窓の外の廃村1
インフルエンザが治って、初めて梨郷が『エコール』へ顔を出した。平日の夕方である。注文するのはいつものカフェオレだ。ファミレスにもあるだろうに。うちは高い珈琲豆を使ってるから結構値段もするんだぞ?
無駄にお小遣いをもらってるから厄介だな。
「それでね、夏休み中に臨海学校へ行くのよ。露ちゃんと同じ班で」
「へぇ、仲がいい子と組めたんだな」
「うん! みんな話をする子達だから。ちなみに私が班長」
「ほう」
何故か梨郷はむっとした。
「何よ、その反応」
「別に? 楽しんで来いよ」
梨郷は嬉しそうに頷くとカフェオレをすすった。さっきから喋りまくりだ。病気で動けなくて色々貯まってたんだろうか。
「そうだ、昨日、鑑賞会でミステリー映画を見たの! 全校生徒参加なんだけど、私が投票したやつになったのよ!」
その後は図工で工作しただの、地理で資料ビデオを見ただの、音楽でリコーダーのテストだの、延々と日常エピソードを語られていた。色々貯まりすぎだろ。
まぁ、変な話を持ってこなきゃいいんだけどさ。
「あ、それはそうと学校でいくつか変な噂を聞いたの!」
梨郷が思い切り良い笑顔で言うので、僕はげんなりしてしまった。やっぱりそれかよ。
「ほんと好きだな、お前。学校で不思議な話を解決します! 的なチラシを配ってるんじゃないだろうな?」
梨郷はびくっと肩を揺らして、視線をそらした。
「おい」
「ち、チラシは配ってないわ」
こいつ、呼び掛けてやがるな?
「まぁ、いいや。聞いてやるよ」
でないとうるさいし。
「えっと」
何やら小さな手帳を取り出して開く。
「うちの小学校の音楽室のことなんだけど」
「いや、待て。小学校? まさか七不思議か?」
梨郷が通う学校は僕の母校でもあるわけだけど、当然のごとく七不思議は存在していた。
「それとは別よ! 七不思議の音楽室は人食いピアノだもの」
ああ、あったな。それ。
梨郷は指を立てた。
「今回は深夜に音楽室へ行くと異世界に迷い込んじゃうっていう話。中へ入ると窓から異世界が見えるんだって。こっそり忘れ物を取りに行った六年生が見ちゃって慌てて逃げてきたとか」
「……夜中に行かなきゃ良いだろ」
「そういう問題じゃないわよ! その噂で持ちきりで、怖がってる子もたくさんいるんだから」
知るか。音楽の授業中とか清掃中に問題が起こるならともかくなら問題ないだろうが。
「小学校のことまで面倒見切れないぞ? そういうのは在校生で解決しろよ」
「尚が調べた方が早いじゃない。早期解決って奴を求めてるの」
難しい言葉は推理小説の影響なのか。
しかしながら、梨郷は頑固だからな。引き受けないと引き受けるまで絡んで来るだろう。
「尚!」
「……じゃあ相談くらいなら乗ってやるよ。異世界っていうのは具体的にどういうところなんだ? 窓から何が見えたんだ」
そこら辺は少し興味がある。
梨郷は表情を固くして、ためにためてから口を開いた。
「廃村」
「はいそん?」
どういう字を当てるんだ。音だけじゃわからない。
「廃墟になった村、よ!」
どうも難しい言葉を使いたがるんだな。
「朽ち果てた木で出来た家がたくさん並んでて、明かりもなくて。まるで異世界みたいだったって言ってたわ。私と話してるうちに真っ青になっちゃって、可哀想だったの……。露ちゃんと一緒に保健室に付き添ったんだから」
直接話を聞いてたのか。ガチだな。そして、協力者、露ちゃんの存在。
「窓しまってたのか?」
「カーテンが揺れてなかったから、閉まってたんじゃないかって。ふふ、尚が知りたいと思って聞いておいたのよ?」
僕の思考を読むようになってきたか。
「カーテン、全開だったのか?」
「ううん。半分は閉まってたらしいのよ。だから、もう半分から見えたのね」
「なぁ、その廃墟……廃村って言葉はその六年生から出たのか?」
「そうよ。家の廃墟がたくさん見えたって」
なんだろう、その言葉に妙な違和感を覚える。
小学生からそんな言葉が自然に出るだろうか。




