26話:泣き腫らした顔
金曜日の夜、仕事帰りの私は、街灯に濡れたアスファルトが光る道を歩いていた。
天気予報では今日で雨は止み、しばらくは晴天が続くと、どの天気ニュースでも言っていた。
今週こそは間違いなく、智也君と……キャンプ。
先週はトラブルに巻き込まれたりもしたが結果からすれば、絆は深まった。
この1週間……いえ、智也君と出会ってからどれだけ夢見たことか……ふふ。
楽しみ過ぎる気分から思わず、スキップしそうになる足取りを我慢して歩く。
ふと前方で、バイクのヘルメットに光が反射するのが目に入る。
――智也君……?
その見覚えのあるバイクとヘルメット、でも後ろには、見知らぬ女の子がしっかりと抱きついている。
頭の中が一瞬で混乱した。
智也君が、私以外の女の子と……タンデム?
浮かれていた足も思わず止まる。
声も出せず、通り過ぎるバイクをただ目で追ってしまった。
バイクは私の横を走り抜け、遠ざかっていく。
街の灯りに二人の姿がぼやけて映るたび、胸が締め付けられるように痛みを訴える。
やがて、バイクは角を曲がり、姿が消えた。
でも、私の心の中のざわめきは消えなかった。
――智也君が、私の知らない誰かと……。
ドォン!
その直後、智也君のバイクが曲がった角からふいに衝突音とクラクションの音が聞こえた。
――事故!?
慌てて駆け寄ろうとするけれど、帰宅する人々の波に揉まれ進まない。
やっと交差点に着いても車のライトが眩しく反射して、はっきりとは見えない。
警察と救急車のサイレンが遠くから聞こえ、心臓が早鐘のように打つ。
私が見たのは智也君じゃない……。智也君のはずがない……。
その夜、私は智也君に連絡を取ろうとしたけれど、メッセージに既読がつくこともなく、電話は繋がらなかった。
ただ、胸の奥に、見たものの影が重く沈む。
――どうして、そんな……まさか……。
思考がぐるぐると回り、涙が勝手にこぼれる。
翌日も、キャンプに行くはずなのに連絡は取れず、私はただ不安の中で、あの光景だけが頭に焼き付いていた。
その日の昼。
連絡の取れない智也君のことが頭から離れず、私は落ち着かないまま、スマホを片手に部屋で過ごす。
泣き腫らした顔はとても他人に見せられる状態ではなかった。
街の掲示板やニュースアプリを無意識にチェックしていると、事故情報が更新され、目に飛び込む。
――昨夜、バイク事故。男性1名、重傷。女性同乗者あり。
手が震え、内容を拒否するかのように視界が真っ暗になった。
――智也君……?
……そんな訳ない、……そんなはずないと言い聞かせるが繋がらない電話が、私を病院へ駆け出させる、唯一の理由だった。
急いで病院に向かうとまっすぐ受け付けへと向かう。
「す、すみません」
「はい、どうしました」
「あの、この病院に昨夜、男性……白石智也という男性が……運び込まれませんでしたか」
私の質問に受け付けの人は目を見開く。
その反応で私の中で一番あって欲しくなかった最悪の現実が起きたのだと解ってしまった。
足が震えて、最早立っているのがやっとだった。
「白石様とはどういったご関係ですか?」
「わ、私は立花すずです。か、関係は……」
そこで言葉は詰まってしまった。
私たちは、ただの『キャンプを約束した仲』でも、『何度も会った仲』でもない――もっと大切な絆で結ばれている……。
どんな困難があっても、これからもずっと一緒にいると、心の奥で誓った仲……。
足の震えがピタリと止まる。
「私たちは、これからもずっと一緒にいると誓った仲です」
私の鬼気迫る雰囲気に圧されたのか受け付けの人は「確認しますので少々お待ち下さい」と言った。
「ご本人様に確認出来ました。白石様は特別室で保護されています」
すぐに特別室の場所を聞くと私は足早に院内を駆けた。
病院の本館から離れた警備が厳重な別館。
特別室に入ると、貴重な男子ということで男女比が極端に偏るこの世界では、病院側も慎重に扱っている。
特別室のベッドに横たわる智也君は、包帯で腕と脚を固定されていた。
それでも、私の姿を見つけると微かに笑った。
「すずさん……来てくれたんだ」
その声を聞くだけで、胸が熱くなり、我慢の限界だった。
「と、ともやくん……」
昨日からで、もう一生分の涙を流しているかもしれない。
「腕と足を骨折しましたけど、頭は大丈夫でした。ただ、スマホが壊れちゃって……心配かけてごめん」
骨折……スマホも壊れたらしい。連絡できなかったのも納得だ。
「すずさん、こっち来て」
智也君に呼ばれて、私は今どんな顔をしているのか想像する。
「だ、駄目!今、メイクしてないし!目も腫れてて!」
無事が確認出来た瞬間、自分がどれだけ焦燥感に駆られていたのか気付き、恥ずかしさが込み上げてくる。
「いいから、来て」
渋々、顔を俯かせてあまり見られないように傍に寄る。
「すずさん、ホントに心配かけてごめんね」
智也君は優しく、私の頭を撫でてくる。
彼の温度が伝わると私はほっとすると同時に、心の奥の不安が強くなる。
――女の子を庇ったから……?
でも、同時に私の心の中に、あの夜見た光景の影がちらつく。
「女の子、大丈夫?」
本当は聞きたくない。
でも聞かずにいられない。
智也君は小さくうなずく。
――やっぱり、私が見たのはそうだったんだ。
さっきまで心配していたくせに私はもう嫉妬している。
でも、今はそれよりも目の前の現実に集中するしかない。
骨折の痛みをこらえ、私の手をぎゅっと握る智也君。
「キャンプ行けなくなって、ごめんね」
私はその手を握り返し、軽く微笑む。
「心配してたけど、こうして一緒にいられるだけで嬉しい」
――どんな状況でも、私は智也君の傍にいる。
ガラガラガラ
私の決心を遮るように、特別室に入ってきたのは昨日の夜に見た智也君と一緒にいた女の子だった。
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