91話 恋に憧れて
「何言ってるんだ、俺は本心でお前のことを気に入ってる」
確信を避けるように浩焔が言う。
「あー、うん。それが本心なのは分かってるよ。でも、少なくとも恋じゃないよね。……目を見ればわかるよ、それくらい」
「……お前の目にはそう見えるんだな。女の勘ってやつか?」
「……どうだろう。いや、最初はマジで私のこと好きなの!? って焦ってたんだけどさ、ちゃんと浩焔の目を見たら……、なんか違うって思った。だって、国を好きだって言った時の方がいい表情してたもん」
シオンの言葉に浩焔は目を見開いた。
「ははっ、そうか。……そうか。巻き込んで悪かったな、シオン」
「今度は誤魔化さないんだ。ねぇ。どうして、惚れた女なんて嘘ついたの?」
「見抜かれているのに取り繕っても意味はないだろう。それに……、嘘をついたつもりはなかった。お前を気に入ったのも、興味が湧いたのも本当だ。面白い女だと思ったのもシオンが初めてだった。だから……、これが、本当の恋になればいいと思ったんだ」
そう言うと、浩焔は少しだけ寂しそうに笑った。
「恋ってやつをしてみたかったんだ」
「……恋?」
「子供の頃に商会を創ったって言っただろ。俺にはやるべきことがあった、奴らを止める使命があった。俺はこの国の為に生きると決めた。……でも、ふとした瞬間に思うんだ。楽しそうにデートをしてる同じくらいの歳の奴を見て、羨ましくなった。俺も何も知らない普通の子供になって、自由にこの街を駆け回ってみたかった」
元の世界であれば、当たり前だった日常を浩焔は過ごしたことがないのだ。シオンは思わず聞き返していた。
「……それって、浩焔がやらなきゃいけないことなの? だって、子供だったんでしょ。っていうか、今だって十分子供じゃん! 予言の子、みたいな役割を強要されてるわけでもないじゃん。浩焔がそんなに自分を犠牲にしなくたって……」
「……ありがとう、シオン。でも、俺が自分で決めたんだ。誰にも強要されてない、それでも俺がやらなきゃいけないんだ。……元々、普通の子供だった時なんてなかったのにな。それなのに未練を捨てられずに馬鹿みたいな夢を持ったままだ」
流されるままにここまできたシオンとは違って、浩焔の中には確固たる覚悟があった。そんな浩焔の姿は格好よくもあり、寂しくもあった。
「普通のやつから見たらおままごとにしか見えなくても、それでもいいから一度でいい、恋をしてみたかった。なぁ、俺はシオンが好きだ。これは……、恋じゃないんだろうか?」
「……そんなの、浩焔が自分で決めてよ」
「俺には分からない。恋をしたことがないからなぁ……。そうだったら良いのにな、とは思うが違うんだろうな」
「あのさ……、本当に私を好きだったら失礼なこと言ってるってわかってる。けどごめん、やっぱりそれは恋じゃないと思うよ」
「あー、そうか。……ははっ、参ったな。面と向かってそう言われても、苦しくもなんともないみたいだ」
そう言うと、浩焔は困ったようにへらりと笑った。その姿から目が離せなくて、慰めにしかならないと分かっていても、シオンの口からはありきたりな言葉が漏れ出していた。
「私だって恋愛経験とかないからさ、私が言うなって感じだけどさ。焦らなくてもいいんじゃない? ちゃんと、好きになれる人を探しなよ。ほらっ、浩焔は優しいし、格好いいんだから、恋をしたら絶対成就するよ! 私が保証してあげる! だから、落ち込むことないよ。ほら、きっといつか出会えるからさっ!」
「ははっ、なんでシオンがそんなに必死になるんだ。……いつか出会える、ね。俺の立場を手放してでも追いかけたいって思うような相手がか? ははっ、悪いが俺はそこまで無鉄砲じゃないぞ」
「いや、そこまで言ってないけど……。でも、そんな人に会えるといいね」
「あぁ、そうだな。その為にも、役目を果たさないとなぁ。デートの時間は終わりだ、案内するよ。この国の裏側にな」
そう言うと、浩焔は真剣な表情に戻って、シオンを連れて夜の街へとくりだした。
◇ ◇ ◇
「若様ぁ! 今夜こそ寄っていきなよぉ」
「こっちこっち! あたしの方がずっと前から誘ってんだから、こっちにおいでよ」
「キャハハッ! 若様を誘うなんて、身の程わきまえて無さすぎ〜」
「ねぇ、若様。今夜はあたしと一緒に過ごさないかい?」
甲高い笑い声に、入り交じった香水の香り。甘ったるい女達の声にシオンは思わず浩焔の背中に身を隠した。
「営業熱心なのもいいが、そういうのは俺じゃなくて客にやってくれ」
「んもうっ、若様ってばつれなぁーい。そんなとこも好きだけど。でもぉ、女心わかってないよねぇ、あたしは仕事じゃなくて若様と過ごしたいのにぃ。あれ? その子はうちの新しい子?」
「いや、こいつはそういうんじゃない……。まぁ、仕事仲間ってところだな。ところで、女将はいるか? 今月の売り上げの話がしたいんだが……」
