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りんごの怪談記録メモ~怪談話の謎を解け!~  作者: たかしろひと
第1章
38/91

廃墟と白い影2

「……!」


 ここが曰く付きの廃墟だと言うことは、すでに梨郷の頭の中から消えていた。お祭り会場を見つけたときのわくわくする感覚に似ている。

 仲間に入れてもらえるだろうか。


「あれー? 何あのちびっこ」


 彼らが梨郷を見やる。


「あ、あの、私」


「こっち来なよー。お菓子あるよ」


「ジュース飲むー?」


 梨郷はふらふらと彼らに歩み寄った。


「い、良いんですか?」


「当たり前じゃん。小学生?」


 梨郷がうなずくと、若い女性が手を引いて座らせてくれた。


「かわいーじゃん」


「お前、ロリコンかよー。お嬢ちゃん。逃げたほうが良いよー」


「あはははっ」


「こわー」


 つられて笑う梨郷。そんな様子を見た彼らもさらに笑って、この場に柔らかい空気が流れる。

 暖かい空間だった。温いお湯に浸かっているかのよう。


「梨郷ちゃん」

 

 はっとして隣を見ると、露が笑っていた。そのまた隣には先日のキャンプの時にいた露の友達が。


「今日、お泊りしちゃう?」


「え、お泊り?」


 露の言葉に胸が躍った。


「しようしよう! 今居さん、良いでしょ?」


「え、う、うん」


 梨郷が頷くと、肩を叩かれた。


「?」


 振り返ると、柔らかく笑む尚が座っていた。


「あ……なんでここにいるの」


「何言ってんだよ。ここへ来る約束だったろ?」


「約束……」


 気づけば、梨郷の周りには田中庵や多馬崎晶、祖父や母の七恵までもが囲んでいた。


「なんで皆いるの?」


 と、向かいの若者達がばか笑いをしていた。


「って、あれ? もうビールないじゃん」


「あいつががばがば飲むから」


「まだあんの?」


 男性が窓際のクーラーボックスを親指でさした。その隣には袋が置かれていて、お菓子の袋が覗いている。


「あん中だろ?」


「めんどー。誰か取ってこいよー。そうだ、お嬢ちゃんよろしく。お菓子持ってきていいからさ」


「え?」


「こらっ、何パシらせようとしてんの?」


「あ、大丈夫です。取ってきますね!」


 梨郷はいそいそと立ちあがり、クーラーボックスへと歩み寄る。すると、


「梨郷っ」


 鋭い声が聞こえて、はっとした。床がぐらついて前のめりになり、バランスを保てなくなる。

 倒れる?

 足元の床とクーラーボックスは消え去り、遥か下に中庭が見えた。なんとなくわかった。あそこへ落ちていくのだろうと。……なぜ?


「梨郷っ!」


 またあの声がした。今度はもっと近く、耳元で。それと同時、右手首を強引に捕まれ、後ろへと引き戻される。


「きゃっ」


 その勢いを殺せず、床に尻餅をつくはめになってしまった。


「いった……」


「お前、何してんだ」


 はっとして振り返ると、腕を掴んで、片ひざをついている尚が焦り半分、呆れ半分で自分を見ていることに気づく。


「……尚……」


 いつの間にか柔らかい光は消えていて、月明かりだけに照らされる薄暗い部屋に戻っていた。


「何してるって、わたしは」


「何考えてたんだ?」


 尚はそう言って、指をさす。クーラーボックスが置かれていたはずの窓の方を。

 梨郷が視線をそちらへ向ける。すぐに息を飲んだ。

 この部屋は半分だけしかなかった。ベッドから先は窓どころか壁が全体的に崩れていて、そこから飛び出せば中庭へと転がり落ちるだろう。月がよく見える、不思議な部屋だった。


「ビ、ビールを取りに。あれ、なんで……え?」


「ビール? 酔ってたのか? ていうか、小学生の分際で飲んでいいと思ってんのか?」


 尚のことばは怒気を帯びていた。先ほどの心配した様子はあっという間になくなってしまった。


「ち、違うわよ! この部屋に楽しそうにしてる人達がいて、仲間にいれてもらったの」


「……こんなところで楽しそうにしてる人達がいるわけないだろ。まったく」


「あれ、でも尚もいたじゃない」


「今来たんだよ。何わけのわからないこと言ってんだ」


 尚は梨郷を強引に立たせた。


「い、痛いって」


「帰るぞ。こんな時間に一人でふらふらと歩き回って。ただで済むと思うなよ。七恵さん、かんかんだからな?」


「またママと連絡取ったの!? プライバシーの侵害よっ」


「使い方がわからない言葉を無理に使うな」


 尚に引きづられて部屋を出る。振り返ると、崩れた壁の向こうに、靄のような白い影が見えたような気がした。



 七恵さんから連絡をもらって梨郷のことを聞き、探し回ってたわけだけど、まさか本当に単身心霊スポットに来ているとは思わなかった。

 洋館の二階に上がり、座り込む梨郷の後ろ姿を見つけたわけだけど、一人で楽しそうに笑ったり喋ったり、さらに中庭へダイブしようとするしで正気を疑った。実際、何か幻覚を見ていたらしいけど、あの時の、楽しそうな笑顔は忘れられそうもない。どんな幻覚を見たらあんな風に笑うんだろうか。

 梨郷の手を引いて、洋館を出ると、月が雲に隠れていた。


「……なんでここがわかったの?」


「露ちゃんに聞いた。後、スマホのGPSだな」


「なっ! あんた、私のことを監視してるの? 変態っ」


「七恵さんだ。僕は言われて迎えに来ただけだ」


「……なんだ。そうなの」


 なんで残念そうなのか。


「ところで、あの廃墟に噂なんかあるのか?」


「有名よ。ネットで調べれば一番上に出てくるもの。夜な夜な聞こえてくる笑い声っていう」


 僕もやってみたけど、出てこなかったのだ。ちなみに露ちゃんも検索したらしいが、ヒットなし。ついでに田中さん、多馬崎にもそれぞれ自分のスマホで検索してもらったが、やっぱり同じだった。


「まあ、噂じゃないけど、自殺した人がいたらしいな」


 僕は青い顔になる梨郷から視線を外した。


「もう、一人でこういうところに来るなよ」


「う、うん」


 僕の手を強く握った梨郷の肩は小刻みに震えていた。


「キャラメルナッツカフェオレでも飲むか?」


「! 何それ」


「今度新メニューに取り入れようと思ってるんだ。調査したい喫茶店がある」


「行く! 行くわ!」


 図ったように、月明かりが、梨郷の笑顔を照らし出した。

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