プールの中の白い手2
赤鹿原駅からバスで十五分。薄水色のドーム状の建物が見えてきた。混みあっているバスを降りると、客達がぞろぞろと入り口へ行列を作る。
「さすがに混んでるな」
中は広いので、入ってしまえばそこまで気にならなさそうだ。
『ウォータースリーワールド』は全天候型の施設だが、今日は天気が良いので、屋根部分が開いているらしい。梨郷が得意気に語っていた。
「ねぇねぇ、走らない? 早く入りたい」
「もうちょっとだから、そわそわするな」
半ば梨郷に手を引かれる形で自動ドアをくぐり、広いエントランスからプールの受付カウンターへ。受付窓口が五ヶ所あるので、行列は解消されていた。二、三分並ぶだけで順番が巡ってくる。
今居さんから提供された代金で二人分を払った僕は走り出そうとする梨郷の手を引いて止めた。
「ちょっ、何するのよ!」
突然首輪を引かれた犬のような動きをした梨郷が頬を膨らませる。
僕は梨郷の姿を頭のてっぺんから爪先まで観察した。
「な、何。なんなの?」
「……やっぱり厳しいか。仕方ない、女子更衣室へ行って良いぞ。知らないおばさんやお姉さんについていくなよ」
「なななっ、何を言ってるのよ! 女子更衣室一択でしょ!? 何を迷ったのよっ」
顔を真っ赤にして叫ぶ。まったく騒がしい。
「それじゃ、更衣室の外でな」
「バカっ、変態、セクハラっ」
今時はどこで誘拐されるかわからないからな。目を離すのは不安だが、男子更衣室へ連れてくのも可哀想だし。
すっかりお怒りモードだったが、プールへと出てきた時にはけろっとしていた。
「いや、広いな」
梨郷を連れてプールサイドへ出た僕は天井を見上げた。開いた部分から青空が覗いている。消毒液の匂いと水音、子供の反響した声。プールサイドの床はパステルブルーでプール内はライトブルーの塗装だ。ちなみにプールはライトグリーンの敷石で縁取りされている。
フードコートエリアもあるんだな。結構大きい。
「はあ~~。凄い! じゃあ、まずはジャングルプールに」
「あのプール、深いんだろ? まずは足のつくところだろ」
「もう、仕方ないわね。じゃあ、流れるプールでいいわよ」
なんで僕がワガママを言ったみたいになってるんだよ。
「ほら行くわよ」
しまった。手を離している上に完全に走り出す体勢だ。
「待て梨郷」
捕まえようとした時には遅かった。流水プールへ向かって突撃した梨郷は近くにいた中学生くらいの女の子とぶつかりそうになり、
「きゃっ」
見事に尻餅をついてしまったのだった。
「あー……」
予想が的中。僕は後ろから梨郷の頭に軽く拳を落とす。
「危ないから走るなって言っただろ」
「う~。だってぇ」
僕はよろけた女の子へ視線を向けた。
「大丈夫でしたか? うちのがすみませんでした」
女の子は蜜柑柄のタンクトップビキニ姿。ショートボブヘアに幼さの残る顔立ち。背丈も相まって、中学生特有の雰囲気が漂う。
「大丈夫です。転んでませんし。そちらは? 大丈夫でしたか?」
女の子は梨郷の前にしゃがみ、顔を覗き込む。
「ほら、梨郷。ちゃんと謝れよ」
「ご、ごめんなさい」
「いえ。お互い怪我がなくてよかったです」
表情が変わらないというか、淡々とした様子だが、怒ってはいなさそうだ。
すると梨郷が女の子の足元へ視線を落とした。
僕もつられて。
そこで思わず息を飲んでしまった。
彼女の足首に赤紫色の手形がくっきりと浮かび上がっていたのだ。




