31話 序章 探求者の国 シャルム
じゃんけんは、パーでした!
勝てましたか?
《探求者の国 シャルム》
しんしんと振り続ける雪が、街中に見えている巨大な機械の歯車を覆い隠そうとしている。
石造りの塔が幾つも並んで建てられており、要塞のような高い壁の上を飛空艇が飛んでいるというのに、驚くほど静かだった。
国中で巨大な機械がひしめいているのに、魔法によって機械から出る騒音問題を解決しているのか、まるで雪が音を飲み込んで、世界からかき消しているようだ。
「――この世界の魔法は、いつ見ても美しいね……」
難しそうな専門書やフラスコ、謎の数式と魔法陣のようなものが書かれている黒板に囲まれた研究室の窓際で、イオン・ククリは佇んでいた。
本を片手に雪の降る街を眺めているイオンの姿は儚げで、傍から見るとその容姿もあって完成された芸術品のように絵になっている。
「イオン。体調は問題ないのか?」
プラチナブロンドの肩につくつらいの透き通る髪に、エメラルドの宝石のような瞳。
いつも自分を心配してくれるその声の主に気がつくと、イオンは嬉しそうに瞳を薄く細めて優しく微笑んだ。その表情は消えてしまいそうなくらい儚くて、まるで王子様のようだと女性たちが噂するのも頷ける。
「ありがとう、ネージュ。おかげさまで、随分と調子はいいよ」
ネージュと呼ばれた女性が、それなら良かったと小さく頷いた。
この国でも一際美しい白い髪を短く整え、灰色がかった碧い瞳はこの国の星空のように輝いている。黒のタートルネックから覗く肌は雪のように白く、白衣を身に纏う姿は見るものにどこか冷たい印象を与える。
「今日は特に冷えると聞いたから……くれぐれも用心してくれ。イオン……君は、長い眠りから目覚めたばかりなのだから」
「ふふっ、ネージュは大袈裟だね。僕の目が覚めてから五年も経ったんだよ? もう大丈夫だよ」
「そんな訳ないだろう。君は何年かも分からないほど長い時間、植物状態だったんだ。どこに不調が隠れているかわからない」
「それでも……。僕に何かがあったら何とかしてくれるんでしょう? ネージュ先生」
イオンはいたずらっ子のように、にこりと微笑んでみせた。
「はぁ……。私以外の女性がいたら、悲鳴が上がっているところだよ」
「君だからさ。ネージュは僕の見た目になんて興味が無いでしょう? 君のそういうところ、僕は好きだよ」
「私は……君のそういうところが、苦手だよ」
こんな軽口の冗談を言い合う時ですら、嘘でも嫌いだ、と言えないネージュの真面目で優しいところがイオンは気に入っていた。
「……と、イオン。君のくだらない冗談は置いておいて。そういえば、記憶の方はどうなんだ?」
「うーん、……僕が目覚めてからずっと、この国で研究に参加させて貰えているけど……この世界の事も、魔法の事もまだまだ分からない事ばかりだよ」
「そうか、思い出せるといいな……」
「ここに置いてくれている君達には、感謝してもしきれないよ。知り合いもいないこの雪国で、この身一つで放り出されたら、生きていけないからね」
「感謝するのはこちらの方だ。……分からない事ばかりだといいながら、君のその頭脳は天才としかいいようがない。たった五年で、常識では有り得ない論文を幾つも書き上げたのだから」
そう言って、ネージュは研究室の中で雑に転がっている魔力特性診断キットを手に取った。これも、イオンがこの世界にやってきてから作り上げた代物だ。
「ふふっ、せっかく魔法なんて素敵なものが存在するんだからね。もっと、わくわくするような……一目で自分の魔法の傾向が分かるような診断方法を考えたかったんだ」
「そう考えてすぐ、いとも簡単に実現させてしまえるのが、君の凄いところなんだよ。イオン」
この世界に来てから世話になっているネージュに深く伝えているわけでは無いが、イオンは決して、記憶喪失というわけでは無い。
異世界転移。
見たことの無い魔法の存在する世界で目が覚めたイオン・ククリは、その神秘的な光景に……魔法という未知の技術に心を奪われた。
知り合いもいない世界に一人きり。そんな不安も軽々と吹き飛ばすくらい、イオンにとって、知らないことや初めて見るもので溢れているこの世界は、おもちゃ箱のようで楽しくて仕方がなかった。
「分からないことは、納得するまで調べないとね」
そう言うと、イオンはプレゼントを貰った子供のように、無邪気に微笑んだ。
冬ですが、2章始めました。
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