第8話 ピボットと限界突破
安宿の空気は凍りついていた。
ノートPCに映る街のマップ。その中央で、28件目のドットだけが赤く点滅している。
生存デッドラインまで残り13日。だが今、俺たちに残された猶予は13日じゃない。あと数分だった。
【レイ(CTO)】
「(キーボードを叩く手が激しくブレる)……だめだ、東区画の路地は完全に封鎖されてる。シャノの水晶板のGPS、完全に包囲網の真ん中……! 騎士たちの重装鎧の魔力障壁で、パケット通信もジャミング(妨害)されかけてる!」
安宿の画面に映る28件目のドットは、真っ赤に点滅したまま微動だにしない。
一刻の猶予もなかった。ここでシャノが捕まり、荷物が差し押さえられれば、御堂先輩との約束は即座に破綻。ネクサスフラットは初日で倒産する。
【創真(CEO)】
「(地図を睨みつけ、脳細胞をフル回転させる)……氷華! 近隣にいる別の配達員のドットは何個ある!?」
【氷華(CFO)】
「(即座に端末をタップし)周辺に4人! でも、重装騎士相手に猫人族のナイフじゃ物理的に勝ち目はないわよ!?」
【創真(CEO)】
「戦うんじゃない、ビジネスの基本は『リソースの分散』だ! レイ、周辺の4人の水晶板に、即座に『デコイ(囮)ミッション』を発行しろ! 報酬は氷華の言った緊急ボーナスから、1件につき2,000ゴールド即金だ!」
【レイ(CTO)
「(ニヤリと笑い、コードを走らせる)……了解。マッチングアルゴリズムを一時的に書き換え。……囮ルート、4プラン同時デプロイ!」
◇
東区画の薄暗い路地裏。
背中に薬の木箱を背負ったシャノは、行く手を阻む3人の巨漢騎士たちを前に、じりじりと後退していた。
「おい、小娘。商業ギルドの許可なく、下層の違法な魔力札で荷物を運んでいるな? 荷物と、その腕の水晶板を置いて大人しく縛られろ」
重厚な鉄の鎧を響かせ、大剣を抜く騎士たち。シャノの腕の水晶板は、ジャミングのせいでノイズが走り、警告アラートを鳴らし続けている。
(……ここまで、なのかな。せっかく、お腹いっぱいご飯が食べられると思ったのに……)
シャノが諦めかけた、その瞬間だった。
シュババババッ!
「ニャははは! 騎士の旦那がた、こっちの荷物はお呼びじゃないのかい!?」
「こっちの水晶板も、いい魔力が出てるニャよー!」
頭上のキャットウォークや、背後のゴミ箱の陰から、別の猫人族の配達員4人が突如として飛び出してきた。彼らの腕には、激しく青い光を放つ水晶板。そして背中には、シャノと全く同じ形の「ダミーの木箱」が背負われていた。
「なっ……!? 密輸人が増えただと!? 追え! 1人でも逃がすな!」
突然のマルチプロトコル(複数同時発生)に、騎士たちの包囲網がガタガタと崩れる。
重い鎧を着た騎士たちが、一斉に散らばった4人の囮へと視線を奪われたその隙を見逃さず、シャノの水晶板がパッと鮮やかな緑色に復旧した。
『直進。3メートル先の排水溝を滑り込め。上層ルートが開通した』
脳内に直接響く、創真たちの指示。
【シャノ(配達員)】
「……みんな、ありがとう……! いけぇぇぇ!」
シャノは鋭い跳躍で騎士の頭上を飛び越えると、指示通りに狭い排水溝へ滑り込み、迷路のような下水道を全速力で駆け抜けた。
◇
ピコーン――!
安宿のノートPCから、待ち望んだ電子音が響き渡る。
【レイ(CTO)】
「(デスクを激しく叩いて立ち上がる)……第28件目、診療所への配送完了! シャノ、およびデコイ4名、全員無傷でエリア離脱を確認!」
【氷華(CFO)】
「(電卓を叩きながら、不敵に微笑む)……同時に、囮を追いかけた騎士たちの目を盗んで、別ルートに回していた29件目と30件目のマッチングも、たった今『配送完了』したわ」
画面のカウンターが、静かに、しかし決定的な数字を刻んだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【バステト(Bastet)ダッシュボード】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・本日の総配送件数:30 / 30 件(目標達成率:100%)
・未完了・遅延・紛失:0件
・本日獲得粗利:3,500 Gold
・残キャッシュ:53,500 Gold(危険水域)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
手元の資金は5万ゴールド強まで減り、まさに文字通りの極限状態。だが、画面に並ぶ数字は、商業ギルドの物理的な暴力をテクノロジーでハックし、完全に「市場が俺たちを求めている(PMF)」という揺るぎない事実を証明していた。
【創真(CEO)】
「(バッと上着を引っ掴み、入り口のドアへ向かう)……手元資金はショート寸前、だけどトラクションは完璧だ。氷華、レイ、PCと水晶板を持ってこい」
創真の目が、完全に獲物を仕留める起業家のそれに変わる。
【創真(CEO)】
「約束の時間は過ぎてない。伝説のエンジェル投資家に、俺たちの『本物の数字』を突きつけにいくぞ!」
(第8話・了)




