閑話 凶刃
斯波義銀の家臣、由宇喜一はなんとか平手政秀に追いつくことができた。
「平手殿! 無事であられたか!」
「そなたは……由宇殿だったか? いかがなされた?」
「いや、実は……」
手短に斯波義銀のもくろみを説明する由宇。
「それは、なんと……」
平手政秀の暗殺。
いくら尾張守護家とはいえ、そんなことをすればたちまちのうちに攻め滅ぼされてしまうだろう。……いや、攻める必要すらない。義銀のいる屋敷に乗り込み、腹を切らせればいいだけなのだから。
今の織田弾正忠家であればそれができるし、義銀に味方する家臣など、いないだろう。
(まさか、それすらも分からぬとは……)
常識で考えれば、あり得ない短慮だ。
しかし、あの義銀であればあり得るかとも思う平手であった。
……あの少年にも同情すべき点はある。将来待っているのが家臣による操り人形なのだから勉学に身が入るわけがないし、そんな状況を変えるために何かをしようとする気持ちも分かる。
だが、いくら同情すべき点があろうとも。どれだけ心境を理解しようとも。許されないことはある。
「太田牛一殿は若様に説明しに向かったとの話だが……」
由宇はまだ知る由もないが、信長は現在駿府にいるので牛一が義銀の短慮を説明することはできない。
だが、重要なのはそこではなく、由宇喜一という男が、信長に、義銀の愚考を伝えようとしたことだ。
「由宇殿は、それでよろしいのか? 左様なことが知られれば義銀殿の命すら……」
「残念ですが、是非もないでしょう。ともかく、今日のところは拙者が城まで護衛いたしますゆえ、明日からは相応の供を連れて動いてもらえればと」
「……そうですな。そういたしましょう」
難しい顔をした平手は何度も首を横に振ってから居城に向けて馬を歩かせ始めた。
「…………」
平手政秀の意識が完全に前方へと向けられたあと。
由宇喜一はゆっくりと、音を立てぬように腰の刀を引き抜いた。
馬上で刀を振るうのは、本来難しい。西洋の騎兵が使う片手剣ならとにかく、日本刀は手綱を放し、両手で刀を振るわなければならないからだ。
しかし、幼い頃から武士としての鍛練を積んできた由宇であれば、それも容易い。背中を向けた老人に斬りかかるだけなら尚更だ。
「――――」
深く息を吸い、刀を上段に構える由宇。
そして、その刃が、無防備な平手の背中に向けて振り下ろされた――
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書き下ろしは斎藤道三と剣豪将軍足利義輝、そして例のあの人です。
道三は帰蝶が堺に向かったあと、どんな親バカをしていたのかについて。
義輝君には帰蝶さんがアレコレします。
そしてとうとうあの人が登場です。