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りんごの怪談記録メモ~怪談話の謎を解け!~  作者: たかしろひと
第1章
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二階へ続く血痕5

僕の答えに梨郷は目を丸くした。


「ほんと!?」


「ああ。犯人は多分その彼氏だ」


「え、でも一緒にいて通報までしたのよ?」


「清掃中の看板の話をしたときのこと、覚えてるか? 共犯者がいるってさ」


「それは聞いたけど……」


「今回は人が亡くなってる。今から話すのは妄想が混じったただの推測だ。誰かに話すなよ?」


「う、うん」


「 まず、被害者の女性が働く病院で盗みを働いたのはその彼氏だ。彼氏も医師か看護師で、同僚なんだと思う。盗んだものは梨郷が言ったように注射器も含まれてたはず。で、彼氏……犯人はそれを使って女性の血液を抜いたんだ」


「は? 睡眠薬を注射したんじゃ」


「睡眠薬を飲ませてから血を抜いたんだろうな。付き合ってるなら、飲ませるのは簡単だろうし」


 注射器はネットでも買えるが、どうしても記録が残る。


「な、なんで血を?」


「共犯者に犯人を演じてもらうためだ」


「え、え?」


「まず、事件が起きる前に店へ入り、共犯者が清掃中の看板を階段に置く」


「事件が起こる前?」


「ああ、客として入って、二階が無人になったところを見計らって看板を置いたんだ。階段は奥の方にあるから、客が二階へ行っていなければ店員も行かないからな。ほら、注文したメニューが届くまで、番号札を配るだろ? それを持った人が一階に入れば二階へは探しにはいかない」


「じゃあ……共犯者の人は一度お店に来てるの?」


「多分な。でも、服装から髪型から変えてるだろうから、見つかるかわからない」


 僕は一息吐いて続ける。


「それから犯人は人気のない路地で女性を刺し殺し、共犯者に連絡した。共犯者は女性から抜いた血をあらかじめ持っていて、現場とは離れたところを歩いてあの店へ入り、店内に血痕を残しながら二階へ上がり、窓の外に着ていた服を落とし、トイレの天井板から逃げたんだ。当然、共犯者は血まみれなわけじゃないから、その痕跡を残さず逃げることが出来る。窓へ続く血痕、そして全開だったのは演出だろうな」


 多馬崎の反応から見ても、レジカウンターの前に血痕は落ちていなかった。あの黒服の男は客席の通路へ入ってから、血液を床に滴始めたのだ。肩を押さえる振りをしながら。

 梨郷は惚けてしまっている。


「なんで……そんなめんどくさいことを……?」


「さぁな」


 僕が知るわけがない。理由があるとすれば、警察を撒くため、だろうか。


「ていうか、その共犯者は何者なのよ? なんで危険をおかして殺人犯をかばったの? 二人とも亡くなった女性を死ぬほど恨んでて、結託して殺そうとした、とか?」


 僕はドリッパーを布巾で拭き上げ、棚へと戻す。


「それもあるかもな。でも、それだと共犯者にメリットがないだろ」


「ん……? そうかしら。自分で殺さずに済んだんだから」


「殺さずに済んでも、実行犯の振りをして人前に出るんだぞ。そのまま捕まってもおかしくないだろ。それだけならまだしも、犯人にそのまま罪を擦り付けられたら」


「あ……」


 メリットがないというより、リスクが高いのだ。


「共犯者が着てた黒い服は路地に落ちてただろ?」


「う、うん」


「今の時代、着ていた服から人のDNAを採取するなんて簡単なんだってさ。犯人と共犯者もそれくらい知ってるだろ。つまり、脱いだ物をその場に置いて行くのは犯人特定に繋がる危険な……」


 僕ははっとした。なんだ……? 視線を感じる? また、いつものあれか?


「尚?」


 呼ばれて梨郷を見やると、その視線の正体に気づいた。

 僕は思わず梨郷の頬に手を当てる。


「な、何!?」


 一瞬で梨郷の顔が真っ赤になった。いや、意味はないんだけど、気づいたことを気づかれるのは不味いかと思ってつい、動揺して変な動作をしてしまった。


「なんでもない。汚れが付いてるかと思ったけど、違ったみたいだ」


「はぁ!? びっくりするからやめてよねっ」


 奥のソファ席にいるあのサラリーマン二人、うちのコーヒー飲みながらなんであんなに殺気立ってるんだ。鋭い視線を隠しもしないで。


「……」


 僕はカウンターの下の冷蔵庫から紙パックの牛乳を取り出した。


「梨郷、ココア飲むか?」


「! 良いの!?」


「作ってやるよ」


 視線が気になりすぎる。動いてた方がよさそうだ。


「甘くしてよね! 大人の味にはしなくていいから」


「わかってる」


「……って、話そらしてるの? さっきの続きは?」


「そうだったな。共犯者は脱いで行った服からDNAを検出されても困らない人間だったんだ。被害者の女性の周りの人間はきっと、DNA採取に協力させられる。けど、まったく関係ない赤の他人、例えばその辺を歩いている通行人を捕まえてDNAをとらせてくれなんて言わないだろ?」


「んーと、共犯者はその通行人てこと?」


「ああ、その彼氏が募集をかけて、金で雇ったとかな。とにかく、被害者の女性とはまったく関係ない人間なんだ」


「……筋は通ってるわね」


 最高に上から目線だな。別に良いけどさ。


「ま、そういうことだ。僕の妄想だけどな」


 そう言って、梨郷の前にココアのカップを差し出した。


「ココアなんてメニューがあったのね。コーヒーショップなのに」


「紅茶もあるぞ。知らなかったのか?」


 メニューにちゃんと書いてあるんだけどな。

 と、サラリーマン二人が席を立った。


「ごちそうさん。会計頼むよ」


「メニュー表の値段、税込?」


「はい。税込になっていますので、伝票の数字であってます」


 僕はレジの前に立って、ブレンドコーヒー二つの代金を受けとる。

 こいつら、まさか彼氏の知り合いか何かか? 不味いな。僕の妄想話を本気にしたとしたら。

 僕は二人に営業スマイルを向けた。


「すみませんでした。騒がしくしてしまって。よろしければ、またいらっしゃって下さい」


 レシートと一緒に割引券を手渡す。本当は千円以上お買い上げのお客様用だけど。


「……ああ、ありがとう」


 絡まれるかと思ったが大丈夫だった。彼らはそのまま去って行ったのだった。

 大丈夫か? 夜中に奇襲かけられたりしないか?

 僕はそんな心配ばかりしていたのだけど。



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