再会
精華学院の高等部に進んだ私は、大学は上野の東京音楽学校(今の芸大)と決めていた。卒業したら、ウィーンかパリに留学するつもりだった。
新しい屋敷の奥深く、私だけの庭の付いた別館で、誰にも邪魔されず、本を読んだり、蓄音機から流れる音楽を聴いたりして過ごした。そこは、私のお城だった。
新しくあつらえた、白いレエスのドレスには、きっと真珠が似合うわね。白いパラソルと薔薇のコサージュのついたつば広の帽子も欲しいわ。
そんなことを考えて、ヴォーグのペイジをめくっていると、トントンとガラスをたたく音がした。
顔をあげると、見慣れぬ青年が庭からガラス越しに部屋をのぞいている。私はむっとして言った。
「誰よ!ここは誰も入って来ないでって、あれほど言ったのに………。」
「ごあいさつだな。おまえが、この庭の世話をしろって言ったんじゃねえか。」
声変わりした低い声。こんな声知らない。太い腕。がっしりとして大柄な身体も。………知らない。
でも、私にこんなぶっきらぼうに、話しかける人は、たった一人だ。
「あなたなの?鎌倉のお屋敷の庭で一緒に遊んだ………のは、あなたなの?」
「ああ。おまえ…大きくなったな。最初、わかんなかったぜ。きれいになっちまったから。」
きれい………私が?
そんな言葉は、聞き慣れているはずなのに、どうしてだか、初めて聞いた言葉のように、私の頬を赤くした。
動悸もする。おかしいわ………。
ずっとずっと、会いたかったあの子が目の前にいるのに、どうして…私は、また会えてうれしい、また一緒にいれるねって言えないんだろう。
私がうつむいて黙ってるので、彼は誤解した。
「懐かしいから、顔を見たかっただけだ。明日っから話しかけない。おまえは、この家の立派な跡取りのお嬢さんだってのに、使用人が馴れ馴れしい口きいて悪かったな。」
大変!このまま行かせたら、彼はもう口をきいてくれなくなるわ!
「待ってよ!あなたが大きくなっちゃって、とまどってただけなの。だって、あなた、昔とは何もかも違っちゃってるんですもの。」
「そりゃ、おまえだろ。背が高くなって髪がのびて、異人みたいだ。」
「異人みたいって、言われると傷つくわ。学院で、さんざん言われたもの。」
「ほめたんだぜ。昔もそう思ってた。おまえは自分の髪がやだって、ひっつめて帽子かぶってたけど、きれいな髪なのに、もったいねえと思ってた。そんなふうに、おろしてた方がいいぜ。」
また…私の鼓動は早くなる。頬が熱い。でも、だまっちゃだめ!話続けないと、この人また誤解するわ………。
「あ………あのね………その………庭に………庭にどんなバラを植えたの?」
「さあな。咲いてからのお楽しみだ。おまえの部屋の真ん前には、珍しい品種のを植えたからな。咲くの、楽しみにしてな。じゃ、オレ、仕事にもどらねえと。」
そう言って、彼は去っていった。
久しぶりの再会なのに。
なんだか、さんざんだった。
開口一番が「誰よ!」だもの………。
長く離れていすぎて、昔みたいに、腕を広げて走って行って、身体ごとぶつかるみたいなことは、もうできないわ。
会えば、また、そんなふうに仲良しになれると思ってたのに………。
顔は赤くなるし、動悸はするし、こんなに緊張したのって、生まれて初めてよ。
どうしてよ?あの子に会えて、すごくうれしいのに。どうして昔みたいに、話せないのよ。
こんなことで悲しくなり、泣いた。
なんだか変だ。私は………どうしちゃったんだろう。
終戦の一年後生まれたヒロインが、今、高等部だから、16歳とすると、昭和30年代半ばって、とこでしょうか。なにしろ、数字を見ると気が遠くなるのです………。