79話 惜しみ無く、いかせてもらうよ
あっさりと三人を相手に圧倒しているフジを横目に、イオンは後方で様子見をしていた残りの一人に向かって駆け出した。
人が人を殺すところを初めて見た。
その筈なのに、必要以上に恐怖や嫌悪感が湧いてこない自分自身にイオンは落胆していた。
(元の世界で病室暮らしをしていた頃、昨日まで話していた人が死ぬのを見届けることは別に珍しくもなかった。……けれど、殺すというのは、死ぬのとは話が違うと思っていたんだけど……ね。案外、こんなものなんだ)
明日には突然、自分も死んでいるかもしれない。
そんな日々を過ごしていれば、人の死というものに心を乱されなくなるのも仕方がないのかもしれない。
殺意を向けられているのを肌で感じながらも、イオンは躊躇うことなく冷静に人形に向かって魔法を放った。
「風よ、貫け。ウィンドカッター!」
イオンの鋭い風魔法が人形を襲う。それをいとも簡単にいなして、人形もひらりと宙を舞った。
「まぁ、そう簡単に倒されてはくれないよね。……本当に、あの人は何者なのかな。僕らの敵でなければいいんだけれど……」
この世界に来て、シオンよりは魔法を使い慣れていると言っても、実戦経験が豊富というわけでもない。
余裕そうな表情とは裏腹に、イオンの額に汗が滲む。
「……っ!」
今のやり取りでイオンの実践不足を感じ取ったのか、様子見していた人形があっという間に距離を詰めて、懐から取り出した暗器をイオンに向かって投げた。
「風よ、防げ。ウィンドシールド……ッ!」
空気を固めた見えない壁が攻撃を防ぐ。投げられた暗器はイオンに届くことなく落下した。
(……このくらいなら、僕の魔法でも通用するね)
イオンはロングコートをひるがえし、七色の魔法鉱石が連なる装飾具を片手で掴んだ。
「惜しみ無く、いかせてもらうよ」
イオンはそう言うと、休む間もなく闇魔法を放ってくる人形に向かって、光魔法を放って相殺させた。
「闇魔法なら、僕も使えるよ」
イオンは黒い魔法鉱石を握ると、闇魔法で影を操って、人形の足に影を絡ませて足止めをした。
「風よ、囲え。ウィンドサークル! 炎よ、纏え、ファイヤーウォール!」
「水よ、捉えろ。ウォーターボール!」
風魔法で人形の逃げ場を塞ぎ、風魔法に炎魔法を纏わせて、炎の壁を作り上げる。そして、イオンはすかさず水魔法を放ち、人形を水の球で捉えた。
この世界では得意な属性魔法を伸ばす人が圧倒的に多く、多種多様な魔法属性を使おうと考える者は少なかった。次から次へと繰り出される属性が異なるイオンの魔法に、相手も対処しきれなかったようだ。
「……へぇ、坊ちゃんもなかなかやるねぇ。華美な装飾かと思いきや、様々な属性に対応する魔法鉱石が、自分の得意とする魔法属性以外も補助しているのか」
いつの間にか、三人を倒し終えたらしいフジが、感心したようにイオンの戦い方を観察していた。
「……もう、三人倒したんですか」
「まぁねぇ。平和に暮らしていた坊ちゃん達とは違って、俺にとっちゃあ、こんなことは日常茶飯事だからねぇ」
「……全員、殺したんですか」
「殺したさ。当たり前だろう? 命を狙ってきている相手を生かしておいたところで、リスクでしかない。そんなことは、坊ちゃんだって分かってるんだろう?」
フジは水の中でもがき苦しむ人形を親指で指し示して言った。
「寧ろ、あの状態のままで殺してやらない方が俺は酷だと思うけどねぇ。……殺す覚悟は、あるんだろう?」
「分かっていますよ。必要とあれば殺します。……別に、聞いただけですから」
淡々と返事をすると、イオンは自分が捉えている人形が水の中で溺れているのをじっと見つめた。
(……ただ、魔法を唱えればいい。このまま、風魔法で人形の周りの空気ごと圧縮すれば、人間なんて簡単に殺せてしまう。魔法はナイフと違って、この手に殺した実感も与えないだろうね。……抵抗感は、ある。けれど、大丈夫。僕は殺れる)
イオンは心の奥で覚悟を決めると、相手をモルモットだと割り切ったような、顕微鏡を覗くような無機質な視線を人形に向けた。
とどめを刺そうと狙いを定めて、片手を水の球へと掲げる。
その瞬間だった。
「イオン? イオンー? あっ、いた。ちょっとフジを見送ってくるって言って、全然帰ってこなかったけど何して……」
「……ッ! シオン……ッ!?」
――バシャン。
路地の向こう側から何も知らないシオンが、ひょっこりと顔を覗かせた。それに動揺して、人形を捉えていたイオンの水魔法が解除され、人形が自由の身となった。
そして、次の瞬間。
解放された人形は命からがら逃げる訳でもなく、躊躇うことなく、藍焔に告げられた『シオンを殺せ』という命令を実行すべく、イオンに背を向けると一番近くにいるシオンに向かって駆け出した。
「……っ、まずい。シオン、逃げて……っ!」
手を伸ばしたところで、イオンの位置からでは間に合わない。
突然、自分に向けられた殺気にシオンは後退りをすると、ぺたんと尻もちをついた。
――ビシャッ。
「………………え?」
しゃがみ込んだシオンの顔面に、生温かい血しぶきが飛び散った。




