第七章「王都に連れていかれそうになったので全力で断った」
ガリオンまであと一日という街道で、それは起きた。
朝靄の残る道を四人と一精霊が歩いていると、前方から蹄の音が聞こえてきた。
一頭や二頭ではない。
複数。しかも速い。
「……グリム」
「騎馬だ。十騎以上」とグリムが言った。「しかも、揃っている。軍か騎士団だろう」
「こんな朝早くに?」
「嫌な予感がする」
グリムが嫌な予感と言うのは珍しかった。
ユーダが身構えた次の瞬間、霧の中から騎馬の一団が現れた。
白と金の鎧。旗には王家の紋章。
王国騎士団だった。
先頭の騎士が馬を止め、ユーダを見下ろした。年齢は四十ほど。精悍な顔つき。目つきが鋭い。
「止まれ」
全員が止まった。
「そこの少年。右頬に聖剣を宿す者か」
ユーダは右頬を手で覆った。
「……虫刺されです」
「金属の?」
「特殊な——」
「嘘をつくな」
騎士がぴしゃりと言った。
「我々はお前たちを追っていた。トルバスのバルト副団長から報告が入っている。聖剣の保持者がエルミナ村出身の少年であると」
「バルトが報告した!?」
「聖剣の顕現は王国にとって重大事だ。保持者には王都へ来てもらう」
ユーダは騎士を見た。騎士を見て、後ろの騎馬を数えた。
二十騎。
全員、実戦経験がありそうな目をしていた。
「……丁重にお断りします」
「断れると思うか」
「思ってないけど、自分の気持ちは伝えないと」
騎士の名はクロード。王国騎士団第三隊長と名乗った。
馬から降りたクロードは、ユーダの前に立って腕を組んだ。
「まぁ話を聞け。王国は聖剣の保持者を保護したい。衣食住は保証する。王都の最高の魔法師に聖剣を研究させ、魔王への対抗策を——」
「嫌です」
クロードの眉間に皺が寄った。
「なぜだ」
「俺には俺の目的があります。聖遺跡を全部回って、この剣を抜く。それだけです」
「その目的と王都行きは矛盾しない。王都から遺跡巡りをすればいい」
「王都の都合に合わせて遺跡を回るんですか?」
「……それは」
「俺の顔から生えてる剣なんで、俺の都合で動かせてください」
クロードは少し黙った。
レイナが静かに前に出た。
「騎士団長。聖剣の保持者の意思を、国が強制的に覆せると思うか」
「剣士、お前は」
「レイナ。聖剣保持者の同行者だ」
「同行者が口を挟む話ではない」
「聖剣に関わることなら、口を挟む」
クロードとレイナの視線が、空中でぶつかった。
どちらも引かなかった。
ガルドが前に出た。
「騎士団長殿。私はガルド、神殿の聖職者です。聖剣の顕現は神の御意志。それを国家の都合で縛ることは、神への冒涜になりかねません」
「神殿の人間が旅をしているのか」
「聖剣のそばにいることが、今の私の務めです」
クロードはガルドを見て、レイナを見て、それからユーダを見た。
ユーダはまっすぐクロードを見返した。
「……王都には行きません。でも、魔王への対抗については協力します。遺跡を回れば聖剣は成長する。それは王国にとっても都合がいいはずです」
「それは確かだが」
「だったら、俺たちが自由に動けるほうが、王国にとっても得じゃないですか」
クロードは腕を組んだまま、しばらく考えた。
後ろの騎士たちが、上官の判断を待っている。
長い沈黙。
その間、ミルフィがユーダの耳元でこっそりと言った。
「ユーダさん、今すごくかっこよかったです」
「ありがとう」
「顔から剣が生えてなければもっとかっこよかったと思いますが」
「余計な一言!!」
クロードがぎろりとこちらを見た。
「うるさい」
「すみません」
結論として、クロードは折れた。
ただし、条件がついた。
「定期的に王国への報告を行え。遺跡の状況、聖剣の成長具合、魔王の動向——情報を共有しろ」
「……分かりました」
「それと」
クロードはユーダの右頬を、じっと見た。
長い沈黙。
クロードの目が、かすかに——潤んだ。
「……っ」
「クロード隊長?」とユーダが言った。
「何でもない」
「目が」
「砂が入った」
「朝靄の中で?」
「砂が入った」
クロードは咳払いをして、背を向けた。
「王国の名において、聖剣保持者の自由な行動を認める。しかし危険な状況になれば、王国が支援を送る。それだけは覚えておけ」
「……ありがとうございます」
「礼はいらん」
クロードは馬に乗った。出発の合図を出す前に、一度だけ振り返った。
「……少年」
「はい」
「無事に遺跡を回れ。聖剣の成長を、我々も祈っている」
