32話 世界で一番幸運な男
「よしっ、フリージアを助ける為に行こう! 探求者の国、シャルムに!」
意気揚々と宣言したシオンだったが、実際は目を覚まさないフリージアに少しでも負荷をかけないようにと、フリージアだけ緊急搬送用のゲートで先にシャルムへと送られることになった。
ただ眠っているだけのように目を閉じているフリージアに、ジェイドが後悔と恐怖が滲んだ視線を向けている。
フリージアを失ってしまうかもしれないという恐怖はシオンにもある。けれど、幼なじみという長い時間を過ごしてきたジェイドの心中は、比べ物にならないほどに穏やかでは無いだろう。
「……ジェイド、フリージアは絶対に大丈夫。絶対に、助けよう」
シオンがジェイドの背中をトン、と優しく叩いた。
助かるよ、ではない。助けたい、でもない。
言葉には言霊が宿る。
シオンにとって、これは決意であり、絶対に成し遂げる決定事項だった。
「……わかってる。フリージアを助けるには、まだ誰も知らない解毒方法を見つけなくちゃいけないんだ。俺が、しっかりしないといけないよな」
「うん。でも、私達、だよ? 私達が見つけなくちゃフリージアは助からない。だからこそ、私達が諦めなければ、絶対に助けることが出来るんだから!」
「……あぁ、そうだな。シオンは、強いな……。いや、強くいてくれて、ありがとう」
シオンが力強く笑いかける。
肩の力が入っていたジェイドの強ばっていた表情が綻んで、少しだけ笑みを浮かべた。
そして、私達には自分も含まれていることに気づいて、ジンガはバツが悪そうに視線を逸らした。
「それじゃあ、僕はフリージアを緊急搬送用ゲートを使用して送り届けたら、すぐに学園に戻らないといけないけど……」
「私達なら大丈夫! ゲートは一度使ったことあるから、エクレール先生はちゃんと仕事して!」
「ちゃんと仕事してって……、ははっ、分かったよ。状況は僕の方から説明しておくから、君達は向こうについたらネージュという人に取り次いで貰ってね。それと、ジンガにはこれ、ジェイドにはこれを」
テキパキと三人それぞれに最低限の指示を伝えると、エクレール先生はフリージアを連れてゲートの向こう側へと消えていった。
「二人が貰ってたのって何だったの?」
「シオンがつけてるピアスと同じだな。元々、俺達がつけていたのは私物だったから、あんまり翻訳魔法の精度が良くなかったんだ」
「なるほど。込められてる魔法の精度によって値段が違ったりするんだね!」
ジェイドが貰った袋を開けてシオンに見せていると、ジンガが鬱陶しそうに呟いた。
「……ふんっ、僕は高級品を使っていたさ。……ただ、親子の縁を切られてしまったのに、家紋が入っている私物なんて使えるはずがないだけさ」
「返してって言われたんじゃないんでしょ? 別に見られてるわけじゃないんだから、使っちゃえばいいじゃん。物は良い物なんだから」
「……っ、これだから嫌なんだ。君には誇りがないのか、星守シオン」
「誇りねぇ、私なら回収されなくてラッキーって使っちゃうかも。っていうかさ、発音も完璧だしフルネームで覚えててくれてるのは嬉しいんだけどさ、普通にシオンって呼んでくれない?」
「別に構わないだろう。僕は君達と違って、お友達になったつもりはないのだからね」
ピシャリ、と言い放つジンガの言葉で会話が打ち切られる。
「そんなどうでもいい話よりも、エクレール先生の仰っていた予言の子というのは何なんだい? 騎士団長直々に秘密裏の護衛任務だなんて……」
やっぱり特別なんじゃないか、と言いかけて、保健室でのやり取りを思い出したジンガは言葉を呑み込んだ。
「あー。まぁ、気になっちゃうよね。っていうか、私と一緒にいることで二人のことも巻き込んじゃうかもしれないもん。ここで教えないのは公平じゃないよね」
シオンはちらりとジェイドに目配せをすると、ぽつりぽつりと話し始める。
「ジェイドには少しだけ話したけど……私、この世界の人間じゃないの。別の世界からこっちの世界に連れてこられた予言の子? ってやつ。だから、多分……アンジュのことも審判の飴のことも、私と無関係じゃない」
