ささやかな復讐
鎌倉の屋敷の客間は、私の演奏を待ち焦がれる高級将校たちのたまり場になった。
私は、たくさんの賞賛の言葉。たくさんの高価な贈り物や花束に囲まれ小さな女王様のように、ふるまっていた。
「今日は、あなたのために弾いてあげるわ。こないだプレゼントしてくれた碧玉の髪飾り。とても、気に入ったから。」
ふたまわりもみまわりも年上の進駐軍の将校相手に、こんな口をきいていた。
私の英語は、英国貴族社会に長くいた白洲のおじさま仕込みの、上流階級の英語。アメリカ育ちのヤンキー訛りの将校は、それだけで、私に対して敬意を表する。
加えて、私はオーストリア・ハンガリー帝国の貴族の曽祖父の血をひいている。オーストリア・ハンガリー帝国の貴族。すなわちヨーロッパ全土を支配した貴族の中の貴族、ハプスブルク家の血をひいていることになる。
爵位や貴族に大きなコンプレックスを持つアメリカの上流階級出身の高級将校たちを圧倒し凌駕するには、十分なカードが揃っていた。
音楽を奏でる、私の美しく貴い指にと、飴玉のような紅玉の指輪。
虹色に輝くプレシャスオパールを何重にもつないだ豪奢な首飾り。
何をしても許され、私の言葉を待ちわびて、ひざまずかんばかりの大人の男たち。戦時中は、何百人もの部下を率いて、日本を攻めた男たち。今や、敗戦国の一人の少女に、征服され、貢ぎ物を捧げる。
水蜜桃の色の肌を、西洋風の絹のドレスと、金剛石と真珠が飾る。
ずっと人から嫌われ続けた私の髪。今は黄金とサファイヤとエメラルドで、飾られる。
私は美しい。そのことに気づいてから、私を迫害するものはいなくなった。
学院でも、私は髪をおさげになんかしない。明るい栗色の髪は、自然に波うつままにして、腰までたらす。
太陽を背にすれば、光をふくんで金色に輝く。
あれほど、醜い混血児、アイノコとさげすんだものたちが、今は私に気に入られようと先を争って近づく。
先生方とて、同じこと。かつては、この髪の色のために、入学を拒否された私。
上品なクラスメイトは、笑顔で、私にはごきげんようと言い、影では、赤い髪の鬼の子とののしった。
青みがかって、白すぎる肌は、肺病やみのしるしだから、近づかない方がいいと、陰口をきかれた。
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でも、私は、美しさを、見せつけることで、復讐を果たした。学院で、私は崇拝され、内親王さえとりまきの一人だ。
午後の光が差し込む音楽室で、ピアノを弾く。
風に揺れ、光に透ける髪は、天使の羽とうたわれた。
中等部からも高等部からも、男子生徒からも女子生徒からも、つけぶみや贈り物が、毎日届き、運転手が屋敷へ持ち帰る。
私は、暖炉にひとつひとつ、それらをくべた。
火の中で、それらは一瞬輝き、私の目を楽しませた。こんなささやかな復讐なら、許されるだろう。彼らが私にした仕打ちに比べたら、はるかにましだ。