真夜中の手押し信号3
僕の指摘に初めて気づいたらしい田中さんは何故かとても感心していた。
「やっぱ凄いんだね、君。梨郷ちゃんが力説するだけあるかも」
何を力説したって……? まぁいいや。僕は話を続ける。
「このセンサーがあるって田中さんは知らなかったんだろ? だったら、その内気づいたはずだ。まったく凄くないぞ」
「そうかなぁ? でもでも、なんかわかったんでしょ?」
両手を後ろで組んで、上目遣い。何もかも見透かしているように見えるのは気のせいなのだろうか。
「まずはこのセンサーの意味を確認するか。確か、信号機に関する問い合わせは……警察?」
「そうなの!?」
教習所で習ったりしないのか……? 僕は原付も持ってないからよくわからないけど。
と、言うわけでこの交差点の信号の仕組みを詳しく聞くことにした。
結論から言って、問い合わせ先は警察で合っていた。適当に理由をつけてこの十字路の信号のことを説明してもらったのだけど……。
「どう? わかった?」
通話を切ってスマホをしまった僕は、頷いた。
「この信号機の特徴の問題だった。後、時間帯で形式が変わるらしい」
「それって、夜はセンサー式になるってこと?」
「そういうことだな。だから田中さんに一つ頼みがあるんだけど」
「なになに?」
「勝手に信号機が変わるところを見た人と直接やり取りできないか?」
田中さんは小首を傾げた後、少し考え、
「オッケー、連絡取れる人当たってみる。後でメッセージ送るから」
「よろしく」
「その代わり、こっちもお願いがあるんだ。良い?」
田中さんはそう言って笑った。
○
翌日、僕は見舞品の小さな紙袋を提げて梨郷の家に来ていた。熱は下がったようで、学校へも明日から行けるらしい。証明書ももらってきたとのこと。
梨郷の自室のドアをノックをすると、中から声が聞こえた。開けて中へ入ると、梨郷がベットの上でスマホをいじっていた。腹這いの体勢なのでこっちは見ていない。
「ママー、なんか桃食べたい。缶詰のやつ」
病気の時って甘えたくなるよな。まぁ、気持ちは分かる。でも誰が入ってきたか確認しないのはどうかと思うぞ。
僕が無言でいると、ようやく気づいて顔を上げた。
「なっっ!」
面白いくらい間抜けな顔だな。
「よう。悪かったな。ママじゃなくて」
「ななな、なんで!?」
僕はベットのそばにあった丸い座布団に腰をおろした。七恵さん……梨郷のママには遠慮しないで、と言われているので。
「見ての通りお見舞いに来た」
「お、お見舞い……? 尚が?」
梨郷は体を起こし、何故か毛布にくるまる。
「田中さん……露ちゃんの姉に頼まれてな」
「頼まれて来たんだ?」
「ああ」
僕の答えに梨郷は頬を膨らませた。
「もうっ、だと思った。尚は尚だもんね。わ、私の、心配なんか」
「ん? なんだ?」
最後の方、聞こえなかった。
「なんでもないっ」
「そうか」
僕は息を吐いて、紙袋を差し出した。
「これ、やるよ」
「え?」
梨郷は受け取って紙袋の中を覗く。
「あ! アイス?」
取り出したのはカップアイスだ。お洒落な柄のカップにキラキラした蓋。中身はチョコチップバニラだ。
「これってニュータウンの方にあるお店のでしょ?」
「よくわかるな。あ、一緒に入ってるドライアイスには触るなよ」
「言われなくてもわかってるわよ! ていうか、そのお店結構遠いじゃない。もしかして今日もあの信号を見に行ったの?」
「いいや。それは梨郷のために行って買ってきたんだ」
「へ? そうなの? あ、ああうん。そう。あ、ありがと」
なんかニヤニヤしてる。そうか、僕がパシリのごとく遠くまでアイスを買いに行ったのがそんなに嬉しいのか。
「あぁ、それと、信号の方はもう行く必要はないからな」
「! やっぱりわかったの? 露ちゃんのお姉さんも言ってたけど」
「ああ。謎でもなんでもなかった。知りたいんだろ?」
梨郷は目を輝かせ、何度も頷いた。




