真夜中の手押し信号2
土曜日のバイト終わり、『エコール』を出ると、田中さんが待っていた。
「お疲れ様! フルで入ってるんだねー。未来の店長候補?」
時刻は五時を回ったところだ。夏の夕方の日は長い。空はまだ明るかった。
「別にそんなんじゃない。それより本当に行くのか?」
田中さんは表情を引き締め、敬礼をした。
「もちろん。梨郷ちゃんに頼まれてるからね。今日だけは助手を努めるよ! 写真をとって、レポートを提出する予定だから」
「なんでそんな本気なんだよ」
「まぁまぁ、歩いて行くわけじゃないから。ほら」
見ると、『エコール』の小さな駐車場に中型バイクが停まっていた。
「ん?」
田中さんはヘルメットを着用すると、僕にもう一つの方を渡して来た。それからバイクに股がる。
「さぁ、乗って」
「め、免許持ってるのか?」
「当たり前だよ。四月二日が誕生日だからね!」
そういえば中型は十七からとれるんだっけ。にしても凄いな。
というわけで、田中さんの運転するバイクでトンネルの先の十字路へ行くことになった。
例の三叉路を過ぎて、トンネルを通り下り坂を降りていく。
「なんかさ、ドライブデートって感じだよね!」
「……そうか?」
女子の運転するバイクに乗る男の図は珍しくはないんだろうか。
「あ、見えてきた!」
道を下り切ると、すぐに十字路。真っ直ぐ行くとニュータウン、左右の道は農道だが、農耕車優先ではないようなので一般車も入って行けるようだ。
現在、信号は赤、歩行者用信号は青である。
「あははっ、すごーい! スピード!」
「ちょっ、ブレーキ使えよ?」
急だな、この坂。
田中さんは十字路の手前でバイクを止め、田んぼの土手に停車した。ところで、さすがに日が傾いてきたな。
「この辺り、街灯ないから夜は真っ暗だよね」
確かに。信号の光だけが点いている状態になるんだな。そうすると、青と赤の光が辺りを照らすことになるけど。
「それで話の内容は、車で通りかかった人が赤信号でいきなり停められて、歩行者用信号が青に変わったんだな? でも誰かが横断してるわけじゃない、と」
「大体あってる」
腕を組みつつ、うんうんと頷く田中さんである。
「停まった車……ってことは十字路に差し掛かるまでは青で歩行者用の信号は赤だったんだな?」
「そうゆうことだねー」
そう確認して僕は信号を見上げた。信号の細い柱から枝分かれした白いパイプに黒っぽい円状の機械がついている。
僕は車が来ないことを確認し、道路に出てその機械の下まで行ってみた。
これはなんだろう。あまり見かけない。運転する大人ならわかるのか。
いや、交通ルールを学んだドライバーならここにいるな。
「田中さん」
「ん? 何ー?」
田中さんはいつの間にか取り出した巨大な水筒から水分をラッパ飲みしていた。中身なんだかわからないけど。片手で持てるのが不思議なくらいというか、どこで売ってんだ。
ピンクな銀色がかった円柱である。
「……いや……」
「そうだ、君にはこれをあげよう」
手渡されたのはミニペットボトルのストレートティーだった。販売機で買ったのか、かなり冷えている。
「ああ、ありがとう」
「いやあ、君に缶コーヒーを選ぶのはハードルが高いかと思ってね。こだわりとか凄そうだし
」
「別にそんなことは」
せっかくもらったので、キャップを開け一口。
「……って、そうだ。これなんだかわかるか?」
指をさすと、
「ああ、見たことある。センサーだよ。車両感応式信号機。この黒っぽい丸の下に車が停まると、自動的に手押しボタンが押された状態になって、信号が青に変わるの」
「へぇ」
初めて知った。 とか思っていたけど。
「ちょっと待て。もう一度確認するぞ。この信号機の基本的な状態は信号青の歩行者用が赤だよな?」
「うん、そうだね」
「手押しボタンを押すと逆になるんだよな?」
「うんうん」
「だったらこのセンサーはなんのためにあるんだ?」
「え、どういう意味?」
「だから基本的に青信号なんだろ? でもこのセンサーは車が停まることによって感応して、信号を青に変える。だったら基本的な状態は赤じゃないと意味がないだろ?」
僕の言葉に田中さんは意表を突かれたようにぽかんとしたのだった




