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81 「好きになってた」

 私はあえてその「ある人」がレイス先生であることを伏せて、顔を真っ赤にしながら咳払いをひとつ。魔王という立場になったとしても、それだけは絶対に譲らないという強い意思をジンに見せた。

 ジンもそれに関して言及することはなかった。ただ、気恥ずかしい沈黙が流れる。面白からかうような表情で私を見据えるジンの顔が、ただただ頭にきた。それでも私は下手なことが言えない。なぜって? これ以上相手に攻撃カードを与えてなるものか!

 もしまた先生の名前を出されたら、きっと私は奇声を上げて「やめろおおお」って言いそうだし……。


「お取り込み中ごめんね、Eちゃん、ジンちゃん。今、そこにレイス先生がね?」

「うわあああ、やめろおおお!」


 叫んでから気付く。突然入ってきた母親が、慌てて私に事情を説明しに来てくれたことに。それなのに私は先生の名前が出た途端、本当に奇声を上げてしまった。これは一種の辱めなんだから仕方ないでしょ!

 なんでみんなして私のことをいじめるの!?


「E、落ち着け。……モブディラン夫人、レイス・シュレディンガーがここに?」

「えぇ、別に切羽詰まった感じはしなかったんだけれど……。ものすごく真剣なお顔で、Eちゃんがここに来てないか訪ねてきたみたいなの。どうする? 帰ってきたけど、またすぐお出かけしたことにする?」


 頬に手を当てて、ふぅっと小さく息を漏らす母親。そこに父親も出てきて、母親の肩に手を添えて事態の収拾に協力しようとした。


「学園側に使いを送ったはずなんだが。心配して確認しに来たんじゃないのかい? 置き手紙を書いたんだろう。そこに居場所と内容は書かなかったのかな?」

「いや、行方不明って形の方が余計に混乱させると思って。置き手紙に実家に帰る的なことは、ちゃんと書いたんだけど」


 まさかその手紙を読んで、ここまで来たってこと?

 内容としては「実家で急用が〜」って、ふんわりとしたニュアンスで書いて出て来たんだけど。


「あ……」


 私は今になって思い出す。

 そういえば今、学園では厳戒態勢的なことになってて、外出するには教師とかを護衛に付けないと出られないんじゃなかったっけ?

 Eのことを夢に見て、一刻も早く行動を起こしたかったからすっかり忘れてた! 私ってなんてバカなの!? そりゃこんな事態に一人こっそり学園を抜け出したら、怪しまれるに決まってる!


「だから落ち着け、E」


 私が相当取り乱していたせいか、ちょっと引き気味でジンが声をかけてくる。お前、そんな面倒見良い奴だったの? 思えば敵側の深堀り設定なんかはあまりされてなかったから、なんか新鮮……というか驚かされてばかりだ。


「焦っている様子はなかったんだろう。だったらその置き手紙に書いてある通り、本当に実家に帰っているのか。それを確認をする為に、ここまで来ただけとも捉えられる。お前は何食わぬ顔で出たら良いんじゃないのか。まぁ私はこのままお暇させてもらうがな」


 レイス先生と顔を合わせるのはまずい、とでも言うようにジンは私にそれだけ伝えると、モブディラン夫妻にお礼を言って消えて行った。これは退室したというより、文字通りスキル『ステルス』を使って、目の前で本当に消えた。

 残されたモブディラン親子は、顔を見合わせる。私は何度か先生の様子がどうだったか母親に聞いて、怒っている感じではないことが伝わってから、意を決して玄関ホールへと向かった。


 二階から玄関ホールが見渡せるんだけど、玄関の扉の前で先生がズボンのポケットに両手を突っ込んだ状態で、一人佇んでいるのが見えた。私の姿が吹き抜けから見えると、先生とばっちり目が合う。

 レイス先生は怒るでも、むすっとするでも、安心するでもなく、ただ真顔で私を見ていた。これはこれで、なんか圧を感じるぞぉ?


「せ、先生。突然、勝手なことをしてすみませんでした。一応父からも、学園へ連絡がいってるはずなんですが」

「あぁ、モブディラン家の使いの者が来た時に、俺が対応したから知っている」

「そ、それじゃあ私が無事であることは、もうご存知だと思われるんですが……。先生は、そのー、どうして?」


 ここに来てむすっとした顔きたー! あれ? なんか私、地雷踏み抜いた? ご機嫌斜めな顔になっちゃったんだけど! もしかしてよっぽど心配してくれたってこと? もしそうなら、これ先生にめちゃくちゃ説教されるやつじゃん!

 私がオタオタしていると、先生は踵を返して玄関側を親指で差した。


「急用とやらは、もう済んだのか? しばらく休むとあったが、その理由をきちんと説明しないと許可されん。お前がどこに所属しているか忘れたのか。お前はアンフルール学園の特別教室、A組に所属しているんだぞ。正当な理由がない限り、個人の判断で長期休暇を取ることは、この俺が許さない」


 完全に怒っている表情で、淡々と述べるレイス先生。その声は地の底から響くような超低い声で、なんていうか……めちゃくちゃ怖いんだけど、良い声過ぎて私の心がかき乱される。これは怯えるべきか、泣くべきか、喜ぶべきか、どうしたらいいのか私の情緒が完全に迷子になっている!

