嫌な予感
斯波義銀には数が少ないとはいえ、それでも由宇と牛一以外にも家臣がいる。それらの人間に平手政秀が暗殺をされてはたまらないということで、早速今日から平手の護衛をすることになった。
信長たちが政務を取り仕切っている屋敷に由宇と牛一が到着すると、折り悪く平手は居城に戻ったところだという。
「うむ……」
悩むように顎に手を当てる由宇。
「さすがに今日いきなりということはないだろうが、念のため拙者が追いかけ、護衛に付こう。牛一は三郎様に事情を説明してくれ」
「うむ、そうするか」
そういうことになったので、一旦別れた由宇と牛一。
牛一はすでに慣れたもので屋敷の中を迷わず進んでいく。傅役である平手政秀の屋敷すら完成していないことからも分かるように、まだまだ那古野城は整備の途上だ。
帰蝶によると店主周辺が完成したあとは周りに櫓を建てるというし、一体どれほどの規模になることやら。
牛一がそんなことを考えていると、
「……はて?」
足を止める牛一。
ことを荒げては義銀が幽閉されかねないというのが由宇の言葉だった。
だが、ここで信長に報告しては、ことが大きくなりすぎるではないか?
(由宇らしくもないウッカリであるな)
そう結論づけると、信長の側近である森可成と平手長秀を見つけることができた。
「森殿。平手殿。ちょうどよかった。三郎様にお目に掛かりたいのだが……」
牛一はこれまでも義銀の我が儘を伝え続けてきたので、謁見を願い出ること自体は訝しまれなかった。
しかし、二人の反応は鈍い。
困り顔でお互いを見つめ合う可成と長秀であった。
「実は……三郎様は駿府にまで足を運んでおられるのだ」
「す、駿府に?」
「うむ」
「さ、三郎様自ら敵地に乗り込まれたと?」
「うむ」
「だ、大丈夫なのですか?」
「帰蝶様について行かれたからな。平気だろう」
「あぁ、帰蝶様に……」
ならば平気かと納得する牛一だった。彼もだいぶ毒されているらしい。
しかし、信長自ら駿府に乗り込んだということは、今川との同盟は早々に締結するつもりなのだろうと牛一は判断した。これではたとえ平手政秀を暗殺できたとしても何の意味もないな、とも。
一安心した牛一に可成と長慶が声を掛ける。
「して、牛一殿。本日はいかなる御用事で?」
「また義銀殿が無茶を振ってきましたか?」
義銀の無茶振りを前提とした可成と長秀の口ぶりに苦笑してしまう牛一である。まったく困った『元』主であると。
「実は――」
説明しようとした牛一は、すんでのところで言葉を止めた。はたしてこの二人に話していいものなのかと。いくら信長の側近の中の側近とはいえ……。
牛一の態度から何かを察したのだろう。可成たちは密談のしやすい部屋へ牛一を招いた。
◇
「実は、また義銀様が癇癪を起こしましてな」
「ほぅ」
「またですか。牛一殿も大変ですなぁ」
「いやまったく。――しかも今回は平手政秀殿を暗殺してしまえと」
「なんと!」
「我が父を! それはまたどうして?」
「ははっ、どうにも今川との同盟が気にくわないご様子で。ならば交渉役を仰せつかった政秀殿を暗殺してしまえと」
「それはまた……」
短気で短絡的なことだと可成は呆れてしまう。
まぁしかし心配はいらぬだろう。
今、義銀の元には使える家臣がほとんどいない上、家臣にしても分かっているはずだ。今斯波家が織田家に反旗を翻せば皆殺しにされることくらい。
しかも暗殺対象が信長の傅役であり、信秀からの信頼も厚い政秀となれば……。命令を下された家臣は織田に寝返るだろう。それこそ、今の牛一のように。
だが。
楽観的な可成に対して、長秀は深刻な顔をして押し黙っていた。
※更新お待たせしております。
信長の嫁関連で色々作業しており、まだしばらく不定期更新となります。ご了承ください