第6話:孤独
車の少なくなった地下駐車場。
その一角で親密な男女が一時の別れを惜しんでいた。
「それじゃあ、私は仕事に戻るわね」
言葉とは裏腹に絡めた指は離れない。
「送ってくれて、ありがと」
見つめ合う瞳。一方の奥には優しさがもう一方には感謝が満ちている。
だけど、表情はお互いに名残り惜しんでいた。
「今日の夕飯は何食べたい?」
少しでも一緒にいたい苦肉の策。
「私の為に作ってくれたものならなんでも」
罠だと解ってても戸惑うことなく、踏み抜く。
再びの見つめ合い。
車内でシルエットが重なる。
……二人の口から息が漏れた。
「ふふ、ホントに行くわね」
困ったように笑う彼女に促されて、俺は車を降りる。
「何かあったら電話して」
それだけ言うと彼女の車は走り去っていった。
そのテールランプが見えなくなり、エンジン音が聞こえなくなるまで見送る。
ここからはまたひとりの時間。
時間を割いてくれた彼女の為にも気合いを入れる。
俺はリビングのソファーに座り、タブレットを起動した。
ピッタリの時間。
画面には教授の顔だけが映る。
同期のアイコンは、ほとんど空白だ。
リモート授業は初めてではない。
だが、今日の孤独感はいつもと違った。
(キャンパスなら、少しは空気を感じられた……)
授業の声は整然としている。
カメラの向こうで話す人は誰もいない。
手を挙げるアイコンも、チャットもほとんど動かない。
孤独が、まるで空気のように部屋を満たしていく。
彼女がいないことが輪を掛ける。
息を吐いても、誰も気づかない。
手を動かしても、誰も見ていない。
俺は机の上の参考書に視線を落とす。
文字を追うふりをしながらも、意識は完全に授業ではない。
頭の中でキャンパスの光景が蘇る。
正門前、周囲の女子学生のざわめき。
遠巻きの視線。嫉妬と羨望。
あの時は、怖さと緊張が混ざってた……でも、守ってくれるすずがいた。
視線を画面に戻す。
教授の声が淡々と続く。
質問はあるが、誰も反応しない。
孤独の中で、俺の存在は画面の向こうの空白に溶けてしまう。
だが、その空白が逆に、自分を見つめる時間を与えてくれていた。
この孤独が、今日だけの特別な重さを持っていることを、俺は理解していた。
すずに追いつく為に自分で立った重さ。
視界の隅で、指にはまる指輪が光る。
眩しさではなく、安心感の象徴。
孤独に囲まれても、守られているという実感がある。
画面越しに教授の声を聞きながらも、心の中で小さく深呼吸する。
時間がゆっくり流れる。
時計の針は正確に進むが、室内の空気は止まっているように感じる。
かつて経験したリモート授業とは違う孤独。
今日、キャンパスに初めて足を運んだから知ることになった。
俺はそっと机に肘をつき、頭を支える。
テーブルの上を指で軽く叩きながら、頭の中で授業内容とすずの顔を交互に思い浮かべる。
背後の窓から差し込む昼の光が淡く机に落ちる。
光と影のコントラストが際立つ。
これが、この世界の社会……。
現実に押しつぶされそうになる瞬間、俺は無意識に思う。
キャンパスで周囲に囲まれていた時とは違う、静かな重さがここにはある。
でも、その重さが、自分と向き合う時間にもなる。
教授の声が途切れ、資料のスライドが切り替わる。
誰も気づかないひとりの中で、俺は自分の思考を整理する。
この世界の秩序、授業の進み方、そして自分の立場。
ひとりだからこそ、考えられることがある。
……でも、すずと一緒に並ぶためには。
その一心で、俺は背筋を伸ばす。
孤独の中でも、守られている感覚がある。
それだけで、心は少し落ち着く。
画面の教授の声に集中しなくても、心の奥で整うリズムがあった。
授業が終盤に差し掛かる頃、ふと視線を窓の外に向ける。
遠くの空に流れる雲を眺めながら、昼の光と自由な時間を噛み締める。
孤独であることは、怖い。
だが、守られているという事実が、それを和らげる。
時計が15時を少し回る。
授業は終わるが、画面にはまだ教授の顔だけが残る。
参考書を閉じ、深く息を吐く。
すると彼女の匂いを感じた。
孤独と安心感が入り混じった、午後の短い時間。
心の奥ではすずに早く会いたい気持ちが膨らむ。
だけど、このひとりの時間が逆に自分を落ち着ける。
講義が終わるのを見計らって、メッセージアプリの着信音が鳴る。
画面を見なくても誰からのメッセージなのか。
俺には分かっていた。
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