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第九章「朝から決闘を申し込まれたので断ったら追いかけられた」

 ガリオンの朝は早かった。

 市場が開く前から商人たちが準備を始め、大通りには荷車が行き交い、どこかで鶏が鳴いている。エルミナ村とは比べ物にならない喧騒だったが、ユーダは少しずつ街の賑やかさに慣れてきていた。

 宿を出て、次の目的地へ向けて歩き始めた朝のことだった。

「あんた」

 声が来た。

 振り返ると、少年が立っていた。

 年齢はユーダと同じくらい、十六か十七。茶色の短髪、鋭い目つき。腰に剣を帯びている。背は高く、体格もいい。旅装束からして、冒険者か何かだろう。

 少年はユーダの右頬を見て、それから顔全体を見て、また右頬を見た。

「顔から剣生えてるな」

「生えてる」

「本物か?」

「本物」

「触っていいか」

「ダメ」

 少年は少し考えてから言った。

「俺と勝負しろ」

「なんで?」

「聖剣と戦ってみたい」

「俺は聖剣じゃなくて人間なんだけど」

「聖剣が宿った人間と戦いたい」

「宿ってるんじゃなくて刺さってるんだけど」

 少年は首を傾けた。

「刺さってる?」

「事故で」

「……意味が分からないが、とにかく勝負しろ」

「断る」

 ユーダはそのまま歩き出した。

 少年がついてきた。

「なんでついてくるの」

「勝負するまでついていく」

「迷惑です」

「強い奴と戦いたいんだ」

「俺が強いとは言ってない」

「聖剣の保持者なら強いだろ」

「俺の強さと聖剣は関係ない」

「関係あるだろ」

「ないない」

 少年はなおもついてきた。

 レイナが振り返って少年を見た。

「お前、名前は」

「カイ。冒険者だ。あんたは?」

「レイナ。この人の同行者だ」

「同行者か。強そうだな」

「強い」

「俺と勝負するか」

「必要ない」

「なんで」

「あなたと戦う理由がない」

 カイはレイナを見て、ユーダを見て、また右頬を見た。

「……あんた、その剣、重くないか」

 ユーダは少し驚いた。

「……重くはないけど、邪魔」

「邪魔か」

「うん。寝るとき枕に当たる」

「それは大変だな」

「でしょ」

 カイは少し表情を緩めた。

「……俺、別に悪い奴じゃないぞ」

「知ってる。ただ勝負は断る」

「なんでだよ」

「今は旅の途中で、無駄な体力は使いたくない」

「無駄じゃない。俺は本気だ」

「本気でも今は無理」

 カイはしばらく黙ってついてきた。

 ミルフィが小声でユーダに言った。

「放っておいたら勝手にいなくなりますかね」

「いなくなりそうな雰囲気じゃないんだよな」

「ですね」

 ガルドがカイに声をかけた。

「カイくん、聖剣を見たことがあるか?」

「ないけど。なんで?」

「近くで見るか?」とガルドがユーダの頬を指した。

「ガルド、勝手に見せないで」

「聖剣の素晴らしさを広めるのも信仰者の務めで——」

「務めじゃない!」

 カイがユーダの右頬を、まじまじと見た。

「……これが聖剣だったか」

「柄の部分だけね」

「抜いたら剣になるのか」

「全部の遺跡を回れば抜けるらしい」

「へえ」

 カイは少し考えてから言った。

「じゃあ遺跡まで同行する」

「なんで?」

「遺跡に強い魔物がいるなら、俺が役に立てる」

「役に立つって言い方に変わった」

「さっきとは別の理由だ」

 グリムがぼそりと言った。

「戦いたいだけだろ」

「……まあ、そうだが」

「正直なのは嫌いじゃない」

「グリム、そいつを褒めないで」

 ユーダは溜め息をついた。カイを見た。鋭い目つきだが、嘘をついている顔ではなかった。

「……遺跡まで、だけだよ」

「分かった」

「それ以降はついてくるな」

「分かった」

 カイは素直に頷いた。

 ミルフィが手帳を開いた。

「一時的な同行者、記録しておきます」

「研究対象にしないで」

「カイさんも聖剣への反応を見せてくれると助かるんですが」

「俺への反応は?」

「おまけで」

「おまけ!!」


 街を出て、次の遺跡へ向かう道中。

 カイはユーダの隣を歩きながら、ぽつりぽつりと話した。

「聖剣の話、昔から知ってたか?」

「知ってたけど、まさか自分が関わると思ってなかった」

「俺も昔、爺さんに聞いた。聖剣が現れたとき、世界は大きく動くって」

「……大きく動くか」

「動いてるんじゃないか、今」

 ユーダは右頬の金属を触れた。

「俺の顔を巻き込まなければいいんだけどな」

「それは無理だろ」

「だよね」

 カイが右頬を見た。

「……本当に邪魔じゃないか、それ」

「邪魔」

「抜けたらすっきりするな」

「するに決まってる」

「頑張れよ」

 ユーダは少し驚いた。

 今日会ったばかりの少年が、さらりと言った。

「……ありがとう」

「礼はいらん。早く抜いて、俺と勝負しろ」

「結局そこに繋げるんかい」


 昼過ぎ、街道沿いの森で魔物が出た。

 オークの群れ、七体。

 カイが真っ先に飛び出した。

 速かった。

 ユーダが身構える間もなく、カイは三体のオークの間を抜けて、先頭の一体を一撃で倒した。

「……速い」とユーダが思わず言った。

「本物だな」とレイナが静かに言った。

 カイとレイナが前衛で動き、ガルドが盾になり、ミルフィが後方から魔法を撃った。今日のミルフィの魔法は八割方狙った方向に飛んだ。

 成長していた。

「ミルフィ、上手くなってる」とユーダが言った。

「ありがとうございます!」とミルフィが言った。「でも二発目が少しずれて——」

「ずれた先は木だったから許す」

 戦闘終了後、カイが剣を鞘に収めながら言った。

「お前らは強いな」

「あなたも強い」とレイナが言った。

「だろ」

「素直に受け取るんだ」

「強いのは事実だからな」

 ガルドが言った。

「カイくん、旅を続けるつもりはないか? 仲間として」

「俺は遺跡まで、と言った」

「それは分かっているが」

「約束は守る」

 カイはそれ以上言わなかった。


 夕方、一行は遺跡の手前の村で一泊することにした。

 夕食の席で、カイはあまり話さなかった。ただ、ユーダの右頬を、時々ちらりと見ていた。

「見てるね」とユーダが言った。

「見てない」

「見てた」

「……少し」

「何を考えてた?」

 カイは少し間を置いた。

「……本当に全部の遺跡を回って、抜けるのか」

「抜けるはず」

「はず、か」

「確実じゃないけど」

「そうか」

 カイはそれ以上聞かなかった。

 グリムが天井近くを漂いながらぼそりと言った。

「こいつ、また来るぞ」

「え?」

「勝負すると言ったのに遺跡までで別れるような奴じゃない。また現れる」

「どこかで会うってこと?」

「そういうことだ」

 ユーダはカイを見た。カイは黙って食事をしていた。

 まあ、また会うなら——そのときはそのときだ。

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