廃墟と白い影2
「……!」
ここが曰く付きの廃墟だと言うことは、すでに梨郷の頭の中から消えていた。お祭り会場を見つけたときのわくわくする感覚に似ている。
仲間に入れてもらえるだろうか。
「あれー? 何あのちびっこ」
彼らが梨郷を見やる。
「あ、あの、私」
「こっち来なよー。お菓子あるよ」
「ジュース飲むー?」
梨郷はふらふらと彼らに歩み寄った。
「い、良いんですか?」
「当たり前じゃん。小学生?」
梨郷がうなずくと、若い女性が手を引いて座らせてくれた。
「かわいーじゃん」
「お前、ロリコンかよー。お嬢ちゃん。逃げたほうが良いよー」
「あはははっ」
「こわー」
つられて笑う梨郷。そんな様子を見た彼らもさらに笑って、この場に柔らかい空気が流れる。
暖かい空間だった。温いお湯に浸かっているかのよう。
「梨郷ちゃん」
はっとして隣を見ると、露が笑っていた。そのまた隣には先日のキャンプの時にいた露の友達が。
「今日、お泊りしちゃう?」
「え、お泊り?」
露の言葉に胸が躍った。
「しようしよう! 今居さん、良いでしょ?」
「え、う、うん」
梨郷が頷くと、肩を叩かれた。
「?」
振り返ると、柔らかく笑む尚が座っていた。
「あ……なんでここにいるの」
「何言ってんだよ。ここへ来る約束だったろ?」
「約束……」
気づけば、梨郷の周りには田中庵や多馬崎晶、祖父や母の七恵までもが囲んでいた。
「なんで皆いるの?」
と、向かいの若者達がばか笑いをしていた。
「って、あれ? もうビールないじゃん」
「あいつががばがば飲むから」
「まだあんの?」
男性が窓際のクーラーボックスを親指でさした。その隣には袋が置かれていて、お菓子の袋が覗いている。
「あん中だろ?」
「めんどー。誰か取ってこいよー。そうだ、お嬢ちゃんよろしく。お菓子持ってきていいからさ」
「え?」
「こらっ、何パシらせようとしてんの?」
「あ、大丈夫です。取ってきますね!」
梨郷はいそいそと立ちあがり、クーラーボックスへと歩み寄る。すると、
「梨郷っ」
鋭い声が聞こえて、はっとした。床がぐらついて前のめりになり、バランスを保てなくなる。
倒れる?
足元の床とクーラーボックスは消え去り、遥か下に中庭が見えた。なんとなくわかった。あそこへ落ちていくのだろうと。……なぜ?
「梨郷っ!」
またあの声がした。今度はもっと近く、耳元で。それと同時、右手首を強引に捕まれ、後ろへと引き戻される。
「きゃっ」
その勢いを殺せず、床に尻餅をつくはめになってしまった。
「いった……」
「お前、何してんだ」
はっとして振り返ると、腕を掴んで、片ひざをついている尚が焦り半分、呆れ半分で自分を見ていることに気づく。
「……尚……」
いつの間にか柔らかい光は消えていて、月明かりだけに照らされる薄暗い部屋に戻っていた。
「何してるって、わたしは」
「何考えてたんだ?」
尚はそう言って、指をさす。クーラーボックスが置かれていたはずの窓の方を。
梨郷が視線をそちらへ向ける。すぐに息を飲んだ。
この部屋は半分だけしかなかった。ベッドから先は窓どころか壁が全体的に崩れていて、そこから飛び出せば中庭へと転がり落ちるだろう。月がよく見える、不思議な部屋だった。
「ビ、ビールを取りに。あれ、なんで……え?」
「ビール? 酔ってたのか? ていうか、小学生の分際で飲んでいいと思ってんのか?」
尚のことばは怒気を帯びていた。先ほどの心配した様子はあっという間になくなってしまった。
「ち、違うわよ! この部屋に楽しそうにしてる人達がいて、仲間にいれてもらったの」
「……こんなところで楽しそうにしてる人達がいるわけないだろ。まったく」
「あれ、でも尚もいたじゃない」
「今来たんだよ。何わけのわからないこと言ってんだ」
尚は梨郷を強引に立たせた。
「い、痛いって」
「帰るぞ。こんな時間に一人でふらふらと歩き回って。ただで済むと思うなよ。七恵さん、かんかんだからな?」
「またママと連絡取ったの!? プライバシーの侵害よっ」
「使い方がわからない言葉を無理に使うな」
尚に引きづられて部屋を出る。振り返ると、崩れた壁の向こうに、靄のような白い影が見えたような気がした。
〇
七恵さんから連絡をもらって梨郷のことを聞き、探し回ってたわけだけど、まさか本当に単身心霊スポットに来ているとは思わなかった。
洋館の二階に上がり、座り込む梨郷の後ろ姿を見つけたわけだけど、一人で楽しそうに笑ったり喋ったり、さらに中庭へダイブしようとするしで正気を疑った。実際、何か幻覚を見ていたらしいけど、あの時の、楽しそうな笑顔は忘れられそうもない。どんな幻覚を見たらあんな風に笑うんだろうか。
梨郷の手を引いて、洋館を出ると、月が雲に隠れていた。
「……なんでここがわかったの?」
「露ちゃんに聞いた。後、スマホのGPSだな」
「なっ! あんた、私のことを監視してるの? 変態っ」
「七恵さんだ。僕は言われて迎えに来ただけだ」
「……なんだ。そうなの」
なんで残念そうなのか。
「ところで、あの廃墟に噂なんかあるのか?」
「有名よ。ネットで調べれば一番上に出てくるもの。夜な夜な聞こえてくる笑い声っていう」
僕もやってみたけど、出てこなかったのだ。ちなみに露ちゃんも検索したらしいが、ヒットなし。ついでに田中さん、多馬崎にもそれぞれ自分のスマホで検索してもらったが、やっぱり同じだった。
「まあ、噂じゃないけど、自殺した人がいたらしいな」
僕は青い顔になる梨郷から視線を外した。
「もう、一人でこういうところに来るなよ」
「う、うん」
僕の手を強く握った梨郷の肩は小刻みに震えていた。
「キャラメルナッツカフェオレでも飲むか?」
「! 何それ」
「今度新メニューに取り入れようと思ってるんだ。調査したい喫茶店がある」
「行く! 行くわ!」
図ったように、月明かりが、梨郷の笑顔を照らし出した。




