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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
38/215

8-(4)

 良くなったり悪くなったりを繰り返す体調。


 そんな体と、日々戦う私ではあったけれど。


 新堂の態度が、やや軟化して来た事にはほっとしていた。

 理由は全くもって不明。


 彼の中で一体、何が起きたというの?


 まあ何だっていい!少しでも患者に寄り添える医者になってくれたなら。


 今日は体調も良く、久しぶりに中里さんの研究所に足を運んでみる事にした。

 医学部時代の同級生(!)であるという彼ならば、新堂について、何か知っているかもしれないから。


 通い慣れたルートで研究所に向かい、到着する。


「こんにちは」


 私の姿を見た中里さんは、なぜかとても驚いた顔をした。

「朝霧…。何しに来た?」


「何しにって、随分冷たいのね。来ちゃいけなかった?」

「ああ。その通りだ。もうお前は使わない」


 仕事の申し込みに来た訳ではなかったが、こんな言い草に少々イラ立つ。


「何よ!まだあの事気にしてる?あの治験が上手く行かなかったのは、私のせいじゃないでしょ!」

「その件は関係ない。個人的な理由だ」


「何よそれ」

「新堂との交換条件でな。助ける代わりに、二度とお前と関わるなと言われたのさ」


「助ける代わり?あの人、…お金を請求しなかったって事?」

 この問いに中里さんが頷く。


 信じられない!それに、私と中里さんの関係を絶ちたい理由って何?


「そう言う訳だから、悪いんだが、もうここへは来るな」

「…仕事の話じゃなくても?」


 中里さんは私を見つめて、何か言おうとしたが、すぐに口をつぐんだ。


 しばらくして、背を向けると言った。

「俺達に仕事の話以外、何かあるか?」


 この言葉には、何だか悲しくなった。本心、なのだろうか、と。


 新堂の事をいろいろ聞き出してやろうと思って来たのに…。

 どうでも良くなった。


「それじゃ、最後に一つだけ。そのアメ、一個ちょうだい!」


・・・


 二学期も終わり冬休みに入った。

 そんな年明け早々の、どんよりとした寒い日の事。


 突然、神崎さんに呼び出された。


「そんな偶然、いくらでもあるじゃない!」

 神崎商事の社長室にて、やや声のトーンを上げて訴える。


 ひと月ほど前。

 中里さんを救出した際、私は義男の右手の甲に傷を負わせた。


 あの日。

 神崎さんの父親も、全く同じ箇所にケガをしていたというのだ。


「否定しないって事は、やっぱりお前がやったんだな」


 あの傷が、拳銃によるものだと気づいている様子。

 ここで頷けば、私が銃を撃った事がバレてしまう。


 この期に及んで、どう答えるべきか迷っていた。


 私が倒れたあの日、彼はすでに、私のコルトを見つけてしまったかもしれないのに。


「…済まん、ユイ。隠していて悪かった。大垣が、全て調べたんだ」

 神崎さんが唐突に謝罪して来た。


「え?」


 それは、私の悪事が全て知られてしまったという事だろうか?

 心臓が止まりそうになる。


 呼吸をするのも忘れて、彼の顔を凝視した。

「全て…、って?」


 しかし、次に耳に飛び込んで来た言葉は、予想外の内容だった。


「俺とお前は、異母兄妹だ」


「は?…また、バカにするつもり!そんな冗談言って」

 彼は静かに首を横に振るだけ。


「…私の、兄?あなたが?」


 目の前の男を改めて見つめる。自分とは似ても似つかない顔立ち。

 それに義男とも全然似ていない。


 神崎さんも私を見つめている。何も言い返して来ない。


 けれど、不思議にも私は、この衝撃の発言を受け入れつつあった。

「始めから気づいてて、私に近づいたの?」


 未成年ながら、勢いでウイスキーをがぶ飲みして悪酔いしたあの夜。

 自分から神崎さんをベッドに押し倒した。


 その相手が腹違いとは言え、兄だったとは…。


「だから私に、何もしなかったのね…」

 恐らくそうだと思う。彼は私に、一度も手を出していない。


 神崎さんは何も答えてくれなかった。つまりイエス、という事だ。


 何かあるとは思っていた。全くの他人に、何千万も貸してくれる訳がない。

 どうして気がつかなかったんだろう…。


 コルトの件などすっかり忘れて、いても立ってもいられずに思わず立ち上がる。


 そしてすぐに、慎重に呼吸するよう心がけた。

 ここで呼吸困難にでもなって、神崎さんを困らせる訳には行かない。


「ユイ…?」神崎さんが心配そうに、立ち上がった私を見上げる。


 あえて彼を見ずに、独り言のように言った。

 「でも私、すでに朝霧義男とは親子の縁、切ってるのよね~!」


 もちろん正式にではない。


 そして彼の目を見て続ける。

「だから。残念だけど、あなたとも兄妹じゃないみたい」


「ちなみにだが、俺の親父は、神崎啓造という名だ」

 神崎さんは私の言葉に答えずに言った。


「え…、二人の人間に成りすましているっていうの?」戸籍が二つあるという事か。

「親父は、たまにしか家には帰って来ない。一人二役も出来ない事はない」


 そして彼が、遠くを見て言った。

「俺は子供の頃に母親から引き離された。今のは継母だ」


 出会った頃に言っていた、母親が殺されたと言う話を思い出す。


 つまり、あの男に殺されたという意味になる。


「あの男!どこまでも憎々しいヤツだわ…」と拳を握る私に反して、神崎さんは意外にも冷静だった。

「なあ、ユイ」私を真っ直ぐに見て、彼が名を呼ぶ。

「はい?」


「俺はこれからも、今までと変わらず、ユイとの交友関係を保ちたいと思っているんだが…」


 少し躊躇ったが、すぐに笑顔で答えた。

「もちろんよ、神崎さん」


 例え異母兄妹だとしても、それが嫌いになる理由になんかならない。


「良かった」

 神崎さんが私を引き寄せて、優しく髪を撫でてくれた。


「俺には、心を許せる人間はいなかった」


 ふいに、彼が語り出した。



気づかぬところで、いろんな人達に見守られているのです。

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