロボロになった換気扇を、吊り下げ式のスイッチで稼働させるとガタガタと嫌な音がします。壊れそうだったので戻しました。
冷蔵庫だけは買い換えたのでしょう。小奇麗なものが配置されていました。……多分、安物の冷蔵庫ですが。
そして、冷蔵庫の隣にはレンジ台が配置されています。その上にはトースターや電子レンジが置かれていました。これらも買い換えた痕跡がありますね、少しだけ新しいです。
ただ問題はそれではありません。
「……花宮さん。食材はどうしたら良いのかしら」
恵那斗が率先して質問を投げかけると、麻衣ちゃんはバツが悪そうに引きつった笑みを作りました。
それから、私達の視線をある方向へと誘導するように俯きます。
低身長のイナリちゃんが、その視線の意味へと真っ先に気付きました。
イナリちゃんは「ぬぅ……」と唸ったかと思うと、元気を失ったように尻尾をしおれさせてしまいました。態度からわかります、あんまり見て楽しいものではなさそうです。
ですけど、食糧問題は大事なので……一応、私達もチェックします。
視線の先にあったのは、4つの段ボールでした。
中を覗けば、カップラーメンとかパックご飯とか、手軽に栄養補給を行えるようなものが詰められています。
言いたいことは察しました。ですが、説明は麻衣ちゃんに任せましょう。
立場を奪ってはいけません。
「あー……テーブルの下に、段ボールがあるでしょ。食事はね、これで補ってねぇ」
「おい、花宮……研修としてどうなんだ、それ」
あまりにも雑な対応でしかないので、琴男が不服を申し立てます。
琴ちゃんとしては何ひとつ文句ないどころか、カップラーメンが合法になって嬉しいのですが。元々同一のベースであるはずの琴男は正義感むき出しで突っかかっています。何だコイツ。
それに琴男を黙らせる手札は持っているのですが。切り札はここぞというタイミングで出すものです。まだ様子見します。
というかですよ。
魔王の魂が宿っているコイツが常識人枠なのおかしいと思いませんか。
私が非常識枠扱いされているのにも納得がいきません。メタトロンですよ私。神話上は神との連絡役を担うものすっごく偉いポジションですよ。琴ちゃんを崇めよ。
そんな琴男の申し立てに、麻衣ちゃんは困った表情を浮かべてたじろいでしまいました。
慌てた様子でまくしたてます。
「し、仕方ないじゃないですかぁ……急に会場が使えなくなるなんて、予想が付かないですよぅ……」
「……まあ、な。急に会場が使えなくなるなんて、予想が付かないよな」
おや?琴男は何か心当たりがあるのでしょうか?歯切れが悪くなったかと思うと、視線を泳がせ始めました。
ふむ、ここが刺し時ですね。
名探偵琴ちゃんが証拠を突きつけましょう。
異議ありっ! くらえっ!
……まあ、証拠なんて状況証拠でしか出せないんですけどね。
「ねー。どうしてレベルアップ研修で使う予定だった会場から、魔物が消えたんだろうね。お兄ちゃんっ?」
「……さあな」
「おや、知らないと存じますかっ。お兄ちゃんは確か、魔王の魂が宿っていると……そう仰っていましたねっ」
「……」
ちょっとだけ名探偵気取りで、琴男の周りをぐるりと歩き回ってみます。
琴男は引きつった笑みを浮かべて後ろずさろうとします。ですがそれは琴ちゃんが逃がしません。
「琴ちゃんブロック」
「……お前……」
琴男の背後に軽く自らの脚を差し込み、導線を潰します。立ち回りの基本は相手の足場を奪うところからです、安定感を崩して優位に立ちましょう。
というわけで優位に立ちました。琴ちゃんは偉いんです。
忌々しげに琴男が私を睨んできます。おーおー悪役っぽい。魔王ならそれくらいの顔をしてこそ、倒し甲斐があるってもんですよ。
琴男の悪事を暴いて見せましょう。
「魔王の魂が完全にお兄ちゃんの身体を取り込んだ時、世界に厄災がもたらされる……つまり、お兄ちゃんの身体はダンジョンそのものとなるんですよ、ねぇ?」
「やっぱこの研修、付いてきたの間違いだったかもな……」
「まあまあ。お兄ちゃんは正義のヒーローですからっ。で、ですよ? 魔王がお兄ちゃんへと憑依するのを防ぐ為には、お兄ちゃんは器を大きくしないといけないんです。その手段が、レベルを上げること……ということですね?」
「……っ……」
琴男の表情にたじろぎが生まれました。
さて、ここが正念場です。
こういう時はテーブルをばしんと叩いて、自らの正義を主張しなければいけません。つまりかっこつけの場面です。
……ですけど叩くものがないですね。段ボールでも叩きましょう。
少しだけかがんで、軽くスナップを効かせて。
「えいっ」
ぺふん、という情けない音が段ボールから響きました。ちょっとだけ窪みが出来ました。
「琴、なんで段ボールを叩いたの?」
「つまりですよっ。お兄ちゃんは魔物を狩りまくらなければならないという、明確な動機があったわけですよ」
「何食わぬ顔で話を続けるのは止めなさい?」
恵那斗が冷静に突っ込みを続けてきます。
ですけど琴ちゃんとしては場の流れを優先したいので、恵那斗の突っ込みは一旦スルーしました。これが琴ちゃんの選んだ道です。
すくりと立ち上がった私は、ビシッと人差し指で琴男を指差しました。
「人を指差すな」
という琴男の冷静な突っ込みが返ってきました。
私がよく言っているセリフを言われてしまいました。意趣返しですね。うむむ。
ですが名探偵琴ちゃんは決め台詞を言わないと気が済みません。なので、格好付けて最後に真実を告げるとしましょう。
「お兄ちゃんっ。レベルアップ研修会場を1つ潰した真犯人は……お前だっ!」
「……なあ、この茶番。いつまで付き合えば良い?」
「ちょっと、空気を壊さないで欲しいな」
琴男は私を軽く指差しながら、麻衣ちゃんへと助けを請いました。
麻衣ちゃんは私と琴男を交互に見渡した後、呆れたようにため息を付きました。
「まあ、2人のやりとりを見る限り……研修会場のうち、1つから魔物を刈り尽くしたのは琴男さん、ですねぇ……?」
「それは認める。すまん」
「私も魔王の話は聞いていますからねぇ……協会の方には、私から連絡しておきますよ。やむを得ない事情があった、とフォローしておきますね」
「助かる」
「その代わり……また、協会の検査にも手伝ってくださいね」
「ああ、じゃあダンジョンに行くか」
「そうですねぇ。頼りにしていますよぅ」
「任せとけ」
指差した私を置き去りにして、琴男と麻衣ちゃんは会話しながらその場を後にしました。
「……」
あれ?
琴ちゃんはビシッと「研修会場から魔物が消えた理由」を突き詰めたんですよ? すごいことなんですよ?
なのに何ですか、この扱いは。
不服だったのでずっと同一の姿勢のまま硬直していたのですが。
イナリちゃんは私の背後に回り込んだかと思うと。
「何をしとる。早う準備をせんか!」
「むきゅぅ!!」
と勢いよく頭を引っ叩いてきました。
相も変わらず威力自体は大したことはありませんが、攻撃をされた、ということにびっくりしちゃいました。
ついでの追い打ちと言わんばかりに、尻尾で顔面を叩くのは止めて欲しかったです。琴ちゃんはナイーブなんですよ?




