第10話 Growth Hack(グロース・ハック)
2,000万ゴールドの着金から、わずか48時間。
ネクサスフラットの拠点であるボロ拠点は、もはや怪しいベンチャーのそれではなく、不眠不休の『戦時司令部』と化していた。
部屋の中心には、レイが徹夜で組み上げた特大の魔導スクリーンが鎮座し、王都全体の地図がリアルタイムで明滅している。
【氷華(CFO)】
「――2,000万ゴールドの予算配分は完了したわ。500万をレイのサーバー増強とデータ予測アルゴリズムのアップデートに。そして……残りの1,500万ゴールドは、すべて『これ』にブチ込む」
氷華が手元の水晶板を叩くと、画面に信じられない数字のキャンペーン仕様書が踊った。
【創真(CEO)】
「『初回配送無料、さらに遅延した場合は全額ギルドコインでキャッシュバック』……。完全にイカれたバーンレート(資金燃焼率)だな、氷華」
【氷華(CFO)】
「守りに入ったら御堂さんの2,000万はただの延命資金で終わる。これは『ブリッツスケーリング(電撃拡大)』よ。商業ギルドが私たちの存在に気づき、法規制や嫌がらせで完全に包囲網を敷く前に、ユーザーの認知と習慣を100%ネクサスフラットで独占する。13日後のシリーズAまでに、1日の配送件数を現在の43件から、一気に『3,000件』まで跳ね上げるわ」
3,000件。現在の約70倍の数字だ。
普通の馬車便なら、数カ月の準備と何百頭もの馬が必要になる。だが、俺たちにはプラットフォームがある。
【レイ(CTO)】
「……可能。昨日、配送アルゴリズムを『Ver 2.1(通称:ハウンド)』に書き換えた。……路地裏の騎士の巡回ルート、天候による路面状況、さらにスラムの浮浪児たちの『徒歩配送』の最適化ルートを完全に学習させた。……注文からマッチングまで、わずか0.4秒」
【創真(CEO)】
「よし。軍資金はある、システムもある。あとは……泥臭い供給側の確保だ。俺は下層ギルドの連中をまとめてくる!」
その日の午後。創真は王都の最下層、配送馬車すら入らない「迷宮街」の酒場にいた。
集まったのは、日雇いの運び屋や、商業ギルドに法外な手数料を抜かれて干されていた個人馬車の御者たち、総勢100人以上。
彼らは一様に、新参の若いCEOを疑いの目で見つめていた。
【大柄な御者】
「おいおい、商業ギルドに黙って荷物を運べだって? バレたら俺たちはこの街で生きていけねえ。たった5万ゴールドの資本金で始めたガキの会社が、俺たちの命を保証できんのかよ」
酒場に冷たい沈黙が流れる。
だが、創真は一歩前に踏み出すと、懐から取り出した純金製の魔導カードを、思い切りテーブルに叩きつけた。
キィィィン! と、純度の高い魔導金の音が響き渡る。
【創真(CEO)】
「元手5万? ――それは一昨日の話だ」
カードからホログラムが展開され、ネクサスフラットの口座残高が空間に投影される。
【CURRENT BALANCE: 19,850,000 GOLD】
「なっ……!! 2千万ゴールドだと!?」
「バカな、どこからそんな大金を……!」
荒くれ者たちの目が、一瞬でひっくり返る。スタートアップにとって、キャッシュ(現金)こそが最強の信用だ。
【創真(CEO)】
「伝説の投資家、御堂先輩が俺たちの数字に惚れて投資した2,000万ゴールドだ! 商業ギルドはあんたたちから40%の手数料を毟り取るが、ネクサスフラットは10%しか取らない。しかも、今日から3日間、配送1件ごとに200ゴールドの『特別ボーナス(インセンティブ)』を全額前払いで支給する!」
創真は酒場全体を見回し、牙を剥くように不敵に笑った。
【創真(CEO)】
「ギルドの顔色を伺って、一生安いマメを食うか。それとも俺たちのプラットフォームに乗って、1週間で1年分の金を稼ぐか。――どっちがいい?」
「う、おおおおおお!!」
酒場が割れんばかりの歓声に包まれる。下層の物流プレイヤーたちが、一瞬でネクサスフラットの「兵隊」へと変わった瞬間だった。
作戦は、爆発的な効果を生んだ。
「配送無料」と「超高速」の噂は、王都の商人や一般市民の間であっという間にバイラル(口コミ)で広がった。
レイのダッシュボードのカウンターが、狂ったように回転を始める。
【300 件】……【800 件】……【1,500 件】……!
迷宮街の浮浪児たちが、路地裏を縫うように最速で書類を届け、個人馬車が商業ギルドの検問をハックして大荷物を運ぶ。王都の動脈が、完全にネクサスフラットのシステムによって書き換えられていく。
だが、急激すぎる成長は、眠れる巨獣を完全に目覚めさせた。
調達から5日目の夜。
オフィスの扉が乱暴に蹴り開けられた。
入ってきたのは、全身を純白の甲冑で包んだ、商業ギルド直属の『物流監査騎士団』。その先頭に立つのは、冷徹なギルド幹部・バルトロメウスだった。
【バルトロメウス】
「――そこまでだ、ネクサスフラットの有象無象ども」
バルトロメウスは羊皮紙の令状を突きつけ、冷酷に言い放つ。
【バルトロメウス】
「王都物流統括令・第14条。ギルドの認可を受けない未登録の魔法媒介および個人による有償配送行為を、全面禁止とする。本日をもって、貴殿らのサーバー水晶および配送資産をすべて差し押さえる。……抵抗すれば、密輸罪で即座に投獄だ」
背後の騎士たちが、一斉に剣を抜く。
ダッシュボードの数字は【2,450件】。目標の3,000件まであと一歩のところで、既存権益の容赦ない「法規制」が突き刺さった。
画面の向こうで、レイの手がピタリと止まる。氷華の顔から血の気が引いていく。
だが、創真だけは、PCの画面を見つめたまま、低く笑った。
【創真(CEO)】
「(バルトロメウスをゆっくりと振り返り)……待ってたぜ、商業ギルド。2,000万ゴールド持った俺たちが、なんのリーガル対策もせずに突っ走るわけないだろう?」
創真の手元で、通信水晶が怪しく光る。
その通信の相手は――ギルドの法規制すら想定内として動いていた、あの男だった。
(第10話・了)
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【現在のネクサスフラット・ステータス】
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・手元資金:12,400,000 Gold(激しいバーン中)
・現在のトラクション:2,450 件 / 日
・生存デッドライン:残り8日
・迫り来る脅威:商業ギルドによる「全面営業停止命令」
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