幕間1
とある休日の夕方、いつものように『エコール』でバイトをこなしていた僕は店内を見回した。
「どうかしたか?」
声をかけてきたのはカウンターに座わる多馬崎である。隣にはアイスカフェオレをすする梨郷の姿も。ちなみに待ち合わせたわけではなく、三人揃ったのは偶然だ。
「いいや、なんでも」
ここのところ、店内の客チェックが癖になってしまった。それもこれも一週間ほど前に来たサラリーマン二人組のせいだ。
「ねぇ、それで多馬崎さんのお話ってなんなの?」
「そうだった。ニュースで見たかもしれんけど、例の事件解決したんだ」
「犯人は女の人の彼氏で、その知り合いの男の人が共犯だったんでしょ?」
先日、路上で女性を刺した犯人がハンバーガーショップの二階にあるイートインスペースで姿を消し、逃走したというなんとも複雑な事件があったのだ。
警察の力で一週間も経たずに解決したようだが。
「ああ、別れ話のもつれだとよ。んで、共犯の奴は犯人に多額の金を支払われる予定だったらしいぜ? たくっ、稼いだ金をそんなことにつかうなんざ、普通の感覚じゃねぇよな。金持ちは頭のネジが飛んでる奴が多すぎる」
金持ち云々は完全に偏見だけど。
僕の予想通り、彼氏は大学病院の医師だったのだ。
「そうだ、犯人が二階から消えたからくり、警察に聞いたんだった」
そう言って多馬崎が語ったのは僕の予想とまったく同じトリックだった。
それはそれとして梨郷が不機嫌MAXに。
「多馬崎さん、それって警察が言ってたの?」
「おうよ」
「……」
唇を尖らせ、カフェオレのストローを弄んでいる。
「どーした? 今居?」
「そのトリック、尚は事件の次の日にはわかってたわよ」
「え?」
多馬崎が驚いて僕を見やった。
「そう、なんか?」
「いや、わかってたっていうか」
あれは妄想を混じえた推測であって、わかっていたわけじゃない。なんでいきなりそんなことを?
「ちょっと、はっきり肯定しなさいよ! どう考えても尚の手柄じゃない」
僕は梨郷の頭に手を置いた。
「何を言ってるんだ、お前は」
「もおっ、普段図太いくせになんで謙虚になってんのよ?」
「謙虚なんて言葉、どこで覚えたんだ?」
「ふざけないでっ」
何が気に入らないのかさっぱり意味不明だ。
「お前ら、本当の兄妹見てぇだな」
そんな風に見えるのか。びっくりだ。
○
今日は珍しく明るいうちに梨郷が帰ったので、店内の掃除をしてから店を出た。
「お先に失礼します」
「お疲れ様」
マスターに見送られ、裏口から出ると、
「!」
喫茶店の入り口のところにスーツの男性が立っていた。暗くて顔はよく見えない。
「こんばんは。ちょっと、いいかい?」
誰だ?
「どちらさまですか?」
「いや、その。あんまり驚かないでくれ」
彼は辺りをキョロキョロと見回しながら、黒っぽい手帳を取り出した。それが縦に開く。
僕は呆然としてしまった。
「警察?」
つまりは警察手帳。
「ここにいるのは、プライベートでね。……私は上道という者だ。先日、君の意見を聞かせてもらったんだが」
「意見……あっ」
もしかしてこいつ、一週間前のサラリーマン二人組の一人か? 多分、若い方。
上道と名乗った男は苦笑を浮かべる。
「これだけは言っておきたくて。ハンバーガーショップでの事件、解決出来たのは君のおかげだ」
なんとなく察した。サラリーマンだと思ってたけど、警察だったのか。
「もしかして、僕の推測を」
「ああ、参考にさせてもらった。被害女性の恋人、つまり犯人の交遊関係を念入りに洗ったら、共犯者の身元もすぐにわかった。盗み聞きみたいになってしまって申し訳ないけど、ありがとう」
上道さんは僕の肩を二、三度叩いて、そのまま夜道へ去って行った。
どうやら、夜中に奇襲をかけられる心配はなかったらしい。




