第43話:前日
【智也視点】
夕暮れの空が赤く染まる中、俺はバイクの前に立った。
事故の後から一度も乗っていないバイク。
でも、すずが直してくれた大切な思い出。
明日は、ずっと前から約束していた、彼女と二人きりのキャンプ。
親父と一緒に整備したキャンプ場だから、車じゃ行けない。
事故に会ってから早2ヶ月。
ギプスも取れて、普通の日常に戻りつつある。
嬉しくあり、すずに看病される理由がなくなるのが寂しくもある。
感覚を忘れていたバイクにまたがり、アクセルに手をかけると、右手がチクリと痛むがその痛みが生きてることを実感させてくれる。
もし、また――なんて不安はあるがそれ以上に期待が入り混じり心拍が胸を打つ。
「……すずと、生きていきたい」
言葉に出さなくても、胸の奥で繰り返す。
……いつからだろう。そう思い始めたのは。
初めて出会った時――違う、あの時はまだ純粋な憧れだった。
デートを重ねた頃――でもまだ、心の奥はざわつくだけで確信はなかった。
看病してもらった時間――あの頃、初めて自分の心が揺れ動き、確かに恋だと感じた気がする。
怪我の上にあった時間だったけど、かけがえのない大切だと思える瞬間。
あの時間は満たされていた。
俺のために時間を犠牲にしてくれた彼女の思いやり――恋愛感情の甘さではなく、隣で毎日を重ねたいという純粋な願い。
ヘルメットをかぶり、グローブを締める。
明日、星空の下で二人きりになる。
ずっと待ち望んでいた瞬間。
その瞬間に、恥ずかしさも甘さも、全部受け止められるように、今はこの決意を自分の心に刻んでおこう。
エンジンをかけると、低い振動が体に伝わる。
決意が胸を貫くように走り抜け、覚悟が体の芯にまで浸透していく。
この感覚を、明日の夜に重ねて――すずと一緒に、確かめたい。
【すず視点】
夕暮れのガレージに、バイクの振動が遠くで響く。
智也がプライベートキャンプ場への道具の確認と準備をしているのだろう。
私は台所で夕食の準備をしながら、胸の奥で少しだけ緊張する鼓動と包丁で刻む音がリンクしている。
明日、二人きりでキャンプ――それはただのアウトドアではなく、二人の距離を確かめる特別な時間になる。
手に持っていた包丁を置き、ふと自分の心を覗き込む。
智也と一緒に過ごす日常――普通の生活も、特別な夜も、全部受け止めたい。
その思いが、胸の奥で形になるように熱くなる。
思い出すのはこれまでのこと。
初めて出会った時――あの時、彼は特別だと感じた。
初めてデートした時――彼は間違いなく特別だと確信した。
事故で連絡が途絶えた時――もう私の中で彼はかけがえのない存在になっていた。
連絡が途絶えたあの数時間――スマホを握る手が冷たくなり、智也の声、笑顔を思い出すだけで涙が溢れた。
あの時初めて、彼がいない世界なんて考えられないと、痛感した。
……それだけ特別な存在。
「智也、私も……一緒に生きていたい」
心の中で、そっとつぶやく。
まだ口には出せないけれど、言葉にしなくても、智也ならきっと分かってくれる気がする。
窓の外に沈む夕陽を見つめながら、深呼吸をする。
明日、星空の下で二人きりになる――その瞬間を想像するだけで、胸が高鳴る。
でも、不安じゃない。
怖さや緊張もあるけれど、それ以上に、智也と一緒に過ごせる時間を大事にしたい。
夕食の準備を終えると何度も確認した荷物を揃え、バイクのキーを手に取りながら、そっと笑う。
明日、どんな瞬間が待っていても、私は智也と一緒に生きる覚悟がある――その思いが、体の隅々まで温かく広がる。
ブックマーク、★評価よろしくお願いします。
励みになっています。