九百年前の姫が告げた予言の内容、シオンが保護された御屋敷に、学園都市への入学の経緯。
元の世界に帰る方法を聞き出す為に、姫が最後に残した言葉に従って、他の二人の予言の子と姫を探していることを打ち明けた。
「別の世界……」
「そ。うじうじしてたって誰も私を助けてはくれない。それなら、私が前を向くしかないじゃん? それに……世界を救うなんて今だって実感はないよ。なんで私がってずっと思ってた」
「……勝手に知らない世界に連れてこられて、勝手に理想を押し付けられて……それでも君は世界を救ってやるつもりなのか、星守シオン」
「世界なんて分からない。だけど……フリージアを助ける為ならいくらだって頑張るし、この世界に大切な人も増えてきたから……他にも審判の飴のせいで苦しむ人がいるなら見過ごせない。だって、私にしか出来ないことなんだもんね」
そう言って、へらりと笑ってみせるシオンに、ジンガは小さな声で呟いた。
「君は嫌がるだろうけど……そういう君だから、特別なんだろうね。…………この前は悪かったよ」
「えっ! 嘘、ジンガって謝れるんだ」
「いちいちうるさいな、君の事情も知らずに言い過ぎたと言っているんだ。……このところ身体は思うように動かないし、考える時間だけはあったんだ。僕にも思うところはあるんだよ」
まだ本心では落ち込んでいるのか、珍しく弱気なジンガが不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「君にとって、家族と過ごす家は安心出来る場所だったんだな。少し、羨ましいよ……」
「ジンガ……」
シオンが何と声をかけていいか迷っていると、ジェイドがジンガの肩を叩いて言った。
「いつも突っかかってきてたフラーウィスが大人しいと調子が狂うな。……なぁ、せっかくの転機だ。俺と友達にならないか?」
「……僕に言っているのか? ジェイド・アルメリア」
「他に誰がいるんだよ。……お前は嫌味だと思ってたのかもしれないけど、俺は本当にフラーウィスのことを尊敬していたんだよ。影で努力してることも、俺みたいな庶民には想像もつかないプレッシャーがあることも薄々気づいてた」
「っは、あれだけ突っかかられておいて、お優しいことだな」
「まぁな。鬱陶しい時はそりゃあったけど、お前は俺の努力を否定することはなかった。才能だと一言で片付けないで、俺を好敵手として認めてくれてただろ。俺を家柄で見ていなかったお前は、お前の家族とは違うよ」
ジンガは何も反論をしなかった。
「こんなことにならなければ、お前と行動することもなかっただろ。騙されたと思って、俺となってみないか? 友達ってやつ」
真っ直ぐなジェイドの言葉に、ジンガは小さな声で考えておいてやるよ、と言って差し出された手のひらをパシッと叩いた。
ゲートの使用許可が下りて、三人はシャルム行きのゲートをくぐった。
瞬きをする間に景色は変わり、窓の外には雪が降っていた。
「君が星守シオンだね。事情は君達の担任教師から聞いている。私はこの医療塔の最高責任者、ネージュ・パンディット。詳しいことは私の研究室で話そうか」
スラリと背が高い白髪の女性が、短い髪を耳にかけながら淡々と告げた。
シオンの返事を待たずにくるりと踵を返す。有無を言わせない雰囲気のネージュに連れられて、シオン達は医療塔と呼ばれる施設の中を黙々と歩いていった。
「……なんだ、ここに居たのか」
研究室に辿り着いたのか、部屋の扉を開けるなり、ネージュは小さくため息をついた。どうしたのかと聞くより早く、王子様みたいな容姿の青年がひょっこりと扉の向こうから顔を出して、人懐っこそうに微笑んだ。
「やぁ、僕はイオン。イオン・ククリ。この世界の魔法に魅入られてしまった、世界で一番幸運な男だよ」
肩で切りそろえられた黄金の髪が、イオンの動きに合わせてふわりとなびく。耳元で揺れる瞳と同じ色の宝石、そのあまりに美しい姿にシオンは目を奪われた。




