二階へ続く血痕2
階段には点々と血痕がついていた。先程の男性は確かにここを上って行ったのだろう。
「指の切傷くらいで出る血の量じゃねぇな」
「ああ」
きっと大きな傷だ。血溜まりにはなっていないだけで、大量出血している。服に吸収されてもなお、滴っていて、止血できていないのだ。
「ところで梨郷」
「何よっ」
「引っ張らないでくれ。制服が伸びる」
爪たててるし、凄い力だ。
「べ、別に良いでしょ!?」
小鹿のようにぷるぷると震えながら、見上げてくる梨郷。
「良くないから言ってるんだ。怖いなら一階で待ってろよ。そのうち警察が来るから」
ぶんぶんと首を振る。強情なやつだ。
「滅茶苦茶懐かれてんじゃん」
「いや……そうか? これ」
懐かれているというよりも……。
「おい、あれ」
「ん?」
折り返した階段の途中に、清掃中と書かれた立て看板が立っていた。
「二階、清掃中だったのか?」
「いや、あれはトイレ用だ。でも、掃除は朝と閉店後だけで。なんで出てんだ、これ。」
人払いのため、とか?
「この店、監視カメラってあるのか?」
「ああ、店の入り口とレジカウンターを映してる」
ってことはイートインスペースで何をしていてもわからない、と。
さて、階段を上り切ると、誰もいないイートインスペースが目の前に現れた。血痕は点々と続いていて、正面の窓のそばまで落ちていた。
僕達は走って窓際へ。
ブラインドが下がっていたが、それを畳むと窓は全開だった。
「まさかさっきの客、飛び降りたのか?」
僕は開け放たれた窓から乗り出して地面を見おろす。
通りに面していない側なので下は細い路地だ。
「……あれは」
目を凝らしてみると、何やら衣類が落ちている。
黒っぽい……布? もしかすると、客が着ていた黒い服だろうか。どうやら中身はいないようだが。
見せろとせがむ梨郷を抱っこしつつ、多馬崎にも確認してもらうと、やはり先程の客の服ではないかという結論に至った。
「飛び降りた……ってのか?」
「怪我、してるのに?」
梨郷が眉を寄せて、僕を見上げてきた。
僕は二階を見回した。テーブルやイスが並んでいる以外だと隅っこにトイレがあるくらいか。
「やっぱ警察呼んどいて正解っぽいな。近くでなんかあったらしいから、すぐくんだろ」
「何かって? そういえば、パトカーのサイレンが鳴ってたよな」
「障害事件があったらしいぜ? 刺しただの刺されただの。男女の痴情のもつれってやつなんじゃね?」
「もしかして……それの関係者か巻き込まれた人なの?」
僕は頷いた。
「無関係ではないかもな」
僕はトイレへ視線を向けた。
「ちょっと借りてもいいか?」
「おう」
僕はトイレのドアへ歩み寄った。中へ入ると右側に洗い場と鏡。正面にドアがあって、開けると中に便器がある。二重ドアになっているようだ。
誰もいないし、血痕も落ちていてない。
「何かあるの?」
はっとして振り返ると梨郷が立っていた。
「入ってくるなよ。ここは一人用だ」
「トイレしに来たわけじゃないでしょ?」
「ちょっと気になることがあるだけだ」
「何が気になるの!?」
僕は人指し指を天井へ向けた。
「?」
天井に正方形の切れ目が入っている。いわゆる天井裏への入り口だろう。人一人入るくらい余裕そうだ。
「あれが、なんなの?」
「どこに繋がってるかわからないけど、ここから逃げることも出来るだろうなと思ってな」
「でも、血、落ちてないわよ? 怪我してて、そんなこと出来る?」
「……ここまで来たら、ちょっと手伝え。肩車するから」
「あの蓋を外すってことね?」
そうして僕達はトイレ天井にある蓋を調べた。梨郷の力でも簡単に開いた。天井裏には人が入って行ける空間が広がっていた。余程太ってなければ登れるだろう。しかし血痕の痕跡はない。
もし拭き取ったなら、警察が調べればわかるだろうが。
早々に切り上げてトイレの外へ出ると、すでに警察が来ていて、多馬崎が話を聞かれていた。
「君達もちょっと良いかい?」
声をかけてきたのはスーツの中年男性。恐らく、彼も警察だろう。
そこまで深く関わっているわけではないので、事情聴取ではないんだろうけど。梨郷が不安そうに僕にしがみついた。