65話 二つの世界
「はー。めっちゃご飯美味しかった! やっぱりいいね、中華料理! こっちの世界だと本当にご当地ものっていうか、この国でしか食べられないってのが勿体ないくらい」
「……よくそんなに沢山食べられるな。この国の料理は辛いものばかりで、正直僕はあまり好みではなかったよ」
「そんなこと言って、ジンガだって小籠包みたいなやつ沢山食べてたじゃん!」
「小籠包?」
イオンが居るからと当たり前のように元の世界の名称を使っていたが、ジンガには伝わらない。
「薄い生地で肉を包んであった料理のことだよ。元の世界では、そういう名前の料理だったんだ」
「あぁ、『虎の卵』という料理の話か。あれは確かに美味しかった。つるんと食べ終えてしまうし、辛くもなかったからね。……それにしても、本当に君たちは別の世界の住人なんだな」
「……そうだね」
「その……慣れない世界というのは不便だろう」
「僕は案外そんなに不便でも無いよ。料理もそうだけど、国の雰囲気とか……元の世界と似ているものも多いしね。驚いたのは、文字が元の世界と同じだったことかな」
「あれ、そうなの!? 私が水中都市で覚えようとした文字は見たこと無かったんだけど……」
「水中都市の文字はそうだね。だけど、標準的に使われている文字はアルファベットだし、英語が共通語に使われているのも同じなんだよ」
「そうだったんだ……。こっち来てすぐにこのピアスの魔法で翻訳されちゃってたから、全然知らなかった」
「幸い、僕は英語を読めたからね。ネージュの言葉も聞き取りにくい部分はあったけれど、母国語や英語に通じる部分も多くて理解はできていたし、ネージュに翻訳魔法のアクセサリーがあると教えて貰う前は補助道具無しで生活していたんだ」
「マジか……。さっすが天才……」
シオンは感嘆の声をもらす。
シオンはといえば、言葉を覚えることもすぐに諦めて、セバスチャンに貰った翻訳魔道具に頼りっぱなしだった。
「でも、それじゃあ……シオンはこの世界に来てすぐの時は苦労したんじゃない?」
「え? 何で?」
「だって、別の世界だとか魔法だとか、知らない世界の言葉で言われても聞き取れなかったんでしょう?」
「え、いや、普通に最初からセバスチャンの言葉は分かったし……あれ? そうだ、なんで私、セバスチャンの言葉が分かったんだろう」
最初に感じた違和感。
そういえば、ピアスをつける前からセバスチャンもお屋敷の使用人も日本語を話してるように聞こえていた。
「…………どうしてかは分からないけど、セバスチャンがシオンの国の言葉を話せたってことなのかな?」
「別の世界の言葉なのに……?」
「うーん。……確か、日本に似ている国があったはずだよ。オルテンシアは日本語のような言葉を話すみたいだから、セバスチャンがシオンをその国の人だと思ったのか、かな」
「んー、まぁいいや。今度セバスチャンに聞いてみよっと」
楽観的なシオンと対称的に、イオンは何か引っかかっているようだった。
「それにしても、どこもかしこも虎の紋章のお店ばっかりだね」
「それだけ、多くの店が王家の管理下にあるんだろうね。だからかな、この辺は治安が良く見える」
そう言って、イオンは辺りを見渡した。中華な服装の民間人が大勢行き交い、活気溢れる街並みだ。
「その分、お値段は高すぎるけどねぇ」
「宿の値段といえば、こんなものじゃないか?」
「そんなの、ジンガは貴族のお坊ちゃんだからでしょ! いくら宿代はセバスチャンから貰ってるって言っても、人に借りてるお金だよ!? 節約するに決まってるじゃん」
とは言っても、旅行と違って長期滞在とくれば、そんなものなのかもしれないが。
「お手頃な宿が見つかって良かったよね。街の端に立っているくらいで、見た目も問題ないようだし」
「…………街の外れということは、この先は無法地帯なんだろう。それならば、価格を安くするのもわかる」
訳知り顔で頷くジンガにシオンが尋ねる。
「無法地帯って、どういうこと?」
「……要は、ここに住めない者が路上に違法建築を施して、勝手に住み着いているってことさ。僕も直接見たことはないが……スラムというやつだね」
「スラム…………」
シオンは路地の先をじっと見つめた。
元の世界でも、海外でそういう場所があることは聞いたことがあっても、シオンには想像がつかなかった。
「さぁ、宿に入ろう。夜は冷えるからね」
イオンに促されて、シオンとジンガは後をついて宿に入った。その宿は受付の先にいくつもの部屋があって、その部屋を一つずつ長期滞在を望む客に貸しているらしい。
手早くイオンが受付で契約を済ませると、それぞれに部屋の鍵を渡した。
「シャワーはそれぞれの部屋にあるようだね。食事は共同でキッチンとリビングを使わせてもらえるみたいだから……明日は起きたらリビングに集まろうか」
「ありがとう! 私たちだけじゃ手続きとか何にもわからないし、イオンがいてくれて、めっちゃ助かったよ!」
「おいっ! どうして、そこに僕を含むんだ」
「だって、ジンガも出来ないでしょ?」
「……そう、だが…………」
食事を外で済ませた三人は、挨拶のように軽口を交わして、それぞれの部屋に入っていった。




