8-(4)
良くなったり悪くなったりを繰り返す体調。
そんな体と、日々戦う私ではあったけれど。
新堂の態度が、やや軟化して来た事にはほっとしていた。
理由は全くもって不明。
彼の中で一体、何が起きたというの?
まあ何だっていい!少しでも患者に寄り添える医者になってくれたなら。
今日は体調も良く、久しぶりに中里さんの研究所に足を運んでみる事にした。
医学部時代の同級生(!)であるという彼ならば、新堂について、何か知っているかもしれないから。
通い慣れたルートで研究所に向かい、到着する。
「こんにちは」
私の姿を見た中里さんは、なぜかとても驚いた顔をした。
「朝霧…。何しに来た?」
「何しにって、随分冷たいのね。来ちゃいけなかった?」
「ああ。その通りだ。もうお前は使わない」
仕事の申し込みに来た訳ではなかったが、こんな言い草に少々イラ立つ。
「何よ!まだあの事気にしてる?あの治験が上手く行かなかったのは、私のせいじゃないでしょ!」
「その件は関係ない。個人的な理由だ」
「何よそれ」
「新堂との交換条件でな。助ける代わりに、二度とお前と関わるなと言われたのさ」
「助ける代わり?あの人、…お金を請求しなかったって事?」
この問いに中里さんが頷く。
信じられない!それに、私と中里さんの関係を絶ちたい理由って何?
「そう言う訳だから、悪いんだが、もうここへは来るな」
「…仕事の話じゃなくても?」
中里さんは私を見つめて、何か言おうとしたが、すぐに口をつぐんだ。
しばらくして、背を向けると言った。
「俺達に仕事の話以外、何かあるか?」
この言葉には、何だか悲しくなった。本心、なのだろうか、と。
新堂の事をいろいろ聞き出してやろうと思って来たのに…。
どうでも良くなった。
「それじゃ、最後に一つだけ。そのアメ、一個ちょうだい!」
・・・
二学期も終わり冬休みに入った。
そんな年明け早々の、どんよりとした寒い日の事。
突然、神崎さんに呼び出された。
「そんな偶然、いくらでもあるじゃない!」
神崎商事の社長室にて、やや声のトーンを上げて訴える。
ひと月ほど前。
中里さんを救出した際、私は義男の右手の甲に傷を負わせた。
あの日。
神崎さんの父親も、全く同じ箇所にケガをしていたというのだ。
「否定しないって事は、やっぱりお前がやったんだな」
あの傷が、拳銃によるものだと気づいている様子。
ここで頷けば、私が銃を撃った事がバレてしまう。
この期に及んで、どう答えるべきか迷っていた。
私が倒れたあの日、彼はすでに、私のコルトを見つけてしまったかもしれないのに。
「…済まん、ユイ。隠していて悪かった。大垣が、全て調べたんだ」
神崎さんが唐突に謝罪して来た。
「え?」
それは、私の悪事が全て知られてしまったという事だろうか?
心臓が止まりそうになる。
呼吸をするのも忘れて、彼の顔を凝視した。
「全て…、って?」
しかし、次に耳に飛び込んで来た言葉は、予想外の内容だった。
「俺とお前は、異母兄妹だ」
「は?…また、バカにするつもり!そんな冗談言って」
彼は静かに首を横に振るだけ。
「…私の、兄?あなたが?」
目の前の男を改めて見つめる。自分とは似ても似つかない顔立ち。
それに義男とも全然似ていない。
神崎さんも私を見つめている。何も言い返して来ない。
けれど、不思議にも私は、この衝撃の発言を受け入れつつあった。
「始めから気づいてて、私に近づいたの?」
未成年ながら、勢いでウイスキーをがぶ飲みして悪酔いしたあの夜。
自分から神崎さんをベッドに押し倒した。
その相手が腹違いとは言え、兄だったとは…。
「だから私に、何もしなかったのね…」
恐らくそうだと思う。彼は私に、一度も手を出していない。
神崎さんは何も答えてくれなかった。つまりイエス、という事だ。
何かあるとは思っていた。全くの他人に、何千万も貸してくれる訳がない。
どうして気がつかなかったんだろう…。
コルトの件などすっかり忘れて、いても立ってもいられずに思わず立ち上がる。
そしてすぐに、慎重に呼吸するよう心がけた。
ここで呼吸困難にでもなって、神崎さんを困らせる訳には行かない。
「ユイ…?」神崎さんが心配そうに、立ち上がった私を見上げる。
あえて彼を見ずに、独り言のように言った。
「でも私、すでに朝霧義男とは親子の縁、切ってるのよね~!」
もちろん正式にではない。
そして彼の目を見て続ける。
「だから。残念だけど、あなたとも兄妹じゃないみたい」
「ちなみにだが、俺の親父は、神崎啓造という名だ」
神崎さんは私の言葉に答えずに言った。
「え…、二人の人間に成りすましているっていうの?」戸籍が二つあるという事か。
「親父は、たまにしか家には帰って来ない。一人二役も出来ない事はない」
そして彼が、遠くを見て言った。
「俺は子供の頃に母親から引き離された。今のは継母だ」
出会った頃に言っていた、母親が殺されたと言う話を思い出す。
つまり、あの男に殺されたという意味になる。
「あの男!どこまでも憎々しいヤツだわ…」と拳を握る私に反して、神崎さんは意外にも冷静だった。
「なあ、ユイ」私を真っ直ぐに見て、彼が名を呼ぶ。
「はい?」
「俺はこれからも、今までと変わらず、ユイとの交友関係を保ちたいと思っているんだが…」
少し躊躇ったが、すぐに笑顔で答えた。
「もちろんよ、神崎さん」
例え異母兄妹だとしても、それが嫌いになる理由になんかならない。
「良かった」
神崎さんが私を引き寄せて、優しく髪を撫でてくれた。
「俺には、心を許せる人間はいなかった」
ふいに、彼が語り出した。
気づかぬところで、いろんな人達に見守られているのです。