 でもこれだけはわかる。従わないと……、殺される!(退学的な意味で)


「急用は、そのー、終わり……ました。ちゃんと帰りますです、はい……」


 ちゃんと反省の意を込めて謝る私だけど、先生は返事もせずに玄関の方へ歩いて行った。これめちゃくちゃ怒ってない? 普段の先生は他人を無視したりなんて、絶対にしない人だ。まぁ強いて言うなら、ソレイユ先生以外の人間相手にはって意味だけど。

 私が謝ってる時、一応私の顔を見ながら聞いていたから、ガン無視ってわけじゃないけど。それにしては、だよ。やばい、これ先生との距離が近くなった為に起きている現象? 「どうして俺に何も言わず出て行った」的な、蚊帳の外にされてキレてるやつ?

 だって言えるわけないじゃない! 仮にも邪教宗派の幹部で、先生と一戦やり合ったことがあるジンに会いに行きますだなんて、正直に言ったらそれはもう私が完全に頭おかしいやつじゃん!


 私はひんひん泣きながら、先生の後ろをただついて行った。まぁ泣いてるっつっても心の中で号泣なだけで、実際には眼球カラッカラなドライアイ状態なんだけど。

 しばらく黙って歩いていたら、先生がスッと横道に逸れて私は足をぐねりそうになった。だってこのまま学園まで、最短距離で帰るものとばかり思っていたから。大通りを真っ直ぐ行けば、もう目の前は学園って位に一直線に歩いて行くだけなのに、まさかここで逸れるとは思わない。

 細い裏道に入って行く先生の背中について行きながら、まさか路地裏でボコボコにされる? だなんてあり得ない想像までしてしまう。だってそれくらい怒ってそうだから!

 あらぬことを考えていたら先生がぐるんっと私の方へ振り返ると、そのまま指で私の額を突いた。思い切り!


「お前は! なんでいつもそうやって、一人で行動する!」


 そしてまた指で額を突く! 痛い!


「A組の生徒はみんな、心配していたんだぞ!」


 三発目! さすがにマジで痛い!


「そんなに俺が頼りないか!」


 痛い!


「たまにはちゃんと守らせろ!」


 痛い痛い!


「俺はお前が何者であろうと、受け入れる覚悟をしていたんだぞ」


 ……え?

 最後の突き指は、全然力が入っていなくて痛くなかった。

 でも、それ以上に先生の言葉で私は時が止まったような感覚を覚える。

 額を小突かれて痛くて目を閉じていたんだけど、突然優しいような寂しそうな口調になるものだから、私は目を開けて目の前に立っている先生を見上げる。

 今まで見たことがないほど、先生の顔は辛そうだった。


「お前が魔王だと言われても、俺には何の実感もなかったが。それでお前と会ってからの日々が、全てなかったことになんてならない」

「先生……、どうしてそのこと……? だって、学園長に記憶を……」

「俺のスキルのこと、忘れたのか。学園長に何かされる前に、俺はすでに自分のスキルを発動させてた。俺のスキル発動時は、見た目からはわからない。それで学園長に悟られなかったのは幸いだったよ」


 え、じゃあ……私があの場にいた人全員の前でカミングアウトしていた内容、全部覚えていたってこと?


「自分が魔王だと言われて、どうしたらいいのか一番戸惑っているのがモブディランだってことはわかる。だから、俺もどう支えたらいいのか、ずっと考えていた。俺が答えを出す前に、お前は一人で行動を起こして……。俺がどれだけ焦ったかわかっているのか」

「ご、ごめんなさ……っ、だって……っ。私は私で、先生のこと幸せにしたいから……っ、ずっと……どうしたらいいのかわからなくて。出来ることからやっていこうって思って。こんなこと、誰にも話せないし……」


 ダメだ、さっきまでカラカラだったくせに。

 急に鼻の奥がツンとしてきて、涙が溢れてくる。私こんなに泣き虫じゃなかったはずなんだけどな。

 いい大人が情けなさ過ぎる。


「俺が先に伝えておくべきだったな。全部覚えていること。……すまん」

「先生は何も悪くない。悪くないです。だってこうして、ちゃんと迎えに来てくれたんだから……」


 先生が私を優しく抱きしめてくれた。

 私はそれを、身を任せるように委ねた。


 この世界に転生したての頃には、全く予想してなかったことだ。

 私は重度なレイス先生オタクで、推しは遠くで眺めるだけで幸せだと……そう思っていたはずなのに。

 最初の頃なんて、先生を眺めるだけで卒倒しそうだったし。目が合った時なんて、鼻血を我慢するので精一杯だった。声をかけられた時なんて、緊張し過ぎてむしろ推しに自分という存在を認識されるのが怖くて、逃げ回っていたくらいなのに。

 それが今、こうして先生の腕に抱かれている自分がいるなんて……。

 私は先生のこと、もはや推しとしてではなくて、一人の男性として心から好きになっていたんだって。

 今、理解した。

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