63話 序章 九龍寨城 陽華商虎
《九龍寨城 陽華商虎》
高低差の激しい石造りの階段を入り組んだ細道が繋いでいる。建物の上に建物が。どうやって建築したのか分からないくらいツギハギのような建造物が、所狭しと密集している。
見渡す限り真っ赤な提灯が連なっており、辺り一面が赤い光で怪しく照らされていた。
「全く。夜だってのに…… 陽華商虎は常に明るくて適わないな……」
「そりゃあ、ここは夜の街だからねぇ。女で遊ぶやつ、薬に溺れるやつ、危ない橋を渡るやつ……。毎日がお祭りみたいなもんさ」
「祭り、ねぇ……。にしても、この提灯……これだけ明るけりゃあ、悪さもしづらいだろうに。この国の連中ときたら、赤が好きだよな。幸福の象徴、だっけ?」
「赤は王家の権威の証でもあるのさ。こんな所にも、王家の目は光っているぞ、って威嚇してんだろうねぇ。まぁ、そのお陰でアタシらも変なやつから身を守り易くなったんだから、王家様々ってもんさ」
そう言うと、妖艶に着物を着崩した女は煙管をくゆらせて、窓の外にある看板を指した。
「アンタなら知ってんだろう? あの虎の紋章が入ってる店は、王家のお墨付き……なんて噂もさ。ねぇ、フジの旦那?」
フジと呼ばれた男は、煙草のカスをトントンと灰皿へ落とすと、何でもなさそうに「生憎だけど知らないねぇ」と言うと肩を竦めてみせた。その表情からは、真意は読み取れない。
緩やかに毛先がくるくると巻かれている灰色がかった栗色の髪に、伏し目がちな赤色の鋭い瞳が、やる気のなさそうに煙草を吸う姿とあまりにアンバランスで、フジという男をより一層気だるそうに見せるのだろう。
「商人に、遊郭。闇市場に裏取引。ここの奴らにとっちゃ、情報なんて形のないもんでさえ、飯のタネになっちまうのさ」
「そんなこと言ってるアンタがここら辺で一番、情報を扱うのが上手いらしいじゃないか」
ずずいと近寄り、指を絡ませてくる熱っぽい女の視線をぬらりくらりと躱すと、フジはおもむろに立ち上がった。
「そんな浮ついた世間話をするってことは、今日のところは新しい情報は無いみたいだな」
さっさと帰ろうとするフジに、遊女は小さくため息を吐いた。
「遊郭に来といて、アタシと遊ばずに帰る男なんてアンタくらいだよ。これでもここらで一番の花魁だってのに、振られてばかりじゃ自信をなくしちまいそうだよ……」
(――心にもないことを……)
手を出してこないと分かっているからこそ、恒例になっているこのやり取りが楽しくて仕方ない、という女の視線を適当にあしらって、儀式のようにフジはいつも通りの会話を繰り返す。
「安心しろ、アンタはとびっきり最高の女だよ……」
女の髪を掬ってそっと口づけを落とすと、「また来る」とだけ耳元で囁いて、フジは遊郭を後にした。
花魁が窓から下を覗いていると、こちらを振り返りもせずにひらひらと顔の横で手を振って、フジは人混みへと消えていった。
「――アンタって、ホント。煙みたいに掴み所のない人ね」




