お化け屋敷の中で1
サマーソングフェスティバルライブ、有名な歌の祭典で、毎年開催されるイベントだ。
会場にはいくつかの野外舞台が用意され、タイムスケジュールを組んで様々なアーティストが出演する。
会場となっている大きな森林公園の入り口に掲げられた巨大な『サマーソングフェスティバルライブ』という看板を見上げ、僕は息を吐いた。
簡易的に造られたゲートのところで荷物検査を受け、入場する。
事情が事情なだけに誰かを誘うことも出来ず、初めてでしかもお一人様というハードルが高い状況になっている。
「遅いわよ」
見ると、入り口の端っこの街路樹ところで待っていたらしい梨郷が頬を膨らませていた。お前はリスか?
僕は人混みから抜けて、梨郷に歩み寄った。
「遅いって、まだ十時だぞ。ていうか、まだ支度してないのか?」
「出演時間が変更になったの。一時半で第三ステージ。その間、遊んできて良いって」
「それでなんで不機嫌なんだよ」
出店もかなり出てるし、遊ぶ時間があるなんて最高だろ。
「尚が遅いから」
「そんなに帰ってほしいのか?」
「と、とにかく行くわよっ」
自分から手を繋いで来るっていう。すっかり慣れたか。
それはそうと思いっきり引っ張られる。
「おーい、どこ行くんだ」
「面白そうなイベントがあったの!」
梨郷に連れて行かれたのはなんと『お化け屋敷』だった。入り口にはぼろぼろの障子、提灯が下がっていて、中から冷たい空気が流れてきている。障子の前にスタッフがいるので、言うほど不気味でもないか。
それにしても、である。
「おい……」
なんなんだこれ。どんな出店だよ。
公園の一角にある三階建ての建物の三階奥である。一階は管理会社の事務所で二階、三階は誰でも借りられるフリースペースだ。子供会のイベントや、企業の研修会などに利用されるそう。
イベント中は学園祭のノリで各二階、三階に飲食店が営業しているらしい。
お化け屋敷はわりと人気なようで短い列が出来ていた。目当てのアーティストが出演する時間までの暇潰しなのだろう。そう考えると画期的なのかも知れない。
「まさか、怖いなんて言わないわよね?」
「腕にしがみついてる奴が何言ってんだ」
まぁ、いいや。そんなに入りたいなら付き合ってやるか。
列に並ぼうとした時。
「きゃあああっ」
出口から怯えた様子の若い女性が飛び出してきた。
上手い演出だ。入り口近くに出口を設定して、出てきた客の様子を見せる。入る前から恐怖を煽るとは。
現に列に並んでいた子連れとカップル二組が諦めて帰って行った。軽い気持ちで並んだんだろうが、このお化け屋敷はガチみたいだからな。
これで次の次だ。順番が早まったのでラッキーだったな。
……ていうか、こいつもしっかり煽られてる。
「おい、もう少し離れろ」
「だ、大丈夫よ」
「いや、何がだよ」
別に良いけど、爪を立てるのはやめてほしい。
出てきた女性は入り口にいた男性スタッフに声をかけていた。何やら会話を始める。
「お願いっ、早く助けてっ、こんなの聞いてないっ」
錯乱状態かと疑うほど、声を荒らげ始める。よっぽど怖かったんだな……。そして梨郷バイブの震えが止まらない。
「落ち着いて下さい。えと、お客様方、少しそのままお待ちください」
男性スタッフは別のスタッフを呼んだようだ。入り口を女性スタッフに任せると中へ入って行った。
「お客様? 大丈夫ですか」
いつの間にか座り込んでいた女性に対し、スタッフが声をかける。
「なんなの、あれなんなのよ。おかしい、絶対おかしい」
頭を押さえ、うずくまる。その様子は精神疾患を患う人のよう。
列に並んでる客もドン引きのようだ。何がどうなってるのかさっぱりわからない。
やがて男性スタッフが出口から戻ってきた。
「どうでした?」
女性スタッフが問う。
「いや、いない。お客様、とりあえず、医務室に行きましょう」
「嫌よっ、憲二を返して! どこに隠したのよっ」
彼女が取り乱している原因は一緒に入った彼氏らしい。順路を半分進んだところで、女の白い幽霊が現れて彼を連れ去ったのだという。