「いるよぉ〜。ちょっと待っててねぇ。女将さーん、若様がいらっしゃったよぉ。なんか、見たことない女の子連れてきてるー」
歓楽街に降りたシオン達は、浩焔の案内で夜の街を練り歩く。女を売る店、情報を売る店、酒の相手をする店、店の責任者らしき人と対等以上に会話する浩焔を見て、商会の会長という役職がただのハリボテではないことを思い知らされた。
あちこちの店で着飾った女達から声をかけられる浩焔に、「女の子に不自由してないんじゃん」とシオンが冷ややかな視線を送ると「この辺の店は俺の商会で面倒を見ているんだ。一応断っておくが、俺は店で女を買ったことはないぞ」と答えて浩焔は笑った。
自分からこの国のいい面も悪い面も見たいといったものの、居心地の悪そうなシオンに浩焔が問いかけた。
「シオンはこういう仕事をしている奴らを非難するか? 女を売り物にしている俺のことも」
「いや……、そういうわけじゃないけど……、こういう場所は苦手、ではあるかな」
見下しているわけではない。それでも、内心では認められずに、シオンは腕を組んで店に入っていく男女を見つめると眉をひそめた。
「そうか。そう思うこと自体は別に悪いことじゃない。同じ女として、忌避感があるのは分かるしな。なぁ、シオン。さっき話した連中は皆、明るくて気のいいやつらばかりだっただろう? 俯いてるやつはいなかったはずだ」
そう言われてみると、街で声をかけられる女達は皆笑顔で活発そうに見えた。
「もちろん、本心から楽しく過ごすことがないわけじゃない。だが、俯いて悲劇に酔ってるようなやつはここじゃ生きていけない。笑顔は女達の武器であり、鎧なんだ。買われなければ、元のスラムに戻るだけだからな。だから、皆生きるために必死なんだ」
「皆、スラムで暮らしていた人たち……なの? その、皆、綺麗な服とか化粧だったから……」
「商品は綺麗にしないと買って貰えないだろう? だから、ここら辺の店は俺が初期投資をして……、まったくの赤字からここまで成長させたんだ。より多くの孤児の受け皿になる為にな」
「この国には孤児院とかはないの?」
「この国にはスラムが多すぎる。それを全て国の財産で救うことは出来ない。だから、自分たちで稼いでもらうしかないんだ」
現代の日本という安全な場所で、安心できる家があってお金の心配もせずに育ったシオンにとって、浩焔の語るこの国の現実は受け入れ難いものだった。
「ここにいる奴らはここ以外に居場所がない。店を離れれば仕事もなければ家も食いもんもない。スラムで死ぬのを待つだけよりは、衣食住の安心が出来るだけでも随分とここも暮らしやすくなったんだよ」
「……うん、わかってる。ねぇ、浩焔。ここは女の人ばかりだけど、男の人とか子供はどうしているの?」
「男は用心棒だったり、力仕事。国の戦力として雇われる奴も多いな。子供はこういう店での小間使いや、あとは俺直属の諜報部隊として情報を売り物にさせてるな」
危険なの、と聞きかけて、シオンは声に出さず口をつぐんだ。そんなことは聞くまでもないし、字が読めず、力がない女性や子供に出来る仕事が限られていることくらいは分かっていた。
「…………後悔したか?」
「ううん、後悔はしてないよ。浩焔は凄いね。夢見がちな私と違ってさ、ちゃんとこの人達が現実を生きれるように手助けをしてる。慕われてるのも納得だよ」
「……そう言ってくれて助かる。これが最善策じゃないことは分かってるんだ。もっとやりようがあったのかもしれないとも。それでも、これが今の俺に出来るこの国の現状の改善策なんだ」
シオンは歩いてきた道を振り返った。
国公認だという虎の紋章に赤い提灯の活気づいた歓楽街。
浩焔が商会を立ち上げるまで、この通りも明かり一つないスラムだったと聞いて、今は所狭しと店の並んでいる路地に消化しきれない想いを馳せて飲み込んだ。
「これからだ。これからもっと、俺がこの国を発展させてやる。身を売らずとも生きていけるように、子供が飢えに怯えることがないように、明かりの差さない暗闇で消えていく命がなくなるようにな」
そう浩焔は呟くと、血が出てしまいそうなほど拳を強く握りしめて、だからこそ、と絞り出すように言葉を続けた。
「この国の治安が悪化したのは、奴らが審判の飴の実験をこの国でするようになったからだ。腐敗した空気を持ち込んだからだ。藍焔のせいでこの国に審判の飴が蔓延した。被害を受けるのはいつも弱い者、この国の民たちだ。……俺の愛するこの国を、こんな国にした藍焔を俺は絶対に許さない」
【休載のお知らせ】
先週の更新日について、連絡無しで休載してしまい申し訳ありません。
体調を崩してしまい、暫く体調を戻すことに専念する為、6月の更新はお休みさせて頂きます。
7月より再開させて頂きますので、宜しくお願い致します。星守シオンの冒険を引き続き、見守って頂けますと幸いです。
日華てまり




