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貞操観念逆転世界で100分の1の出会い(年上女性と年の差恋愛)  作者: くろのわーる
第2章

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第15話:やだ



 結局、週末は智也と家でいちゃいちゃして終わってしまった。


 だけど、彼と過ごす時間は何気ないことも全てが、特別になる。


 一緒の食事、隣合って座る、目が合うだけでも日常が遠ざかっていく。


「社長」


 どうして、あの腕は私だけのものじゃないのか。


「社長?」


 どうして、あの目は誰にでも向けられるのか


 どうして、バンッ!!


「ひぃ!」


 トリップしていた私はデスクに叩きつけられた書類で呼び戻される。


「社長、仕事して下さい」


 目の前には一段と目つきが鋭くなった小林。


「智也君とラブラブなのは分かりますが他の社員に示しがつきませんよ」


 私は顔をずらし、小林の背中越しに目を向ける。


 そこにはどんよりとした目をした社員達が私を睨んでいた。


「あはは……今日もバリバリ働くわよ!」


 誰も逸らさない。


 取り繕った私の声はオフィスに虚しく響く。


 頬が引くつく顔でパソコンに向き合った。


 昼過ぎ。


 仕事の合間、スマホが小さく震えた。


 画面を見る。


 小林からのメッセージ。


 珍しい。


 こんな時間に、業務連絡じゃない。


(妹から、ちょっと気になる話があって)


 その一文に、胸がざわつく。


(大学で、智也くんが……)


 指が止まる。


 続きが、すぐに開けない。


 嫌な予感だけが、先に広がる。


 それでも、タップする。


(女の子とぶつかって、そのまま――)


 一瞬、理解が遅れる。


(キス、しちゃったみたいです)


 ――空白。


 頭の中が、真っ白になる。


 音が消える。


 周囲のキーボードの音も、誰かの話し声も、全部遠くなる。


「……は?」


 自分の声が、やけに小さく聞こえた。


 指先が、冷える。


 スマホを持つ手が、わずかに震える。


 もう一度、画面を見る。


 同じ文字。


 変わらない。


 冗談でも、見間違いでもない。


(事故みたいですけど)


 追い打ちみたいに、メッセージが追加される。


 事故。


 その二文字が、やけに軽く見えた。


 ――事故。


「……なに、それ」


 小さく呟く。


 理解しようとするほど、何かが引っかかる。


 事故なら、仕方ない?


 ぶつかっただけ?


 たまたま?


 ……本当に?


 想像が、勝手に形を作る。


 距離。


 触れた唇。


 一瞬の、重なり。


 知らないはずの光景が、頭の中で再生される。


「……やだ」


 思わず、声が漏れた。


 胸の奥が、じわじわと熱くなる。


 でもそれは、温かさじゃない。


 焼けるような、違和感。


 指で、そっと自分の唇に触れる。


 ――ここに。


 彼は、触れてくれたことがある。


 大事に。


 優しく。


 それなのに。


 同じ場所に、別の誰かが触れた。


 たった一瞬でも。


「……事故、でしょ」


 言い聞かせる。


 何度も。


「仕方ないよね」


 笑おうとする。


 うまくいかない。


 喉の奥が、ひどく苦い。


 視線が、スマホに落ちる。


 そこにある文字が、消えない。


 ――キス。


「……軽いんだ」


 ぽつりと零れた。


 何が、とは言わない。


 でも、自分でも分かっている。


 彼にとって。


 それはきっと、大したことじゃない。


 だから――


「……やだ」


 もう一度、同じ言葉が出た。


 今度は、さっきよりもはっきりと。


 画面を、そっと伏せる。


 見ていたくなかった。


 でも、目を閉じても。


 知らないはずの光景だけが、何度も浮かんでくる。


 その日、仕事の内容は何一つ覚えていない。




 昼休み前の廊下は、やけに人が多かった。


 講義の移動で、学生たちが行き交う。


 俺はスマホに視線を落としたまま、歩いていた。


「――あっ」


 小さな声と同時に、何かがぶつかる。


 軽い衝撃。


 反射的に手を伸ばす。


 倒れそうになった体を、引き寄せた。


 そのまま――

 距離が、近づきすぎた。


 触れる。


 柔らかい感触。


 ほんの一瞬。


 けれど、確かに。


 時間が止まる。


 周囲のざわめきだけが、やけに遠く聞こえた。


「……え」


 目の前で、女の子が固まっている。


 透き通るような肌。


 少し色素の薄い髪。


 見覚えがある。


「……真白?」


 名前を呼ぶと、はっとしたように肩が震えた。


「ご、ごめんなさいっ!」


 勢いよく離れる。


 顔が一気に赤くなる。


「ほんとに、ごめんなさい!前見てなくて……!」 


 何度も頭を下げる。


 混乱しているのが分かる。


 周りの何人かが、ちらりとこちらを見ていた。


「……いや、大丈夫」


 智也は一歩引いた。


 少しだけ、間を置いてから言う。


「事故だし」


 その言葉は、軽く落ちた。


「……っ」


 真白の肩が、わずかに揺れる。


「でも、その……」


 何か言いかけて、言葉を飲み込む。


 唇に、指先が触れる。


 一瞬だけ、確かめるように。


 すぐに手を離して、また俯いた。


「……ごめんなさい」


 今度は、小さな声だった。


「ほんとに、わざとじゃないです」


「分かってる」


 短く返す。


 それ以上は、何も言わない。


 言う必要もないと思った。


「じゃあ……失礼します」


 真白は逃げるようにその場を離れていく。


 その背中を、少しだけ見送って。


 智也は、息を吐いた。


「……びっくりした」


 それだけ呟いて、歩き出す。



 ――事故だ。

 


 そのはずなのに。

 


 さっき触れた感触だけが、やけに鮮明だった。



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