最終話
あの日から、少しだけ変わった。
連絡の頻度は減った。
代わりに、言葉は増えた。
必要なことを、必要な分だけ。
無理に埋めない距離。
それが、今の二人の形だった。
――でも。
大学にいる時間だけは、どうしても噛み合わなかった。
教室。
雑談。
笑い声。
どれも、自分のいる場所じゃない気がする。
話しかけられれば、普通に返ってくる。
輪にも入れる。
でも。
どこか、薄い。
「……なんでだろ」
ぽつりと漏れる。
前は、こんなことなかったはずなのに。
視線を落とす。
スマホ。
すずとのトーク。
やり取りは、落ち着いている。
問題は、もうない。
――はずなのに。
満たされない何かが、残っている。
その正体が、分からない。
胸の奥に、小さく引っかかる。
大学帰り、キャンパスの片隅で、俺はふと立ち止まる。
今日は朝から孤立気味で、授業でも昼休みでも、誰とも深く話せなかった。
真白が声をかけてくれたけど、あの無自覚な距離感も、逆にどこか居心地が悪い。
「……なんで俺、ここにいるんだろう」
立ち止まる俺の視線の先、澪とすずが同じ方向を向いて何か話している。
話している内容はわからない。でも、俺には届く。
澪は少し焦った表情で、俺のことを考えている
すずは落ち着いて、でも手を差し伸べるように、澪に指示している。
二人の動きには無駄がない。
誰かを“動かす”というより、俺の居場所を守るための動きだ、と自然に理解する。
「……俺のために、二人とも……」
胸が熱くなる。
この静かな光景の中で、俺は初めてはっきりと気づく。
「今も、未来も、そして自分の隣で……」
澪の焦りも、同期の無自覚な存在も、全部背景になる。
声にならない。
でも、その言葉は確かに落ちた。
――この日。
俺は、自分の意思で、もう一度選んだ。
逃げずに、選んだ。
星空と人工灯が織り成す景色。
変わらない席。
変わらない距離。
でも。
空気だけが、違っていた。
「大学、行ってさ」
俺が、静かに口を開く。
「ちょっと、揺れた」
正直に言う。
隠さない。
すずは、何も言わずに聞いている。
「でも」
一拍。
「分かった」
視線を向ける。
逃げない。
「どこにいるかじゃなくて」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「誰の隣にいるかだった」
沈黙。
すずの指が、わずかに揺れる。
「それでも、私を選ぶ?」
静かな問い。
でも、逃げ場はない。
だからこそ。
噛み締めるように目を瞑る。
そして、ゆっくりとすずを見た。
「……何度でも」
即答じゃない。
でも、迷いもない。
すずの瞳が、わずかに揺れる。
――隠していたものが、ほどける。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
「じゃあ――」
「今度は、逃げないでね」
静かな声。
でも、それは願いじゃない。
約束だった。
「……ああ」
短く、答える。
それだけで、もう分かる。
言葉を重ねなくてもいい距離。
でも、何も言わない関係でもない。
少しだけ、空気が緩む。
変わらない席。
変わらない距離。
けれど――
もう、同じ二人じゃない。
逃げずに選んだ。
選んだ上で、隣にいる。
それが、今の答えだった。
――――――――――――――
帰り道。
澪は一人、歩いていた。
スマホは見ない。
見なくても、分かっているから。
「……そっか」
小さく、呟く。
悔しくないわけじゃない。
胸の奥が、少しだけ痛む。
でも。
立ち止まる理由には、ならない。
足は、止まらない。
「今は、届かない」
はっきりと言う。
曖昧にしない。
それが、自分のやり方だから。
顔を上げる。
夜の空。
遠くに、大学の灯り。
「……でも」
一歩、踏み出す。
「次は、勝つ」
それだけでいい。
理由も、証明もいらない。
決めたから、進む。
その背中は、もう迷っていなかった。
澪は、振り返らない。
――止まらない。
それだけは、最初から決めている。
振り返らない。
その代わりに、歩く速度が少しだけ上がった。
――――――――――――――――――――
三人の選択は、同じ場所には交わらなかった。
それでも。
それぞれが選んだ道の先で、もう一度、向き合うことを知っている。
だから――
それでも、誰も立ち止まらない。
足は止めない。
――止めたら、同じことを繰り返す気がした。
本作をここまでお読みいただき、ありがとうございました。
関係性や距離感、そして「選ぶ/選ばれる」という在り方。
何かしら、心に残るものがあれば幸いです。
この物語で描いたものを踏まえて、
もう一度、最初から物語として組み直した作品があります。
明日より投稿する新作
『選別令嬢の試験――誠実な方ほど壊れていくようですわ』
本作と近いテーマを扱いながらも、
こちらは独立したひとつの物語として描いています。
もし本作の空気に触れるものがあったなら、
次はまた違った形でお届けできると思います。
こうした系統の作品も、また書いていけたらと思っています。
よろしければお気に入り登録などで見守っていただけると嬉しいです。




