第24話:それだけ
部屋の中は、静かだった。
エアコンの微かな音だけが、一定のリズムで流れている。
時計の針が進んでいるはずなのに、時間の感覚が曖昧だった。
ソファに座ったまま、動けない。
テーブルの上。
伏せたままのスマホ。
――見ていない。
あれから、一度も。
通知が来ているかどうかも、もう分からない。
「……」
視線だけが、そこに落ちる。
触れればいいだけ。
それだけで、全部分かる。
終わっているのか。
まだ繋がっているのか。
……どっちでもいいはずなのに。
指が、動かない。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
息が、浅い。
胸の奥が、じわじわと痛む。
さっきから、ずっと同じ場所。
同じ姿勢。
同じ思考。
進まない。
何も。
それでも、頭の中だけは止まらない。
――今、何してるんだろう。
ふと、浮かぶ。
考えないようにしていたはずなのに。
勝手に、形になる。
夕方。
外は、もう暗くなりかけている時間。
もし、誰かといるなら。
もし――
「……やめて」
小さく、言葉にする。
止めないと、広がる。
知らないはずの光景が、勝手に出来上がる。
隣に誰かがいて。
笑っていて。
――近くて。
「……っ」
呼吸が乱れる。
違う。
違うのに。
そんなはず、ないのに。
でも。
否定する材料が、どこにもない。
スマホを見ていないから。
何も、知らないから。
だから――全部、想像になる。
「……最低」
ぽつりと零れる。
自分に向けた言葉。
信じるって、決めたはずなのに。
なのに、疑ってる。
勝手に。
勝手に壊してる。
あの時と、同じように。
手が、震える。
気付けば、スマホに手を伸ばしていた。
触れる。
画面は、冷たい。
電源ボタンに、指がかかる。
押せばいい。
それだけ。
それだけで――
「……っ」
止まる。
あと、少しなのに。
たった、それだけなのに。
押せない。
見たら、終わる気がする。
でも。
見なければ、壊れる。
どっちにしても――
「……やだ」
かすれた声。
選べない。
どっちも、選びたくない。
スマホを握りしめる。
力が入る。
壊れてしまいそうなくらいに。
それでも、画面は点かない。
見ないまま。
見れないまま。
ただ、持っているだけ。
――逃げてる。
分かってる。
それでも。
「……今は、無理」
小さく呟いて、ソファに沈み込む。
視界の端に、カーテンの隙間から夜の気配が見えた。
夕方は、もう終わっている。
あの時間は、もうどこにもない。
知らないまま、過ぎていった。
何があったのかも、分からないまま。
それでも。
スマホだけは、手放せなかった。