それだけ言って、騎士団は去っていった。
蹄の音が遠ざかっていく。
全員が見送ってから、ユーダは大きく息を吐いた。
「……疲れた」
「よく交渉した」とグリムが言った。
「珍しく褒めてくれた」
「事実を言っただけだ」
レイナがユーダを見た。
「あの交渉、どこで覚えた」
「覚えてない。出たとこ勝負」
「……そうは見えなかった」
「見えなかった?」
「落ち着いていた」
ユーダは少し考えた。
「……怖かったけど、引いたら終わりだと思って」
「そうか」
レイナは短く言って、前を向いた。
ガルドが目を潤ませながら言った。
「ユーダさん、感動しました……!」
「ありがとう」
「聖剣を守るために啖呵を切るとは……!」
「俺を守るために切ったんだけど」
「聖剣を守るために……!」
「聞いてない!!」
ガリオンに着いたのは、その日の夕方だった。
トルバスより大きな街だった。城壁に囲まれた石造りの街並み。大通りには商店が並び、広場には噴水がある。人の往来も多い。
ユーダは城門をくぐりながら、帽子を目深に被った。
旅の道具屋で買った、つばの広い帽子だった。
「……何のために被ってるんだ」とグリムが言った。
「目立ちたくないから」
「帽子で隠れるものではないだろう」
「気持ちの問題」
ミルフィが隣で言った。
「まだ小さいですからね。遺跡をもっと回れば、どうやっても目立つことになります」
「それを言わないで」
「事実なので」
「知ってるけど言わないでほしいの!」
レイナが前を歩きながら言った。
「宿を探そう。明日、神殿の場所を確認する」
「神殿、ガリオンの近くなんだよね」
「ガリオン郊外だ」とグリムが言った。「一時間ほど歩く」
「明日行けるね」
「ただし」
グリムが少し間を置いた。
「その神殿、かなり古い。遺跡の中に魔物が住み着いている可能性が高い」
「どのくらい強い魔物?」
「中級以上。レイナとガルドがいれば問題はないと思うが——」
「思うが?」
「油断はするな、ということだ」
ユーダは右頬の金属の突起を触れた。
一か所目を終えて、少し伸びた。二か所目が終われば、もう少し伸びる。
そのたびに、少しずつ目立っていく。
ため息をついていると、ガルドが隣に来た。
「ユーダさん」
「なに」
「右頬、少し光ってますよ」
「え?」
「金色に光っています」
ユーダは反射で頬を手で覆った。
「光ってるの!?」
「気付いたのは私だけです。信仰の目があれば見えるようです」
「信仰の目……」
「美しいですよ」
ガルドは心から言っていた。
ユーダは複雑な気持ちで、手で頬を覆ったまま街の中を歩いた。
宿を取り、夕食を終えた後。
ユーダは一人、宿の外に出た。
夜の街は静かだった。遠くで誰かが笑う声がする。空には星が出ていた。
石段に腰を下ろして、ユーダは右頬の金属の突起を、そっと触れた。
今日、騎士団と交渉した。
怖かった。でも引けなかった。
この旅は、俺の旅だ。俺の顔から生えてる剣を抜くための、俺の旅。
誰かに決めてもらう必要はない。
じいちゃん、俺ちゃんとやれてるかな。
空を見上げた。
星が、静かに瞬いていた。
そこに、声がした。
「……一人か」
レイナだった。
隣の石段に、静かに腰を下ろした。
「眠れなかったの?」
「少し頭を冷やしたかった」
二人で、しばらく黙って星を見ていた。
レイナが口を開いた。
「今日の交渉、本当によかった」
「……ありがとう」
「聖剣のためだけじゃない。あなた自身のために戦ったんだろう」
ユーダは少し驚いて、レイナを見た。
レイナは星を見ていた。横顔が、夜の光に淡く照らされていた。
「……どうして分かるの」
「目を見ていた」
「目?」
「騎士団長と話すとき、あなたの目は聖剣ではなく、自分自身を守る目をしていた」
ユーダは黙った。
そうかもしれない。聖剣のためじゃなく、俺が俺の意思で動きたかった。それだけだった。
「……レイナって、俺のこと、ちゃんと見てるんだね」
レイナは少し間を置いた。
「……聖剣と切り離して見ることは、まだ難しい」
「正直だね」
「ただ」
レイナがユーダを見た。
「切り離せなくても、あなたが見えていることは確かだ」
ユーダは何も言えなかった。
夜風が吹いた。
レイナは立ち上がり、「明日に備えて寝る」と言って宿に戻っていった。
ユーダはしばらくそのまま、星を見ていた。
右頬の金属が、夜の空気に冷えていた。
——明日、二か所目だ。




