もうすぐ会える
私の演奏を聴きたがる顧客のために、商談はいつも、有利に進み、おじいさまの事業は急成長を遂げた。
空襲で焼けてしまった、品川のお母様のご実家跡に、新しい屋敷を建てるつもりだと言われたとき、私はおじいさまにおねだりした。
「大きな中庭のある、スペイン風のお家に住みたいわ。私の部屋は屋敷の一番奥に別館として建ててくださる?
誰にも邪魔されたくないの。一階には、大きなフランス窓と広いコンサバトリーがついたお部屋。
中庭も外庭にも、バラをたくさん植えたいわ。そして、あの子を新しい屋敷の庭師に雇ってくださる?私のバラを世話させたいの。」
私の希望は、すべて叶えられた。なにしろ、ここまで急激に事業が成長したのは、私によるところが大きかったから。
私は十分、それを知っていて、もう以前のように、おじいさまを恐れてはいなかった。
私が、たった一言「弾きたくないの。」と言っただけで、おじいさまは窮地に立たされるのだ。
私は時々、それをやった。
この屋敷で自由に泣くことも、たった一人の友達も許されなかった無力な私は、もういない。
そのことを、おじいさまに知らしめるために。
どれだけ、大きな声で怒鳴られようと、打擲されようと、弾かないと言ったら弾かなかった。
スペイン風のお屋敷は、おばあさまが、憧れていらした。
おばあさまは、お若い頃、アルハンブラ宮殿を見て以来、スペイン風の建物が大好きだった。あんな、風の吹き抜ける明るい屋敷に住みたいわって、おっしゃってた。
たくさんのバラに憧れていたのは、お母様。西洋の油絵に出てくるバラに憧れていらした。バラをたくさん植えて、描いてみたいとおっしゃっていた。
大きなフランス窓とイギリス風のコンサバトリー付きのお部屋に憧れてたのは私。
家に来てた、イギリス出身の青年将校が、ロンドン郊外の自分の家の話をしてくれて、とても素敵だったから。
そして、一番大事なのはこれ。
あの子を新しい屋敷の庭師に雇い、バラの世話をさせること。
私の部屋を屋敷の一番奥の別館と指定したのは、すべて、人に邪魔されず、彼に会うため。
私の部屋の前は、使用人は立ち入り禁止にして、庭師の彼だけを立ち入らせる。
以前のように、仲が良すぎると、言われて引き離されたりしたくなかった。
おじいさまは、私が、あの子にまだ関心があることを、快くは思ってないようだったけど、仕方なく承知した。
おじいさまの顧客はすべて、私の言うなりで、今や私は財閥の当主のおじいさまよりも、力を持ち、小さな女帝として君臨していたから。
精華学院の中等部を卒業するころ、新しい屋敷は出来て、私たちはそちらへ移った。
スペイン風の新しい屋敷は、風が通り抜ける明るい造り。薔薇に埋もれる庭。壁をつたう、つるバラが生長すれば、屋敷全体がバラに埋もれるだろう。
私の想像通り、それ以上の出来栄えだった。
屋敷の奥の別館の私の部屋には、大きな白いフランス窓が、庭に通じて、中庭に張り出したコンサバトリーからは部屋にいながらにして、緑に包まれる。
大きなミモザにライラック。もう少ししたら、バラの株には、蕾がつく。
もうすぐ、あの子に会える。
また一緒に、遊べるのよ……。
モンテカルロ編もぼちぼち更新していきます。
コンサバトリーとは、サンルームみたいな、天井がガラス張りになってる温室みたいな場所です。




