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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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幕間 この扉が閉じるとき(前編)

長くなったのでキリのいいところで切りました。

お楽しみいただけると嬉しいです。


建国記念の式典に参加するため王都へ出発する、一週間前のこと。


まるで天の終わりと地の始まりを繋ぐような。

そう語ったルオの言葉どおりの場所にそれはあった。


「ここが、賢者の祠……」

「外部から見えにくいうえに、ずいぶんと入り組んだ場所の先にあるのだね」

「はい。鍵がかかっているとはいえ、不心得者が侵入してしまうのは困ります。かつての賢者が、異国にある自然の植物を使った迷路というものを参考にして在り処を隠したそうです」


上から私、アレク様、ルオと。

そして自然の障害物である森を超えた先に賢者の祠は鎮座していた。

独特の存在感にハンナはほんの少しだけ身を震わせる。


「寒いか?」

「いいえ、大丈夫です」

「では怖いから?」

「それは、少しあります。アレク様はずいぶんと落ち着いていますね?」

「そんなことはないよ、私だって相当緊張している。……なにせ()に愛し子を嫁にもらいますというのだから」

「い、いざというときは私が命に替えてもお守りします!」

「はは、それが冗談に聞こえないところが逆に面白いよね」


いつもはふてぶてしいくらいに落ち着いているアレク様の顔色が珍しく優れない。

互いの両親には婚約の許可をもらった、書類上でも許可はおりている。

なんら後ろ暗いことはないけれど、さすがに相手が太古の神ともなると勝手が違うらしい。


「大丈夫ですよ、神々が人の選択に否ということはありません。ただ報告しておけば繋がりができるから、今後いざというときは守ってもらえるかもという程度の行事です」


そんなルオの提案でここにいる。

参拝という賢者に伝わるしきたりらしい。


「ねえ、私達をだまそうとしていない? 今、ここで白状すれば許すわよ?」

「やだなぁ、だまそうだなんて! 私が次期辺境伯領主と領主夫人を騙したって利益なんてありませんよ。翼人をことごとく根絶やしにされる未来しか見えないのに、そんな非生産的なことをするわけないじゃないですか!」

「本当に?」

「ええ、全ては辺境伯領の繁栄のためにです!」


ルオは、にこっと笑う。

その笑顔が胡散臭いのだというのに……。

生温かい視線をさらっと受け流してルオは祠の前に簡易的に拵えた祭壇を指す。


「祠の鍵となる賢者のローブは、タンガが黒精霊師となった折に破損して失われました。ですから、こちらからは祠の鍵は開かないでしょう。そこで先代の賢者に倣って祠の外で儀式を行うことにします。儀式の構成は大きく三部に分かれています。拝礼、謁見、謝儀。拝礼で神をお呼びたてした理由を述べ、謁見において目的に応じた神に拝謁し助言をいただく。そして最後の謝儀で感謝の意を述べて贈り物を供えます」

「その贈り物というのが、これね」


ハンナの視線が、従者により慎重に運ばれていく白とも薄い黄色とも見える玉を追う。

白の精霊術における最上級の封印術式により包まれたタンガの羽だ。

この羽をどう扱うか。

広く深く、精霊術の術式が浸透するワムシャリア王国。

その中心となる王都に運んで、万が一封印が解けてしまえば被害は想像を絶するものがある。

かといって、辺境伯領内に置いておくのも不安だ。

そこでルオに相談したところ、彼から提案されたのが、神様に引き取っていただくという方法。

狒々の頭のように翼人の国では珍しい物を太古の神々に奉納するというしきたりがあった。

奉納の場合は奉納台に置いておくと二、三日経てばいつの間にかなくなっているという。

今回は参拝の贈り物としてこれを献上するとして置いて帰る、と。

結界と加護の精霊術が消失した翼人の国には、もはや重要な術式は残っていないだろう。

ここならば万が一のことがあっても影響は少ないし、ハンナがいればどうにでもできる。


「一応何かあったらいけないので、祠に保護の術式をかけておきましょうか」


結界の外にいる人間からの干渉を全て弾くもの。

キンという音と共に、問題なく結界は張り巡らされる。

そして儀式に臨もうとする二人に、ルオは重要な注意事項を伝えた。


「最後に、ひとつだけ約束事を。もし運良く神託が降りた場合に、受け答えすることはかまいません。ですが神の名を問うことだけは絶対になさらないでください」

「それはなぜ?」

「現れる神が良きものか、悪しきものかわからないからです。名を知らねばただの助言に過ぎませんが、名を知ってしまえば、かの神に縛られます。神の眷属として運命だけでなく命すらも握られるのです。翻弄され、本来ならば約束されている幸せすら奪われるかもしれない、それを避けるためです」

