絵の中からの視線1
プールの時とはうってかわって、梨郷は落ち着いた様子で席に座っている。それでもここの内装が気になるようできょろきょろと店内を見回していた。
僕達はとある喫茶店へ来ていた。『エコール』の新メニューとして出す予定のキャラメルナッツオレの調査である。本当は一人で来る予定だったのだが、約束したからな。
ライブリハーサルの終わりに連れてきたので、現在の時間は午後八時過ぎである。客は僕達の他に二組。
「凄くお洒落……」
西洋の城の中とでも表現するべきだろうか。照明は各テーブルに置かれているろうそく型のライトと天井の小さな照明のみで、店内はオレンジ色の明かりに包まれている。壁には額縁に入った絵が飾られ、テーブルや椅子は彫刻を施されたアンティークなものだ。
ゆらゆらと揺れる影を見ていると、不思議な気持ちになってくる。
「雰囲気あるだろ? 最近雑誌で紹介されて、人気になってきたらしい」
「『エコール』存続の危機ってことね」
なんでライバル認定するんだ。『エコール』とは二駅分離れてるんだぞ。
「うちは常連さんも結構いるし、簡単に潰れないぞ」
そう話していると、梨郷がびくりと肩を揺らした。
「どうした?」
「な、なんでもない。多分、気のせいっ」
何がだよ。もう少し突っ込んで聞こうかとしたのだが、店員が僕達のテーブルの横に立った。
「お待たせしました」
まぁ、いいか。
僕の前にはキャラメルナッツカフェオレのホット、梨郷はアイスである。
見た目はコーヒーにホイップクリームを乗せた、ウインナーコーヒーみたいだ。
「尚、見て。これがナッツなんじゃない?」
キャラメルソースがかかったホイップクリームの上から砕いたナッツがかかっている。
「見た目で分かるのは良いな」
僕はカップに口をつけ、ゆっくりと傾ける。流れ込んできた甘く苦い液体はふわりとナッツの風味を漂わせた。
「うん、コーヒー自体に風味がついてるな。アイスはどうだ?」
梨郷はストローでナッツオレをすすりながら、目をきらきらとさせていた。
「苦いけど、美味しいわ。いつものカフェオレより美味しい……!」
いつもの……? 僕が作ったカフェオレよりも、だと?
いや、待て。なんで複雑な気持ちになるんだ? 梨郷に作ってるカフェオレは砂糖と牛乳多めでコーヒーの風味が失われているのだ。最初は嫌々作っていたはずなのに。
「まぁ、でも、尚が作るキャラメルナッツオレはこれより美味しいんじゃない?」
何故か顔を赤らめ、視線を外しながらそう言った梨郷の表情は大人びていた。
先日の廃墟での一件以来、たまにこういう表情をする。何か心境の変化でもあったのか。
「お前、大丈夫か……?」
「何がよっ! せっかく褒めたのに」
褒めたのか?
ナッツオレを堪能していると、客二組がほぼ同時に席を立った。どうやら帰るようだ。と、その時。
「ひえっ」
梨郷が妙な声を上げて固まった。視線の先にあるのは壁にかかっている絵画。音楽室に似合いそうな髪型の男性が描かれているのだが、
「どうした?」
「絵の目が……光った」
「ライトのせいだろ」
「違うわよっ。だって、一瞬だったし。それに……さっきからずっと目が合うのよ!」
さっき怯えてたのはそれ、なのか?