「もし名を教えてくれると言われたらどうすればいいの?」

「すっぱりと断ってください。内容から良い神と思われても、実は悪き神が姿を変えたものかも知れません。先ほども申し上げたとおりに、人間の選択を神が咎めることはありませんからご安心を」


徹底した自己責任。

太古の神々より賢者に伝えられたという約束事。

大多数の賢者は守ったけれど、わずかばかりの守られなかった人もいたという。

彼らは軒並み不幸な末路をたどったことから、自ら名を教えるという神はむしろ悪きものなのかもしれないとルオは言った。


「名を問わずとも、神託の内容さえ伝えてくだされば、おおよそ神の名に判断がつきます。途中で切り上げてかまいませんから、無理はなさらないでくださいね」


アレク様と視線を合わせて、目を丸くする。

思わず口からこぼれた。


「ルオって……本当に賢者候補だったのね」


いつもニコニコしているか、妙に胡散臭い台詞を囁くか。

決して悪い人間ではないのだが、とにかく軽い。

そんな彼が儀式の段取りだけでなく注意事項まで添えて真面目に語ると違和感しかなかった。

ルオは一瞬固まって、深くため息をつく。


「みんなそう言うのです……」


そして、しょんぼりと肩を落とした。

いや、ダメージを与えたかったわけではなくてね。

アレク様、そんな可哀想なものを見る目で私を見ないでください。

なんだか申し訳無くなって軽く肩を叩いた。


「ありがとう、助かったわ。じゃあ説明されたとおりにやってみるわね」

「はい、がんばってください」


文言と段取りををアレク様と復唱する。

読み上げてもいいと言われているので、紙も持っていくが念のためだ。

いよいよ祠の前に立った。

ワムシャリア王国の古語で紙に書かれたとおりの言葉を奏上する。

日々力を貸していただいている感謝と、結婚の報告。

本来ならば、この次の段階で神託がくだされるわけなのだが当然のように扉は閉まっている。

当然のように神託が降りることはない、はずだったのだが……。


「なっ!」

「なんてこと……」


ギギ……。

軋むような音を立てながら扉が内側から開いたのだ。


『よくきたわね、おはいり』


アレク様と素早く視線を交わす。

間違いなく、上位に位置する神の声だと確信した。


完全に不測の事態だ。

ルオをみると呆然と目を見開いたまま固まっている。

タンガのときのことを思い出しているのだろうか、顔色も悪い。


「入るしかないだろうな」

「そうですね」


アレク様の言葉にうなずいた。

精霊師として力を貸してもらう以上、神がいるという状況で拒むという選択肢はなかった。

アレク様は同行していたクライドさんを呼んだ。


「ここであったことを帰って父に伝えるように。その他の者は待機、以降は父の指示を仰げ」

「ですが、アレク様!」

「相手は神だ。呼び出されたら応じるほかに選択肢はないだろう。大丈夫だよ、長居する気はない」


かつてない事態に護衛達は皆、動揺を隠せなかった。

我に返ったルオは、扉の奥へと聞こえないように配慮しながら小さな声で儀式の流れをおさらいした。


「いいですか、祠に入ったら膝をつきます。良いと言われるまでは顔をあげてはいけませんし、もちろん神の名を尋ねてなりません。退出する合図は扉の開く音だと言われていますが、ダメだと思ったら途中でもいいので切り上げて扉を開けてください。あとは我々でなんとかします」

「わかったわ、よろしくね」


真っ青な顔をしたルオにうなずいてアレク様とともに扉の奥へと足を踏み入れた。

扉が音を立てて閉まる。


……タンガのときのように、このまま二人が戻って来なかったら。


最悪の事態を想定して、ルオは青ざめた。

二人を失えば辺境伯領は大打撃を受ける。

それだけでなくワムシャリア王国の平和が、そして同時に翼人の未来も閉ざされるのだ。

仲間とも相談して、選択肢をいくつも検討して最も危険の少ない最善の処理方法と思っていたのに。

タンガさん、あなたなら違う道を示せたでしょうか?

賢者候補と呼ばれながら、自分はこんなにも無力だ。


ふと、ルオの視線が奉納台に引きつけられる。

乗せられていたはずの白い玉が、いつの間にか姿を消していた。



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